カルテがないC型肝炎訴訟 判決前に原告は 熊本地裁で24日判決

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熊本2021.11.23 19:38

汚染された血液製剤でC型肝炎になった患者が起こした薬害C型肝炎訴訟は救済法が成立したがカルテなどがない患者は今も救済の対象から外れている。こうした人たちが救済を求めて起こした「カルテがないC型肝炎訴訟」。判決を前に熊本にすむ原告を取材した。

高森町に住む巻京子さん(68)。阿蘇の自然に魅了され関東から移住して9年。いま、国を相手に裁判をたたかっている。

1985年、31歳の時に2人目の子どもを出産した巻さん。1か月後、突然肝炎と診断された。生まれたばかりの娘と離れ1か月半もの間入院することになったのだ。

■巻京子さん
「母乳で育てたかったが感染する可能性があったので母乳はあげないほうがいいと言われたので、(退院して)戻ったときは母乳をあげられなかった。それがとっても悲しかった」

その後、巻さんはC型肝炎と診断。輸血が原因といわれて過ごしていた。

状況が変わったのはそれから20年近く経ってからのことだった。2002年から全国で始まった薬害C型肝炎訴訟。ウイルスに汚染されていた血液製剤「フィブリノゲン」。出産や手術などで止血剤としてこの薬を使われた患者たちが国と製薬会社を相手に損害賠償を起こしたのだ。

■福田康夫首相(当時)
「薬害患者の方々を全員一律救済」

2008年、血液製剤が原因でC型肝炎に感染した患者の救済法が成立し、被害者には給付金が支払われることになった。

裁判をきっかけに出産した病院にフィブリノゲンが納入されていたと知った巻さん。出産のとき大量出血をして輸血も受けていた。「自分もフィブリノゲンを使われていたかもしれない…」と思った巻さん。しかし救済の対象となるのは裁判で血液製剤が使われたことを証明できる人だけ。重要な証拠となるカルテの保存期間は通常5年。巻さんをはじめ多くの患者は記録が残っていなかった。

2012年、熊本でカルテがない患者たちが救済を訴える裁判を起こし、巻さんも原告になった。認定への大きな一歩となるのが出産を担当した医師の証言。しかし何十年も前のことで行方が分からないか、連絡が取れても高齢化や多忙を理由に証言を断られることも少なくない。4年前、巻さんは出産を担当した医師を見つけることが出来たが証人を頼む前に亡くなってしまった。一方で「フィブリノゲンを使った可能性がある」と記された最後の手紙を証拠として裁判所に提出した。

■巻京子さん
「残念だった。10年前に連絡先が分かっていれば先生にもうちょっと協力して貰えた可能性もある」

提訴から9年。当初は約70人いた原告も棄却や取り下げ、原告自身が亡くなるなどしていまでは15人になった。ことし6月、裁判の法廷に立った巻さん。国や製薬会社に向けた最後の意見陳述には…

「結果を知ることなく多くの患者さんが亡くなられました。もしかしたらあなたのお母さまが同じ経験をされていたかもしれません」

差別や偏見を恐れ匿名で裁判に加わる原告も多い中9年間、顔と名前を出して裁判をたたかってきた巻さん。判決で求めるのは自分自身の認定だけではない。

■巻京子さん
「名前とか正面に出て活動できる人はとても少なくて第一次訴訟の時も数名の方が動いて世の中を変えてくれました。悔しい思いをしている原告の仲間がいっぱいいるので活動するとしたら自分のためではない。何とか法律を変えてひとりでも多くの方が救済されてほしい、その思いが強い」

裁判の判決は24日午後1時10分に熊本地裁で言い渡される。

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