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新型コロナ 不安やストレス増加の理由は

2020年4月29日 14:04
新型コロナ 不安やストレス増加の理由は

新型コロナウイルスの感染拡大で、不安やストレスを抱える人たちの増加が懸念されています。そんな中、日本赤十字社が3月末「こころの健康を保つ」ヒントになるガイド集を作成。サイトに掲載したところ、大きな反響があったといいます。

収束が見通せない中、不安やストレスとどう向き合い、対処していくべきなのか。ガイドを監修した諏訪赤十字病院の臨床心理士で、国際赤十字・赤新月社連盟心理社会センター登録専門家の森光玲雄さんに話を聞きました。

■災害時にこそ損なわれやすい「こころの健康」

ーー日本赤十字社がガイドを制作した経緯を教えてください

この「感染症流行期にこころの健康を保つために」というサポートガイドシリーズは、もともと香港赤十字が最初に作成したものを日本語化し、国際赤十字と協働しつつ、さらに日本赤十字社がコンテンツを追加する形でシリーズ化したものです。

新型コロナウイルスによる緊急事態の特徴は、日本だけではなく全世界で同時多発的に進行していることです。赤十字は世界190か国以上で活動している国際的な人道支援機関で、普段から国境の垣根なく、緊急支援の対応のノウハウやツールについて情報交換を行っています。

今回のコロナ対応ではそうしたネットワークを使い、かつ国内外の災害や感染症対応の経験をもつ臨床心理士や医師らが共同して、必要な情報を届けることにしました。

ーー「こころの健康」に特化したのはなぜですか?

災害などの緊急事態が起きると、医療チームが真っ先に駆けつけ「救命」や「救護」をする姿を思い浮かべる方も多いと思います。もちろん医療は欠かすことのできない活動です。

しかし、緊急時には医療的ケアを必要とする被災者よりも、出来事に付随する心理的・社会的影響を受ける人の方がはるかに多いことがこれまでの災害研究から明らかとなっています。

私自身、今までさまざまな緊急支援に携わってきたこともあり、災害等の緊急事態が起こったあと、心理面や社会的な問題が顕在化してくる現場をたくさん見てきました。

今回も、クルーズ船に医療救護に行った医師が偏見にさらされたり、SNSで感染者が特定・臆測で非難されたりするなど、人々が不安にあおられて冷静ではいられなくなっている様子がありました。

これはなるべく急いで、必要な人たちに向けて役立つ情報を届けなければいけない。そう感じました。そこで心のケアに特化したワーキンググループを日赤本社コロナ対策本部に設置してもらい「こころの健康を保つために」シリーズに加えて、一般の方向けの啓発ガイド、医療従事者向けのガイドをそれぞれ作成しました。


◇◇◇

ガイドによると、新型コロナウイルスには「病気」「不安」「差別」の3つの感染症を引き起こす側面があり、それによって、体だけでなくこころの健康が損なわれる可能性があるといいます。

ガイドでは、誰もがこれら3つの感染症の影響を受けてしまうものだとした上で、不安になった時に生じる反応やその対処法などが、不安の渦中にいる当事者、当事者の周りにいる人、医療従事者それぞれに向けて書かれています。

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■ウイルスへの不安は「お化けが出てくる前」の心理と同じ

ーー新型コロナウイルスのどういった特徴が、強い不安感やパニックをもたらす?

まず、ウイルス自体は目に見えないという性質があります。脅威が目に見えないと、過剰に不安になる。お化け屋敷で「お化けが出てくる前」の心理状態と同じですね。いつ何が襲ってくるのかがわからないと、常に緊張状態、スイッチがオンになった状況を保たなければならず、不安を強くさせます。

現時点では治療法がないことも不安を強める一因です。ワクチンや薬がなく、個人で出来る対策も手を洗う、人に近づかない、マスクをする、くらいしかない。

最後に、情報が多すぎることも不安を強める一因になっていると思います。テレビ、新聞、ネットにSNS…黙っていてもコロナに関する情報が飛び込んでくる。しかも情報の多さに加えて、ネガティブな情報が時間単位で更新されたり、不安をあおるような情報も飛び交っていて、これはとても冷静さを保てるような状況ではありません。

ーーとはいえ、全員がパニックになるわけではない。その差は?

もちろん人によってストレスへの反応の仕方には違いがあります。元々不安になりやすい人もいれば、比較的平気なタイプの人もいますから、個人差があります。

ただ、ウイルスやそれにまつわる情報など、脅威との距離感によって不安が喚起されやすいかどうかは変わってきます。近くにパニックになっている人がいたり、ネガティブな情報が入りやすいポジションにいたりする人は、それだけ心理的影響をうけやすいでしょう。ガイドにも書いてありますが、不安と付き合う上では、情報との距離の取り方が重要になってくると思います。


ーー隔離状態の人々は、どういった不安を感じやすい?

隔離生活を経験された方がよくおっしゃるのが「検査結果を待つ間が不安でしかたない」「自分が陽性だったらどうしようと考えると夜も寝られない」といった心情です。

病気になることを不安に思う方ももちろんいらっしゃるのですが、これだけ社会に注目されている感染症ですから「もし感染したら、家族や職場、関係者にどれだけ迷惑がかかってしまうか」とか「近隣住民や社会から拒絶されるんじゃないか」というプレッシャーを語る人が多い。

そもそも、自宅であれホテルであれ、他者との社会的接点を突然絶たざるを得ない経験は、心理的にとても過酷なものです。その上さらに、自分がこれからどうなるかわからないという不安や、周囲からバッシングを受けるかもしれないという恐怖感が重なると、精神的に不安定になってしまうのも無理もないことです。

ーー隔離状態の人たちにはどんなサポートが必要?

とにかく「取り残さない」「孤立させない」ことが原則です。

おすすめしたいのは周囲の人間が定期的にその方に連絡をとって体調や様子を聞くこと。ガイドにもありますが、その際、その方の不安な気持ちを受け止めるように話を聞いてあげて欲しい。コロナの「感染予備軍」として特別視するのではなく、普段通りの会話で「今まで通りつながっている」という感覚を持ってもらうことも大切です。

今、世の中では感染を拡大させないために人と人との距離をおく「ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離をとろう)」運動が広まっていますね。実は、あれは少し誤解を生むかなと感じています。

自由に人と人が会えない今、必要なのはその中でもつながりを維持すること。つまり「物理的距離(フィジカル・ディスタンス)」は離さなくてはいけないけれど「社会情緒的距離(ソーシャル・エモーショナル・ディスタンス=人と人との関係性や気持ちのつながり)」まではウイルスによって崩されてなるものか、という心構えが必要なのではないでしょうか。隔離状態におかれた人たちをサポートする際にもこれと同じことが言えます。