人間国宝吉右衛門80歳で1カ月「勧進帳」

2011年7月15日 15:00

歌舞伎俳優の中村吉右衛門が、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、都内で会見。「心から喜んでいると同時に、大変責任が重くなりまして緊張しております」。後進への芸の伝承に意気込みを見せた。

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 歌舞伎俳優の中村吉右衛門(67)が、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されたことを受け、都内で会見した。

 八代目松本幸四郎の次男として生まれ、祖父である初代中村吉右衛門の養子になった。1948年に「御存俎板長兵衛(ごぞんじまないたのちょうべえ)」で中村萬之助を名乗り初舞台を踏み、1966年の「祇園祭礼信仰記 金閣寺」(ぎおんさいれいしんこうき きんかくじ)で二代目中村吉右衛門を襲名。現代の歌舞伎を代表する立役の1人として活躍している。

 吉右衛門は緊張した面持ちで報道陣の前へ登場し、「このたび、重要無形文化財保持者に認定していただきまして、心から喜んでいると同時に、大変責任が重くなりまして緊張しております」とあいさつし一礼。

 6月末に知らせを受けたが、自身は胆管結石のため入院中だったという。「内視鏡で手術をして、その翌々日にお電話をいただいて。女房も病院に詰めていて、こっちはベッドで点滴だらけになっていたので、みなさんお知らせにずいぶん探されたみたい。痛みも石も取れた喜びと一緒になって大変うれしく思っていました。病気はもう良くなりました」と笑い、全快をアピールしつつ喜びを語った。

 名誉ある称号に「『お前の持っている芸なり技術が、国にとって重要なものである』と認めていただいたことでございます。と同時に、その技術を次の世代に伝えろ、という要請でもございます」と後進の指導責任を強く意識。「私は残念ながらせがれがおりませんで、9月に襲名いたします新又五郎さん(現中村歌昇)の息子さん2人とか、富十郎兄さんの息子の鷹之資さんなどと一緒に勉強して、彼らが一人前の役者になるように、アドバイスして差し上げることが私の務めだと思います」と責任を自覚した。

 一方、自身の芸を磨くことにも意欲的で、「これから先も修業、死ぬまで修業。舞台に対する意気込み、気構えは変わらない。これを認定していただいたから舞台が良くなるわけでもなく、我々の商売は、常に常に上を向いて歩いていかないと滞ってしまうもの。夢は80歳になった時に、25日間『勧進帳』の弁慶を務められたら」と高みを目指すことを誓った。

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