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駐米大使語る米中競争「岸田首相、心強い」

2021年10月27日 14:16
駐米大使語る米中競争「岸田首相、心強い」

冨田浩司駐米大使がワシントンで「ポストコロナの世界での日米関係」と題した講演を行った。今年2月の着任以降、時を同じくして発足したバイデン政権との関係構築を着実に進めてきた冨田大使。

世界の首脳で“ホワイトハウス一番乗り”を実現した4月の菅前首相訪米、先月行われた初のクアッド首脳会合など、急ピッチで「対中シフト」に舵を切るバイデン外交とも歩調を合わせ、その中枢とのパイプを築いている。

「岸田首相は外交の継続性を体現していて、心強い」とする一方、「衆院選で勝利しても、非常に多くの課題を抱えることになる(very full plate)」と指摘した。

余暇には執筆活動もし、英国チャーチル、サッチャー両元首相に関する著書もある冨田大使が「米中の戦略的競争」の渦中から、日米の未来を語った。(以下、発言要旨)

        ◇ ◇ ◇

■「岸田首相の外交経験、心強い」

ここワシントンの大使として、私の役割は何でしょうか。衆院選を数日後に控えた今、私は政策の優先順位を語ることに制約を感じている。ただ幸い、ここでもライシャワー元駐日大使の「日本政治は基本的に連続している」という先見の明に頼ることができる。衆院選の結果がどのようなものであれ、米国との同盟関係が我々の外交の基礎となることに変わりはないと確信している。

また、岸田首相は、外交・安全保障政策に長年携わってきた経験から、この継続性を体現していて、心強い限りだ。次の選挙で勝利すれば、パンデミックの克服という継続的な課題をはじめ、非常に多くの課題を抱えることになるだろう。

しかし、国内での優先事項が、日米の強固な同盟関係に支えられた自由で開かれたインド太平洋地域の実現など、近年日本が目指してきた外交目標に対する岸田首相の関与を弱めることはないと考える。


■「自由民主主義と専制主義の戦略的競争」

日米同盟を取り巻く広範な戦略的ピクチャーの文脈で考えてみたい。私が言う全体像とは、国際関係は、自由民主主義と専制主義の間の戦略的競争により、ますます動かされているということだ。この傾向は、最近の国際関係の進化を形成する2つの要因にあらわれている。

一つは、米国の戦略的焦点がインド太平洋地域にシフトしていること。もう一つは、クアッドやオーカスのような志を同じくする国々の新たな連携を模索することであり、これらは戦略的競争において米国がリーダーシップを発揮するための制度的基盤としての役割も果たしている。

世界的な戦略状況の変化に直面し、日米両政府は、同盟がその使命にどのように焦点を当てるべきかについて話し合いを深めてきた。大別すると、次の4つの分野を検討している。


■日米の課題1「抑止力と対応能力」

第1の分野は、地域における安全保障の見通しがますます困難になる中、「抑止力と対応能力」の向上、同盟のさらなる強化だ。4月に訪米した菅前首相とバイデン大統領は、中国の行動について深い懸念を共有し、中国と率直に話し合う必要があることで合意した。

しかし、厳しいだけでは準備ができているとは言えない。将来直面する可能性がある様々な事態に備えた「抑止力と対応能力」強化のため、どのように協力できるか、話し合いを深める必要がある。これは、日米首脳会談後の主要な関心事の一つであり、今後数週間、数か月間もそうであり続けるだろう。


■日米の課題2 CORE「強靱性と競争力の強化」

2つ目の分野は、我々自身の「強靱性と競争力」を強化するための取り組みだ。現在の戦略的な競争に、強い立場で挑まなければならないことは明らかだ。この点において日米両国は、パンデミックからの完全な回復、経済の「強靱性と競争力」の向上に真剣に取り組んでいる。

これらの努力は相乗効果をもたらす。4月の日米首脳会談でも、両首脳はいわゆる「CORE」パートナーシップを立ち上げることに合意した。COREとは、重要な目標の最初の2文字、Competitiveness(競争力)とResilience(強靱性)を組み合わせたもので、科学技術やイノベーションにおける優位性を維持するための協力や、半導体や医薬品等の戦略的製品のサプライチェーン保護に重点が置かれる。


■日米の課題3 地球規模課題への取り組み

より強力なパートナーシップが必要とされる3つ目の分野は、国際社会が直面している広範な課題の解決策を見いだすための取り組みだ。パンデミックの抑制と克服に向けた取り組みが最優先される。

9月のクアッド首脳会合で、ワクチン協力に大きな焦点が当てられたのもそのためだ。気候変動対策にも関心を向け、努力が求められる。日米は、特に水素エネルギーなどの関連技術の開発に重点を置いた、新たな気候変動パートナーシップを開始することを決定した。


■日米の課題4「価値観を共有するより広いコミュニティー」

最後の分野は、我々の価値観や原則を共有する国々のより広いコミュニティーをつくるための外交的努力だ。

特に米国が戦略的重点をインド太平洋地域に移す中、日本はこれまで培ってきた広範なネットワークを通じて、米国とインド太平洋地域の国々との関わりを促進する上で有益な役割を果たすことができると考えている。その代表例が、クアッドの枠組みの中で協力関係を深めようとする日本の長年にわたる努力だ。

また、貿易・投資分野での地域協力に米国を巻き込もうとする我々の継続的な努力もその一つだ。日米の強固なコミュニケーションにより、これらの優先事項に沿って政策が調整されていることを報告したい。


■「二国間関係は“人と人とのつながり”に帰結」

私が40年間の外交官生活で学んだことは、二国間関係は最終的に「人と人とのつながり」に帰結するということだ。テルアビブやソウルでの経験と同様、ここワシントンでの私の最大の使命も、両国が友情と連帯感をもって目の前の課題と可能性に対応できるよう「人と人とのつながり」を育むことだ。

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【取材後記】

ワシントン中心部のジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)で、学生ら約80人が大使の静かな語り口に耳を傾けた。

ライシャワー元駐日大使のエッセー、そして自身のイスラエル・韓国での大使経験も交え、米中の戦略的競争の最前線で見た実情、整理された分析も披露した。

「人と人とのつながり」という言葉には、外交官としての強い信念を感じる。部下の日本大使館員からは、実直な人柄と勉強熱心な姿勢への尊敬の念が多く聞かれる。的確な判断力と適切な言葉選びで、米国要人の心もうまくつかむという。

派手さは要らない。米中のはざまに位置する国の大使として、着実な一手を打ち続けることが求められる。(ワシントン支局長・矢岡亮一郎)