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剥ぎとられたヴェール~コロナ孤独の処方箋

2021年10月23日 12:04
剥ぎとられたヴェール~コロナ孤独の処方箋

コロナ禍の長引く自粛で人とのつながりが希薄になり、孤独が社会問題になっている。孤独に追い詰められ、自死を選ぶ人も急増、対策は急を要する。今、私たちの心に何が起きているのか。

■第二次大戦より「大規模なトラウマ」

世界保健機関のテドロス事務局長は、新型コロナウイルスのパンデミックは第二次世界大戦より「大規模なトラウマ」を引き起こしているとして、パンデミック後の数年間、世界は大規模な精神的トラウマに備えなければならない、と宣言した。

そんな大げさな……、最初はそう思った。だが、次々に深刻なデータが明らかになっていく。今月4日、ユニセフ(=国連児童基金)は、世界の10歳から19歳の少年少女のうち、少なくとも13%がうつ病など何らかの「心の病」と診断されていると推計する報告書を発表した。学校閉鎖で友達と会えなくなったことなどが影響したと指摘する。

警察庁と厚生労働省が3月に発表した2020年の自殺者数は、前年比912人(4.5%)増の2万1081人と、リーマンショック後の2009年以来、11年ぶりに増加に転じた。女性や若年層の自殺が増え、40代が最も多く、中高年層の割合が高かった。また、20代が404人(19.1%)増の2521人と最も増加率が高かった。

コロナで雇用環境が悪化し、経済的な苦境に追い込まれた人、人との接点が少なくなり、孤立したり、孤独を感じたりしている人が増えているという。

コロナによって社会が急速に変化する中で、心は一体どうなってしまったのか。心は何を失い何を失わなかったのか、その答えを知りたくて、臨床心理士に会いに行ってみた。

■ある少年の悩み

カウンセリングルームで心の相談を受けている十文字学園女子大学の東畑開人氏は、「2020年、私たちはコロナという大きすぎる物語に振り回されることになった。世界中が同じウイルスに襲われ、同じ不安におびえ、同じ脅威に立ち向かった。大きすぎる物語には有無を言わせないだけの正しさ、説得力がある。だが、その時に個人の小さな物語は吹き飛ばされてしまう。そういう一つ一つの物語が一掃されてしまったことは、心に深刻な影響を与えた」と話す。

東畑氏は、著書の中である少年の事例を紹介している。少年は去年の夏前から学校に行けなくなり、部屋にひきこもりがちになった。初めてカウンセリングにやってきた時、少年が語ったのはごく身近な話だったという。いら立った親に日々追い詰められていること、学校の勉強についていけないこと、そんな自分について価値がないと感じること……、それらはとても身近で小さな話だが、実はそこにコロナの深刻な影があるという。

両親がいら立つようになったのは、リモートワークのせいで始終同じ場所にいることで、もとからの不仲に拍車がかかり、両親のケンカが増えた。勉強が遅れがちだった少年は、オンライン授業の間に全く授業についていけなくなった。学校にいれば先生や友達がわからないところを助けてくれるかもしれないし、家でのイライラを愚痴ってすっきりすることもできたはずだ。だが、全てはオンラインになってしまった。同じ場所にいればあったはずの、身近な人の気づきがなくなってしまったことで、少年は孤立し、逃げ場を失ってしまったのだ。

■剥ぎ取られた「ヴェール」

東畑氏は「コロナは新たな問題をもたらしたのではなく、以前から存在していて、何とかごまかされていた問題を顕在化させた。問題を覆い隠してくれていたヴェールをコロナが剥ぎ取ってしまった」と話す。

この「ヴェール」は、心の健康にとってきわめて重要なものだという。問題を覆い隠すというのは一見悪いことのように見えて、その実、問題に直面する衝撃をやわらげ、先送りして時間を稼いでくれている。

人生にはさまざまな問題が起こるし、本質的に矛盾を抱えている。そうした矛盾と対峙してしっかり向き合うべき時もあるが、とりあえず先送りしたほうがいい時もある。そういう時、「ヴェール」が存在していることによって、心は助けられるのだという。

■コロナは何を奪ったか?

では、この剥ぎ取られた「ヴェール」とは一体何だったのか、そう聞くと、東畑氏は「ケア」だと答えた。外で愚痴を言ったり、教室で誰かに授業の手助けをしてもらったり、そういう小さなケアが、少年を家や教室で孤立することから救っていたのだという。一つ一つの小さなケアの積み重ねがあって初めて、日常が危ういバランスの中で成立していたのに、コロナ禍はそれを根こそぎ奪い去っていった。そしてむき出しになった問題と、私たちは裸のままたった一人で向き合わなくてはならなくなってしまったのだ。

■「孤独」という社会問題

野村総研が7月に実施した調査によれば、20代から30代の2人に1人が、日常的に孤独を感じているという。「ケア」という名のつながりを失い、孤独を感じているのは若者だけではない。2月、菅前首相は、孤独・孤立対策担当大臣を任命した。今や孤独は個人の問題ではなく、社会全体で解決すべき政策課題になったのだ。政府は今年の「骨太の方針」で「人と人とのつながりを実感できる包摂的な社会を目指す」とした。

■新たな「つながり」の時代

OECD(=経済協力開発機構)によると、「家族以外と交流がない人」の割合は、日本が先進国の中で最も高い。少子高齢化や核家族化により、もともと社会的に孤立している人が多かった。そこに、コロナ禍が拍車をかけたのだ。

欧米では、「コモンズ」の考えを基本に、相互扶助の社会を再構築しようとする動きがある。コモンズとは、資源や医療・介護といった社会インフラなどの共有財産を表す言葉だ。日本でも最近「協同労働」という働き方が注目されるようになった。一人ひとりが出資して全員で決めた方針のもとに働く。日本にも「コモンズ」のような考え方が広がれば、孤独が解消され、豊かな人間関係が築けるようになるかもしれない。

さらに、世代間の交流も注目されている。「MIHARU」(東京・渋谷)が運営する「もっとメイト」は、若いスタッフが高齢者の自宅に「パートナー」として定期的に訪問するサービスだ。

介護はまだ要らないけれど、ちょっとした相談に乗ってほしいという高齢者は多いのだという。スマホの使い方やオンライン予約、外出の付き添いや話し相手など、簡単にできることが喜ばれる。

反対に、若い世代にとっては、料理のレシピや教養など、高齢者が培った生活の知恵を学ぶ場になっているという。さまざまな世代や地域がつながりあうことで、社会的な孤立を解消し、新たな雇用の創出も期待できる。

冬には第6波が来ると予想される中、「Withコロナ」の日々は当分続く。コロナ禍は私たちからつながりを奪うと同時に、自らの手でつながりを再構築する、新たな社会のあり方を示唆しているのかもしれない。


日本テレビ経済部 霞が関キャップ
「深層NEWS」キャスター

鈴木あづさ