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中国「ゼロコロナ政策」岐路?“共存論”も

2021年8月17日 21:28

■「強権体制」ならではの「ゼロコロナ政策」

中国で最初に新型コロナの感染拡大が確認されてから1年半あまり。中国が「世界で最も厳格」と誇る「ゼロコロナ政策」により、中国に滞在する私たちにとって日本はどんどん遠くなっている。一旦、中国を離れれば、再び北京に戻るためには3週間の完全隔離が待っている。

また、中国国内を移動した際に、万一、移動先で感染者が1人でも確認されれば、何週間も足止めされる。1000万人を超える市民が、全員PCR検査を義務づけられる。PCR検査で陽性が確認されれば、過去数週間の立ち寄り先など個人情報が全てさらされる。

有無を言わせない強権的な手法で封じ込めを図った結果は、感染拡大が止まらないアメリカなどとの比較の中で、習近平指導部をして中国の「体制の優位性を示した」とまで言わしめるほど、政権のアピール材料として使われている。しかし、ここへ来てこの「ゼロコロナ政策」の軌道修正を求める声が出ている。

■著名専門家が「ウイルスとの共存」提唱

きっかけは7月下旬、中国の南京市を中心に感染力の強いデルタ株による感染拡大が起きたことだ。これを受けて、中国の著名な感染症専門家で上海復旦大学の張文宏主任は、SNSへの投稿で「ウイルスとの共存」論を切り出した。「世界の多くの専門家はウイルスが常在するようになると考えており、世界はこのウイルスと共存することを学んでいくべきだと認識している」「中国はこれまで素晴らしい答えを出してきたが、南京の感染拡大をみて我々はより多くのものを見習うべきだ」

さらに、世界各国が往来を再開させようとする中、中国もこれまでの「ゼロコロナ政策」から「ウイルスとの共存」も考えるべきだと訴えたのだ。「未来の中国の選択肢はきっと世界との往来を実現し、正常な生活に戻り、同時に自国民をウイルスの恐怖から守ることを保証すべきだ。中国はそのような知恵を持つべきだ」

■コロナ共存論に賛否沸騰「勇気がある!」「地獄が来る!」

中国が誇ってきた「ゼロコロナ政策」の転換に向けた提言。反響は大きく、ネット上には賛否両論が相次いだ。

「ロックダウンと全員PCR検査は不要だ。生活にも旅行にも不便で面倒くさい」

「全員PCR検査や都市封鎖は無駄遣いで社会資源の浪費だ」

「これで国際社会と同じ道に立つことになる。こういう話ができるのは、張氏は勇気があって肝が据わっている」

一方で国産ワクチンの効果を心配する声も。

「国産ワクチンのデルタ株に関するデータは無いし、このまま国境を開放するのは無責任だ」

「先進国はみんな地獄になっているのに、まだ一緒になろうとするの?黙っていて!」

■「共存論」学者に元閣僚が反論、論文盗作の告発まで…

しかし、中国当局は「ゼロコロナ政策」の転換論が広がることには強い警戒感を見せた。

まず、中国政府の元閣僚が張氏の投稿にかみついた。元衛生相の高強氏は共産党機関紙「人民日報」に寄せた文章の中で、こう述べている。「おかしいのは一部の専門家はデルタ株に驚きながら、ウイルスとの共存を国に提案している。脅威を訴えつつ共存を言っているのは矛盾している」「ウイルスとの共存は絶対不可能だ。我が国が国外からコロナの侵入を阻止する方針を変えてはいけない」

さらに、別の研究者が突然、20年以上前に論文の一部を張氏に盗用されたと告発。所属する復旦大学が調査に乗り出すことになるなど、張氏を学界から排除するような動きも出始めた。

■「ウイルス共存」ネットに書き込んだ市民拘束

一方、中国の江西省の教師が8月10日、張氏のウイルス共存論に同調する投稿を行った。このころ、新型コロナの感染が続いていた江蘇省の陽州市で、ウイルスとの共存を試すよう意見を述べたのだ。「揚州市は大きくないし、人口も少ない。厳格な防疫措置をやめてウイルスとの共存を試してみてはどうか。今後の全国の防疫の参考となる」

すると、地元警察は「不適切な言論で社会に悪影響を与えた」として教師を拘束し、15日間の拘留を決定した。ただ、中国としては珍しいことに、その後、中国メディアの一つがある弁護士の意見として、警察の対応に疑問を呈したのだ。「投稿された意見は社会の秩序を乱すものではない。警察が介入する必要はなく、処罰は見直すべきだ」

これをどう考えるべきなのか。普通、中国では指導部の意向に沿わない意見表明は徹底的に抹殺される。しかし、張文宏氏の投稿は削除されず、まだ閲覧できる状態が続いている。

■「ゼロコロナ政策」の行く先は?

中国政府がいち早くコロナから回復したと胸を張ってきた中国経済だが、7月は自動車販売が低迷し、小売売上高が前月比マイナスとなるなど、陰りが見え始めている。世界各国が経済の再開を急ぐ中、習近平指導部としても対コロナ政策をめぐる世論の推移を見極めようとしているのだろうか。

ただ、東南アジアなどでは中国製ワクチンを大規模接種した各国で感染が再拡大し、有効性に疑問の声も挙がっている。総人口を超える18億回のワクチン接種を終えたとする中国にとって、「ゼロコロナ政策」の放棄は大きな審判となる。

さらに、来年2月には北京冬季五輪、秋には5年に1度の共産党大会という習近平国家主席にとって失敗できないイベントが続くため、選択の幅は狭まる形となっている。

画像:北京市内のPCR検査場(2021年2月)