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息子のため「和紙の肌着」開発した父の挑戦

2021年6月2日 20:00
息子のため「和紙の肌着」開発した父の挑戦

■和紙は肌に優しく、環境にも優しい素材

国民の約2人に1人がなんらかのアレルギー疾患を抱えていると言われる現代社会。厚生労働省の統計によると、2017年のアトピー皮膚炎の患者は約51万人だという。

肌に悩みを抱えている人たちにとって、毎日着用する衣類は無視できない。衣類の品質が肌荒れを悪化させることもある。快適な暮らしを送るためには、肌に優しい衣類は大切だ。

佐野さんが開発したのは、和紙とコットンを組み合わせたインナーウエア。肌の弱い人に推奨されるコットンと比べても、消臭性・抗菌効果・吸水性が優れていることが実験の結果得られているという。

「さまざまな素材で検証し、エビデンスを集めていく中で和紙にたどり着きました。しかも和紙は、肌にいいだけでなく、環境にもいい素材です。化学繊維は土で分解されませんが、和紙は元々が植物なので、3か月前後で土に還っていくんです」

コロナ禍では、出版社大手の集英社発ブランド「suadeo(スアデオ)」と共同して和紙を材料の一部としたマスクを開発。肌ざわりや通気性などの着用感はもちろんのこと、洗って再利用できて環境負荷も低いことから注目されている。


■かゆみで血まみれの我が子が原動力

佐野さんはもともと、ファッションブランドで働く「パタンナー」だった。パタンナーとは、デザイン画から型紙を作る仕事。パリコレモデルが着る服作りに携わることを夢見て、いくつかのブランドで修業を積んだ。2012年に独立し、MIZANIを設立。順調にキャリアを積み上げていた。

38歳のとき、長男が生まれた。生まれつき肌が弱く、乳児性湿疹に悩まされていた息子。寝ている間もかきむしるため、朝には顔が血まみれになっていた。その姿を見て、父親として息子にできることはないか考えさせれられたという。

「小児科医にはコットンを勧められたものの、仕事上たくさんの繊維を知っていました。もっと肌に優しい素材があるのではと考え、独自に研究を始めたんです。そこでたどり着いたのが和紙でした」

とはいえ、あくまで我が子のためのオリジナルのインナーウエア作り。これをビジネスにしようとは微塵も考えていなかった佐野さん。転機となったのは、何気ない友人との会話だった。

「アレルギー疾患を持つ友人に話したところ『絶対にビジネスにした方がいい。その商品を必要としてくれる人がいるから』と説得されたんです。確かにその通りだと気づいて。量産化できる仕組みを作ろうと、開発を始めました」

開発は難航した。和紙は文字通り、「紙」。そのままでは硬くて衣類には適さない。糸にする技術を持つ会社はあったものの、製品化するまでに糸が切れたり、色が変色したりする問題もあった。製品として世に出す以上、低品質なものは許されない。必死の努力の末、和紙とコットンを組み合わせることで、ようやく製品化までたどり着いた。実に2年半もの時を要した。

「この2年半は苦しくて仕方がなかったです。楽しさなんて一切なかった。紙を衣類にするなんて、やっぱり無謀だと何度も諦めかけました。

でも、肌荒れで血まみれの息子を見ると、自分がやらなきゃいけないと思ったんです。すでにエビデンスも出ているし、製品化の可能性だってある。できる可能性があるのに今諦めたら、きっと後悔する。そうやって自分を鼓舞し続けました。自分のためではなく、誰かのためだったから頑張れたんです」

やれることをやらないときっと後悔する。その想いは、コロナ禍でのマスク作りにも受け継がれた。全国的なマスク不足を見て、肌着に携わる者として何かできないか考えたのだ。

発売後に評判が高まると、保育士へのマスク寄付を企画した。子どもが保育園へ入園したことで、三密な状況で不安を抱えながら仕事をする保育士を目の当たりにしたからだ。何とかしたいとの想いから始まった寄付活動は現在も続いている。

■緩和から改善へ

今、佐野さんは新しいフィールドに挑戦しているという。その領域は「有機農業」。佐野さんが専門としているファッションとは別世界に思えるが、本質的な目的に沿った事業展開だと語る。

「衣類では症状の緩和はできても、体質の改善はできません。知り合いの農家さんから有機農業について聞いたとき、息子のようにアレルギー疾患に悩む人にとって、身体の内部から病気を改善する素晴らしい方法であり、もっと普及してほしいと感じました。ただ、大きな問題があると聞きました。農薬を使わないため、土の状態が良くないと病気や不作になってしまうとのこと。それを知って、自分も力になれないかと考えたんです」

調べてみると、コーヒーの生産地コスタリカでは、産業廃棄物となるコーヒーの豆かすを土壌の肥料として利用していることが分かった。顕微鏡で拡大すると細かい隙間があるため、土の中に酸素を取り込むことができ、良質な微生物が活発に動ける環境ができるという論理だ。その事例から佐野さんはあるアイデアを閃いた。

「コーヒー豆でできるなら、和紙の原料である植物でも代用可能だと思ったんです。和紙の衣類作りにおいても、切れ端などゴミになってしまう部分があります。それらを土壌改良剤として使うことができれば、環境負荷を減らすだけでなく、人々の健康の改善につながる有機栽培にも役立てられると考えました」

農業関係者と協力しながら、和紙の可能性を研究する佐野さん。加えて、ブランドのメイン事業である和紙を用いた衣類の開発も進行中だ。2022年3月には和紙100%の製品化を見込んでいるという。他分野に事業を拡大する佐野さんに改めて、今後の展望を聞いてみた。

「当初、和紙の肌着作りをしはじめたときの目的は、症状の緩和でした。肌がかゆい状態を楽にすることが目的だったんです。

でも、もっと本質的な目的を考えると、改善まで足を踏み入れたいと考えています。院内着みたいな服を着ていてもハッピーではありませんよね。僕のミッションは、笑っている人を増やすこと。すなわち、それぞれの人たちの生活の基準を上げることです。

かゆみでおしゃれができなかった人が、おしゃれを楽しめるようになったら素敵ですよね。僕が持つファッションや和紙の知見で、人々を笑顔にすることに貢献したいです」


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この記事は、日テレのキャンペーン「Good For the Planet」の一環で取材しました。

■「Good For the Planet」とは

SDGsの17項目を中心に、「地球にいいこと」を発見・発信していく日本テレビのキャンペーンです。
今年のテーマは「#今からスイッチ」。
地上波放送では2021年5月31日から6月6日、日テレ系の40番組以上が参加する予定です。
これにあわせて、日本テレビ報道局は様々な「地球にいいこと」や実践者を取材し、6月末まで記事を発信していきます。