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有働由美子「焦りと罪悪感」震災振り返る

2021年3月9日 10:43
有働由美子「焦りと罪悪感」震災振り返る

「キャスターやっていると罪悪感があったんです。(被災地を)面で見ていない、線で見ていない感じがあった」――。『news zero』の有働由美子キャスターはそう語る。被災地をめぐる旅と震災発生当時の「焦り」。東日本大震災から10年を迎える前に、未曾有の災害を振り返った。

■「100本ノック」やっておかねば

2018年、有働由美子さんは東日本大震災の被災地をめぐっていた。青森県の八戸で車を借りて茨城まで、沿岸の町を訪ね歩く約1000キロメートルの旅だった。

「NHKを辞めて半年間、自由な時間があったので1回全部回ろうと。沿岸のすべての市町村で必ず一人には話を聞くと決めました。3日間ぐらいのつもりだったのですが、話をしていると長くなってしまって。夕方になったら現地の民宿を探して泊まる。結局10日間ほどかかりました」

キャスターとして、節目で被災地を訪れてきた。そんななかで「罪悪感」があったという。

「番組で行くと、『点』になってしまうんですよね。キャスターって連れて行ってもらって、準備してもらった人に話聞いて…。『面』で見ていない感じがあった。だから一度“100本ノック”のようなことをやっておかなければという思いがありました」

つてもなく、車を降りて見かけた人に声をかける。多くの人に驚かれたという。

「『すいません。元NHKの有働といいます。ちょっとお話いいですか』って感じで声をかけました。青森ではみんなシャイで話しかけても『ああ』とか。全員に名刺を置いていったので、『びっくりして“つっけんどん”にしてすいません』って後から連絡が来たことも(笑)」

夜中に山道で迷い、たどりついた岩手県釜石市の民宿では印象深い出会いがあった。

「(民宿の)お父さんが漁師さんで、娘さんが津波で流されていたんです。漁師町だから海で生まれて、海で生計を立ててきた人。その海に娘を奪われた。以前マスコミの取材も受けたけれど、『態度が悪かったので返した』と言っていました。メディアや行政に対する批判も全部教えてくれました。そこまで話してくれるまでに時間がかかるのだなと思いました」

「その人だけではなく、聞いて回っていると、かなりの確率でみなさん家族や親戚、職場の方など近しい方が津波の犠牲になっている。災害は何年経ってもそこで終わらない。永遠に続くんだなと思います」

■「この国はどうするんだろう」

自分の目と耳で現場を見ないとわからない。「現場主義」を貫いている。発災当時の2011年3月11日は、担当する朝の番組が終わった金曜日。名古屋で地震に遭遇した。

「闘病していた母の退院祝いに長島温泉に行こうと、名古屋駅で降りてデパートで待ち合わせをしていました。フロアの人たちの悲鳴が聞こえましたが、震度4ぐらいですぐ収まった。そのまま母と落ち合って、長島温泉に向かいました」

「たくさんメールも来ているけど返せなくて電話も通じない。駅からホテルに向かう途中のタクシーでラジオをつけてもらったらえらいことになっている。ホテルのテレビではちょうど津波が畑を襲う中継をやっていました」

すぐに東京に戻ろうとしたが、相談してひとまずこの日は滞在することになった。

「テレビを見るしかなかったんです。すごく気が焦って『早く戻らなきゃ、とにかく現場に行かないと』ってすごい焦っていたのを覚えています。それで翌日に戻って番組で会議をした。過去の災害取材の経験があったので、トイレがないとか生理用品、おむつがないとか、『行かなきゃわからないことを伝えないと。現地に行かせてくれ』と主張しました」

しかし当時の担当番組は報道ではなく情報番組。現地のことは報道で伝えるから「日常を伝える」ということになり、サバイバルの専門家に避難所で役に立つことなどを聞いた。

「それもまた焦る。『本当に役に立つのか』『いまそんなことしている時か』と。結局、現地に入ったのは2週間後ぐらいだったと思います。陸前高田市で現場のディレクターと合流して取材をはじめました」

「もう想像を超えていました。災害の現場は見てきましたが、津波は初めて。屋根の上に船が乗っかっているとか。伝える以前に、『この町は、この国はどうするんだろう』と焦りで歩いていました。会う人に会う人に話を聞いて、ずっと泣きながら。カメラも回さずにずっと話を聞いていました。とても理解しきれるはずがないし、相手の何かを受け止めることができない。目の前の人が言う大変さがわかっていないことがしんどかった」

■「人が亡くなるってこういうことですよ」

自分のSNSでも防災に関する投稿をしている。

「やっぱり『人が亡くなる。死ぬってこういうことですよ』って。津波がきた3月11日だけじゃなく、その前にあった生活が全部なくなるってことをわかってもらうにはどうしたらいいかと考えて、そういうことを伝えられればと」

災害報道にあたって強く意識しているのは「フォーマットにとらわれず大事なことから順番に伝える」事だという。

「意外とできないんですよ。緊急地震速報って自分もパニックになるから。揺れたときに一番大事なのは、『落ち着くこと』と二番目は『頭を守ること』。とにかくその2つは伝えられるように、それをちゃんとすぐに言えるようにしています」

10年の節目となる今年の3月11日(木)は、震災特別番組『未来へのチカラ』(日本テレビ:午後1時55分~7時00分放送)に出演する。最も視聴者に伝えたいことを聞くとこう答えた。

「『防災の準備をして』という一つですね。自分の命は自分でしか守れないし、家族の命も守れない。防災グッズや避難ルートの確認を。津波に流されるのか、建物につぶされてしまうのか、助かるのか。防災の準備だけにかかっている」