イタイイタイ病 報道はどう伝えたか

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富山2021.04.28 19:34

 神通川流域で発生した公害病、イタイイタイ病の患者が賠償を求めた裁判で勝訴してからことしで50年です。公害病の発生や裁判を報道がどう伝えたかを振り返る企画展が、富山市の県立イタイイタイ病資料館で開かれています。

 イタイイタイ病は、神通川の上流の鉱山、三井金属神岡鉱業所からカドミウムが川に流され、下流の住民が水を飲んだり、川の水で育てたコメを食べたりしたことで骨がもろくなり、その名の通り「痛い痛い」と苦しんだ公害病です。

 1955年にイタイイタイ病が初めて新聞報道された記事です。それまで原因不明の奇病とされてきましたが、初めて病気に名前が付けられ報道されました。

 こちらは今から50年前の1971年6月、患者らが三井金属を相手に起こした裁判で初めて勝訴した時の記事です。富山地方裁判所の前で万歳する原告らの姿です。

 「バンザーイ、バンザーイ」

 当時の様子はKNBも詳しく伝えました。

 イタイイタイ病対策協議会 初代会長 小松義久さん(故人)
「50年の苦しみと3年有余の裁判を闘ってきた私たちにとって待ちに待った勝訴判決である。大きな感動を覚えます」

 記事の前で足を止める夫婦がいました。夫の祖母が裁判の原告だったといいます。法廷で傍聴する父が写っている写真を見つけました。

 「これ。原告団の一員だった」

Q裁判勝利から50年になるが今の思いは?

 「長い闘いだったなという思いですよね。お互いに合意した時の条件が守られているのかどうかということを、これからもずっと確認していかなければいけない」

 県立イタイイタイ病資料館 有沢徹副館長
「今年、第1審の裁判で勝ってから50年にあたる年になっています。そうしたこともあって広くイタイイタイ病について知っていただき、改めて環境や健康について考えていただきたいと考えています」

 「報道がとらえたイタイイタイ病」の企画展は、来月5日まで県立イタイイタイ病資料館で開かれています。

 29日、当時イタイイタイ病を取材した記者の講演が午後2時から行われ、WEBでの参加を受け付けています。

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