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台風の目に入って見て~取材記~

2022年1月3日 12:01
台風の目に入って見て~取材記~

台風の目を囲む「壁雲」を突破する際の強い揺れに耐え、台風の目に入った瞬間、まるで「天空の城ラピュタ」を連想させる景色が広がった。と同時に、研究チームは直ちに観測ゾンデを投下、中心気圧等の調査に入った。

専門家チームは将来、台風の勢力を落とす「台風制御」も視野に入れている。

【取材】
社会部気象・災害担当 牧尾太知
映像取材部 鈴木常忍カメラマン

■強い揺れのなか台風の目に突入

日本テレビは2021年9月29日、民放で初めて「台風の航空機直接観測」に同行取材した。

名古屋大学の坪木和久教授が率いる研究チームが目指したのは、当時、沖縄の南の海上を非常に強い勢力で北上していた台風16号の「目」だ。万一、伊豆半島・関東方面に向かって来た場合には、19年東日本台風に匹敵する甚大な被害が予想されると、気象庁内も戦々恐々としていた台風だった。

台風の上層は比較的風が弱く、安全なフライトであると頭の中で分かってはいたが、揺れで酔うのではないかという懸念と緊張から、カメラマン共々、朝食はあまり喉を通らなかった。

フライト前のミーティング。パイロットは搭乗するメンバーに呼びかけた。「4万5000フィートという通常の飛行機よりもかなり高い高度を飛ぶ」「もしもマスクが下りてきたらすぐに着用を」「4万5000フィートでは10秒程度しか意識がもたない」。

いざという時の備えを入念に確認し、私たちは高い緊張感を持ち台風16号に向かった。名古屋飛行場を離陸してからわずか30分後、早くも「台風16号」が見えてきた。

名古屋大学・坪木和久教授
「青空の境目と雲の境目、これが台風の最も外側の巻雲」

飛行機はさらに進み、離陸からおよそ2時間、南大東島の上空を通過して台風本体の雨雲に入ったあたりから外は真っ白で何も見えなくなった。揺れも徐々に大きくなっていく。

そしていよいよ、台風の中心、目の中への進入を開始した。そこに立ちはだかるのは、台風の目を囲む「壁雲(アイウォール)」。

「壁雲」は非常に発達していて、地上では甚大な暴風被害をもたらし、猛烈な雨を降らせることがある危険な雲域だ。「壁雲」を通過する最中、数分間にわたり機体は上下左右に大きく揺れた。

熟練のパイロットの操縦で無事「壁雲」を突破し、一気に青空が広がる。これまでの揺れが嘘のようになくなり、台風の目の中は静穏そのもので、思わず「天空の城ラピュタ」を思い浮かべてしまうほどの光景が広がっていた。

■なぜ台風の目に入るのか

台風の目に進入後、研究チームは次々と観測ゾンデを投下していった。トウモロコシの成分からできているこのゾンデは、飛行機から発射された後、落下しながら高度毎の気温や湿度、風速、気圧などの観測データを送ってくる。

とりわけ中心気圧の値は、気象防災上、非常に大きな意味を持つデータだ。

気象庁は台風の中心気圧を、主に気象衛星の雲画像などから「930hPa」や「935hPa」等と「5hPa刻み」で推定して発表しているが、これは実際の観測値ではない。沖縄・奄美・小笠原諸島に「910hPa以下」、本州に「930hPa以下」で接近上陸してくる台風は甚大な被害をもたらすとして、気象庁は「台風の特別警報」を発表することにしていて、実際の中心気圧の観測値は非常に重要なデータになる。

今回、坪木教授らの研究チームが行った直接観測で、台風16号の中心気圧は「932ha」だったことが分かり、観測データはすぐに気象庁に共有された。

気象庁は従来より「台風の『進路』の予報に比べて『強度』の推定は難しい」と説明していて、予報官は衛星画像からの推定値と実際の値に大きな差がなかったことに胸をなで下ろしたという。

■将来の「台風制御」も念頭

台風の「目」に入る理由は他にもある。

将来、台風の勢力を落とす「台風制御」を行うことも念頭に、台風のメカニズムをさらに詳しく知り、また予測精度をより一層向上させる必要があるというのだ。

内閣府は2021年秋、2050年に向けて重点的に取り組むべき研究課題の1つに「台風制御」や「気象制御」を選定。10月1日には、全国各地の台風研究者が横浜国立大学に集結し、「台風科学技術研究センター」が発足した。

台風16号の目に入った名古屋大学の坪木和久教授は、この台風センターの副センター長に就任。坪木教授と台風の直接観測に同行した琉球大学の山田広幸准教授らもメンバーに名を連ねた。

坪木教授は「航空機による台風の直接観測を重ねて台風のメカニズムを詳しく把握し、予測精度もさらに向上させた上で、将来は『台風制御』にも挑戦したい」と意欲を示している。

■台風をどう制御するのか?

台風科学技術研究センターのセンター長を務める、横浜国立大学の筆保弘徳教授は「台風の勢力をわずかに落とすだけでも被害を減らすことができる」「台風自体をなくすことはできず、進路を変えることは想定していない」と説明する。

筆保教授は、台風の目の中にある「暖気核」という暖かい部分に着目。台風は「暖気核」が暖かいほど中心気圧が低く、勢力は強くなるため、航空機を使って台風の目に入り、この「暖気核」に大量の氷を撒き熱を奪うことで勢力を弱くすることができるという。

筆保教授のシミュレーションでは、千葉県に甚大な被害をもたらした2019年の房総半島台風にこの方法を試した場合、台風の中心気圧は5hPa上昇、最大風速は3m減少し、被災する建物の数が3割減ると計算されている。

■台風制御に懸ける研究者の想い

今、全国各地の研究者が一丸となり「台風制御」を目指す理由は──

◎横浜国立大・筆保弘徳教授
「我々は台風の予測はできるけれども、本当に台風から日本を守ってはいない。この敗北感というか、無力感がずっとある。これからは、台風と本当に闘っていくという気持ちで、台風研究者としての使命感でやっていきたい」

◎名古屋大学・坪木和久教授
「日本は災害大国、その一番大きな要因は台風。将来、より強い台風が本州に上陸する。残念なことに暗い将来が待っている。温暖化で将来の世代に負の遺産を残している。それを何とかしたい。台風の航空機観測を通じて、何とかできるのではという印象を持っている」

◎東京大学大気海洋研究所・佐藤正樹教授
「温暖化が進行すると台風はますます激甚化するとの予測が出ている。例えば将来、竜巻のような様相の台風が東京を通過し、ほとんどの家の屋根が吹き飛ぶ、それを来ないでくれと祈ることしかできないのか?そうではないのではないか」

◎京都大学防災研究所・森信人教授
「日本中の市町村隅々まで防災対策を施し、人命・財産を守ることはほぼ不可能。大本の自然災害のソースをコントロールするというのは究極の防災、一番の本丸だ」

プロジェクトを推進する内閣府は、「台風制御」には自然に手を加えるという倫理的な観点からも、実現に向けてさらなる議論が必要だとしている。

温暖化で台風の勢力が強まる中、『政府が、国民の命と財産を守るため、超大型で猛烈な台風○号の中心気圧を○hPa、最大風速を○メートル落とすように指示』というニュースを報じる日が、将来、本当に来るのかもしれない。