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退任直前”菅首相に拍手も…訪米の舞台裏

2021年9月25日 9:28
退任直前”菅首相に拍手も…訪米の舞台裏

雲一つない秋晴れ。初秋の涼しさに包まれたホワイトハウスのバルコニーで、バイデン大統領、菅首相ら、日米豪印4か国首脳が笑顔で一枚の写真に収まった。「歴史的だ」と首脳らが胸を張り、毎年の定例化も決まった首脳会合。アフガン撤退からわずか1か月足らずで、バイデン政権は「対中国シフト」の象徴的シーンを演出して見せた。「コロナ対策に専念する」と語っていた菅首相が退任直前での訪米を決断したワケとは。バイデン政権は、インド太平洋で何を目指しているのか。舞台裏を探った。(ワシントン支局長・矢岡亮一郎)

■“退任直前”の首相訪米「アメリカが強いこだわり」

今月3日、自民党総裁選への不出馬を表明した菅首相。「新型コロナ対策に専念する」とその理由を語ったが、ほどなくして訪米を決断した。日本政府関係者は「バイデン政権が『どうしてもこのタイミングで』と強くこだわった」と米側の強い意向であったと明かす。

クアッド首脳会合の開催は、もともと国連総会後の9月下旬で日豪印3か国に打診。しかし、日本側ではデルタ株の拡大、国内の政局もあり、延期もやむなしとのムードが漂っていた。

米国務省関係者はそれでも強行した理由を「アフガン撤退の失態イメージを、いち早く『対中シフト』で払拭したかった」と解説する。バイデン政権は今回、タイミングとともに首都ワシントンでの開催にも一貫してこだわった。日米外交筋は「ホワイトハウスにインド太平洋の4首脳がそろうことこそ、中国へのけん制につながる」とその意義を語る。

■クアッド仕掛け人は米「パワフル」外交官

「歴史的」クアッド実現の原動力となったキーパーソンがいる。バイデン政権で新設されたインド太平洋調整官のカート・キャンベル氏。日本政府関係者が「とにかくパワフル」と口をそろえるやり手外交官が、初のクアッド首脳会合実現に奔走した。

キャンベル氏は当初、クアッド首脳会合を5時間近く行う案を各国に提示。結局2時間あまりに落ち着いたが、いまバイデン政権の「対中国シフト」を強烈な個性で引っ張っている。

■日米首脳会談は異例の「非公開」懇談に

今回のクアッド首脳会合では、オーストラリアのモリソン首相が菅首相の退任に触れ、会場では拍手が起きたという。菅首相は次の首相へのバトンタッチに手応えも感じている。

一方で、終了後に行われた日米首脳会談は、異例の「非公開」の懇談形式に。時間もわずか10分と限られ、五輪開会式で訪日したジル夫人も飛び入り参加し、3人で開かれた。「ヨシ」「ジョー」のベテラン政治家同士の絆を再確認する極めてプライベートなひとときとなった。

外務省幹部は今回の訪米ラブコールについて「バイデン大統領が菅さんのことを気に入っていて、最後に会いたがっている」と語ったが、バイデン政権関係者は「今回はとにかくクアッド実現が目的。『日本の総理』が出席してくれれば誰でもよかった」と冷ややかに受け止めた。

■米印首脳は90分間「じっくり」会談

限られた日米会談とは対照的に、バイデン大統領はインドのモディ首相と約1時間半、個別に会談した。日本政府関係者は「菅首相とは4月の訪米でみっちりやった。今回は初訪米のモディ首相とじっくり話す番だ」「気にする必要はない」とも語っている。

同盟国やパートナー国との連携で重層的な“対中戦略”を描くバイデン政権。4月に一番乗りで会談した日本の菅首相を皮切りに、今回はインドのモディ首相との関係構築。インド太平洋をめぐる外交で、着実な一手を打ち続けている。

■アフガン撤退…バイデン政権「対中国シフト」急ぐワケ

アフガン撤退後、バイデン政権が加速させる「対中国シフト」。急いだのは、日米豪印4か国のクアッド開催だけではない。今月中旬には、米英豪3か国の防衛協力の新たな枠組み「AUKUS(オーカス)」を立ち上げた。これにもキャンベル氏が大きく関わっているという。

原子力潜水艦の技術をオーストラリアに供与する画期的な枠組み。フランスから潜水艦の受注を「横取り」し、猛反発も覚悟で踏み切った。なぜここまでして急速な「対中国シフト」に舵を切ったのか。アジアの安全保障に詳しいザック・クーパー氏は「中国のここ数年の行動が裏目に出た結果」だと指摘する。

中国は、インドと国境紛争を抱える。昨年6月の軍事衝突では、インド側に多数の死傷者も出た。オーストラリアにも石炭の輸入禁止など“経済的威圧”を強め、豪世論の対中警戒心は高まった。豪政府はアメリカの原子力潜水艦導入にまで踏み切るに至った。いずれも中国の強気の姿勢が、クアッドの連携強化につながっているとクーパー氏は見る。

■「対中国」インドを取り込む狙いとは

クアッド4か国の中で、最も「対中」で温度差があるのが、唯一「非同盟主義」を貫くインドだ。「非同盟国のインドが加わっていることにこそ、クアッドの価値がある」と米シンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)のポーリング上級研究員は指摘する。

日米外交筋も「クアッドの当面の目的はインドを引き留めておくこと」「インドとクアッド首脳会合を重ねていけば、インドのマインドセットを変えることにつながる。そうすればモディ首相が交代しても、インドの立場は変わらない」とその狙いを語る。

■「最初の1年でやれること全部やる」バイデン政権のスピード感

クアッド・オーカスだけでなく、外交ではアフガン撤退、内政ではワクチン義務化など、とにかくスピード重視のバイデン政権。日米外交筋は「バイデン政権は『最初の1年が勝負』だと思っているのではないか」と推し量る。来年の中間選挙では、厳しい戦いも予想されている。

今回初の対面会談にこぎつけたクアッド。日米外交筋は「バイデン政権が強引に引っ張っている感は否めない。2年後どうなっているかは誰にもわからない」と内情を語っている。

画像:印・モディ首相のツイッターに投稿された写真 笑顔の4首脳