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新型コロナ1年 中国の情報隠ぺい証言続く

2020年12月31日 18:48

武漢市の衛生当局が、「原因不明の肺炎が見つかった」と公表したのは、2019年12月31日のことだった。後の新型コロナウイルスが、初めて世に知らされた日である。

その後の1年、新型コロナの感染者数は世界全体で8000万人を超えた。1番多いアメリカは1950万人が感染している一方、中国が公表している数字は8万7000人あまりで、感染者数の多い国・地域から順で数えると、なんと80番目。いまや感染対策の“優等生”だ。

中国は「検査で陽性が判明しても、無症状であれば感染者の数に含まない」という独自の集計方法をとっている。しかし、それを鑑みても最初に感染が拡大した国として、数字の少なさは異様に感じる。

私たちは複数回にわたって感染が始まった武漢へ取材に入ったが、そのたびに「感染者数も死者数も、事実とは異なる」という市民らの証言が続いた。

■隔離病棟で1か月闘病後に死亡も新型コロナとは認めず
2020年10月下旬、武漢市内の自宅で取材に応じた朱涛さん(44)は、1月と2月に相次いで亡くなった親族2人が新型コロナと認められなかったという。

朱さんの妻のいとこは、2020年1月に体調を崩して入院、周囲に対しては「今流行っているウイルスに感染した」と伝えていた。コロナ患者の隔離病棟に入院し、SNSには病室内の様子をこう投稿していた。

「今夜は眠れない。隔離病棟では、おととい1人、きょうは2人が亡くなった。遺体は部屋に長時間放置されていた」「政府の発表は事実ではない、みんな防護措置をとって!」

1か月以上の闘病生活の末、いとことその母親は相次いで亡くなったが、2人の死亡診断書には「ウイルス性肺炎」とのみ書かれ、新型コロナとは認められなかったという。

朱さんは「彼女の死が悔しい」と憤り、新型コロナと認めなかった理由について大きく2つあると語る。

まず1つは、費用の問題。新型コロナと認定されると、治療費用や葬儀の費用はすべて政府が負担することになり、その財政負担を抑えたかったのではないかと推測している。

そしてもう1つが、「メンツ」の問題である。朱さんは、死者の数が多くなると当局にとっては“コントロール出来ていない”と評価されることになり、都合が悪いため数を抑え込む措置をとったのだと考えている。

■武漢の医師「死因に新型コロナと書いてはいけなかった」
2020年6月に武漢へ取材に入った際には、医師が匿名を条件に、「当局から情報隠ぺいの指示を受けた」と明らかにした。

医師は、「新型コロナ感染者でも入院出来ずに亡くなった人は、死因に新型コロナの病名を書いてはいけなかった」と証言。新型コロナによる死者数が少なく見えるよう死亡診断書を書き換えていたと明らかにした。

指示は地元武漢の疾病予防管理部門からで、証拠を残さないためか、文書のかたちではなく口頭で伝えられたという。隠ぺいが続いた時期については、2月から4月18日に感染者ゼロが発表されるまで続いていた、としている。

医師は、死者の数について“0をもう1つつけた方がいいと思う”と語った。つまり、「一桁違う」というのだ。武漢では新型コロナによるこれまでの死者が3869人と発表されているが、少なくとも数万人は亡くなったはずだという。

当局が隠ぺいを指示した理由については、やはり朱さんと同様に「数が少ない方が当局のメンツが立つからだろう」と話した。

■メンツは守れたか
医師も遺族も、当局が情報を隠した理由について「メンツを守るためだろう」と口をそろえる。それが武漢市政府の役人たちの判断なのか、あるいは中央政府の中枢から下りてきた指示だったのか、不明のままだ。

ただ、情報を隠してまで守ろうとしたメンツに対して、武漢市民や世界各地の人々が抱く不信感は、消え去るどころか少しずつ大きくなっているのではないか。

■声をあげる人への圧力
なお、こうした証言をした市民は身に危険が及ぶ可能性があり、取材に応じる人は少ない。前述の医師は、自身の身辺を当局が調べ回っていることが分かり、今は再度の取材には応じられないと話している。

武漢ではほかにも初期の情報隠ぺいが感染拡大を招いたとして、政府を相手に裁判を起こそうとする遺族らもいるが、訴状が受理されないばかりか、外国メディアに接触しないよう尾行などの厳しい圧力を受けているのが現状だ。

■WHO調査前に消毒?
その武漢で今、注目されているのが、WHO(=世界保健機関)による現地調査である。目的は「ウイルスの起源の追跡」だ。調査団は2020年7月に一度先遣隊を中国に派遣したものの、北京で話を聞き取っただけで帰ってしまったという。

WHOは、2021年1月に調査団を再び中国に派遣すると発表。メンバーの1人は、私たちの取材に対して「今回は武漢に入り、ウイルス研究所にも行く予定だ」と明らかにした。

ようやく実現する調査団の派遣だが…。実は私たちが2020年11月にウイルスの発生源となった可能性がある武漢市の海鮮市場を取材に訪れたところ、なんと消毒作業が行われていた。

市場が封鎖された2020年1月には消毒を始めたとの情報があったが、11月になってもまだ入念な消毒を行っているというのだ。ウイルスの起源をめぐって現地調査を行う前に、消毒作業によってウイルスの痕跡を消してしまうことにはならないのか?

WHOの内部事情に詳しい関係者は、これから行われる現地調査について「WHOには強制力もない。中国側の案内によって、“観光旅行”になって終わってしまうだろう」と悲観的な見方を示している。

果たして調査の結果、全世界の人々の暮らしを一変させたウイルスの起源の謎を解き明かす有益な情報が出てくるのか。中国当局が積極的に情報開示に応じることを期待したい。