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コロナ医療危機のワケ~今、聖域なき改革を

2021年9月5日 13:52
コロナ医療危機のワケ~今、聖域なき改革を

パンデミックから1年半。世界に誇る国民皆保険制度と病床数を有する日本で、なぜ、病床ひっ迫や医療崩壊の危機が起きているのか?巨額予算の裏に潜む、日本の医療制度の課題とは?

■増え続ける予算

今週、各省庁による来年度予算の概算要求が締め切られた。総額は111兆円を超え、4年連続で過去最大。中でも最も要求が大きいのは社会保障費だ。今年度予算より約6700億円多い31.8兆円となったが、コロナ対策の要求は金額を明示していないので(社会保障の)要求額は、年末の予算編成までにさらに増えるとみられる。

コロナ禍に見舞われてからこの1年半というもの、安倍、菅政権は3度の補正予算を組み、医療体制の強化に巨額の予算を投じてきた。にもかかわらず、受け入れ先の病院が見つからず、感染者が自宅療養中に重症化して亡くなる事例が相次いでいる。コロナ対応にあたる医療従事者や保健所の職員は、命を救おうと懸命だ。それなのに、先進医療と国民皆保険を誇る日本の医療制度はコロナ禍に対応できておらず、病床のひっ迫や医療危機が叫ばれるのはなぜなのか?

■しり込みする病院

ある財務省幹部は、その理由をこう語った。「コロナ患者を受け入れれば、ほかの患者が来院せず経営を圧迫する、という懸念から、病院がコロナ患者に病床を空けることをしり込みするからだ」と。

巨額のコロナ対策費の多くは医療費にまわった。政府は重点医療機関に指定した病院に日額で最高40万円台の「空床確保料」を支払っている。「この補助金を受け取りながら、コロナ感染者を受け入れない“詐欺病院”が一部に存在している。それに何も言わない医師会はひどい」と幹部は憤る。

■厚労省も「見て見ぬふり」

8月下旬、厚生労働省と東京都は、改正感染症法に基づいて病床確保の協力要請を出した。都内の病床は約8万。それなのに、今回の要請で確保できた病床はわずか150床だった。東京都が公表している病床の使用率は7割程度のまま、6400床とされるコロナ患者のための病床も3割程度が使えないまま推移している。

現在、自宅療養中の患者は約2万人。補助金を受け取りながら、コロナ患者を受け入れなかったり、軽症者だけを受け入れる病院があったりするという指摘もある。別の財務省幹部は、「厚労省が医療界の代弁者になってしまっている。この1年半、ずっと見て見ぬふりだ」とため息をついた。

■見えない「ブラックボックス」

医師で医療経済ジャーナリストの森田洋之氏は「日本には約160万の病床があり、人口当たりの病床数は世界一で、感染者数は相対的に少ない。医療ひっ迫が起きた原因は緊急事態への備えを怠ってきた医療政策の問題」と話す。

森田氏によれば、イギリスなどヨーロッパでは公立の医療機関が多く、政府が病院に直接コロナ患者に病床を空けるよう指示することができる。一方、日本の病院の8割は民間病院で、政府が直接指示を出せないばかりか、多くの病院の運営や情報管理は病院のトップに任されていて、政府が一元管理することができない。つまり、「民間部隊が競争しながら乱立している状態」で、司令塔である政府に受け入れ可能な病床がどこにあるか、医療資源にあとどれくらい余力があるのか、まったくわからない「ブラックボックス」の状態にあるという。

こうした中、間もなく期限を迎えるのが診療報酬の期間限定の引き上げだ。菅政権はコロナ特例として、今年4月から9月限定で診療報酬を引き上げた。その中には、歯科の初診料や再診料、入院、調剤、訪問看護なども含まれ、コロナと関係ない診療科でも、条件を満たせば初診、再診料を上げることができる。医師会はこの特例の10月以降の継続を画策してきたが、3日、田村大臣の相談を受けた麻生大臣はこれを言下に否定したという。

■“zero”からの再出発を

今の状況下でコロナの感染拡大に対応するため、ある程度歳出が膨らむのはしかたない。だが、コロナを理由にした補助金や診療報酬の引き上げで、病床のひっ迫や医療従事者不足が解消されなかったことは、一連の経緯が証明している。病床を捻出するよう国や自治体が医療機関に直接指示や命令をするしくみも大切だが、個々の病院に数床ずつ提供させることには限界もあるだろう。

医療政策について提言を続ける森田氏は、病床の活用に「機動性」をもつことが大事だと話す。機動性には2つあって、病床を自在に増やしたり減らしたりする「縦の機動性」と、隣接した自治体同士内で病床や医療従事者といった医療資源を融通しあう「横の機動性」があるという。

「縦の機動性」については、医師会などは大規模な臨時の医療施設を作るよう求めている。病院機能の再編で新たな病床を捻出することもできるはずだ。森田氏は今、大切なのは「横の機動性」だという。「都道府県をまたいで空き病床に患者を搬送することなどは法整備も必要なく、すぐにできるはず。必要なのは横の連携を可能にする『情報』です」と指摘する。

政府には、これまでブラックボックスだった個々の病院の情報を吸い上げるシステム作りを急ぎ、医療資源の適切な配置を実現してほしい。コロナ禍の克服と、その後の医療制度改革に向けた再出発が必要だ。「コロナだからできない」ではなく、「コロナだからこそ、今」なのである。