男子マラソン服部勇馬選手 弟がくれた「大丈夫」 東京五輪を経て3年後パリ大会へ

この記事をシェア

  • LINE
新潟2021.09.13 19:40

東京オリンピック男子マラソンに出場した十日町市出身の服部勇馬選手が9月13日、インタビューに応じ、レース中の思いや家族への感謝、今後の展望について語りました。

〈服部勇馬選手〉
「いままでどんなレースでも最後、自分に負けた、自分に勝てなかったという反省がどのレースでもありましたけど、今回のオリンピックに関しては、結果はあれですけど自分自身に勝てたと思える唯一のレースだった」

実況「東京オリンピックの男子マラソンがいま、スタートしました」

夢だった大舞台。
服部選手は、中盤まで先頭集団に食らいつきますが――

《実況》「服部がちょっと離れましたか」

21キロ付近で、遅れ始めます。


〈記者〉
「どんな感覚で、どこから最初に“おやっ”と思ったんですか?」
〈服部勇馬選手〉
「22、23キロのところで極端に足取りが重くなったというか。普通だったら抜かれた選手に少しでもいいから付くとかリズムを合わせるというのがまったくできないような状態だったので、何かおかしいと思っていました」

最高気温28度。湿度80パーセント。過酷な条件の中、30人が棄権しました。それでも――

《実況》「服部帰ってきました」

膝の不調に加え、重い熱中症にもかかりながら完走しました。

そんな服部選手を間近で支えたのが――

〈服部勇馬選手〉
「弾馬がいなかったらスタートラインに立てなかったかもしれないと思うときもあります」

自身も陸上5000メートルで東京オリンピックを目指していた弟の弾馬さんです。
本番直前、練習パートナーとして兄・勇馬選手をサポートしてきました。

〈服部勇馬選手〉
「不安を毎日のように最後の一か月くらいは吐いていたので、そのたびに弾馬は僕を明るくしてくれたり、“大丈夫”と前向きな言葉をくれたので晴れやかな気持ちでスタートラインに立てました」

大舞台での走りを糧に・・今後、服部選手は徐々にトレーニングの強度を上げ、ことしの年末ころから大会への出場を目指すということです。

〈服部勇馬選手〉
「このレースを走り切れたことで、また3年後のオリンピックで活躍することができればこのレースが決して無駄ではなかったし、走り切ったことでより強くなれたと思えるような取り組みを今後していきたい」

今回の“悔しさ”を決して無駄にはしない・・服部選手は3年後のパリ大会を視界に捉えながらこれからも走り続けます。

見出し、記事、写真、動画、図表などの無断転載を禁じます。
当サイトにおけるクッキーの扱いについてはこちら
『日テレNEWS24 ライブ配信』の推奨環境はこちら

最新ニュース