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【対談】小谷実可子が聞く井村雅代の指導法

2021年7月24日 15:01

東京五輪で2大会連続のメダル獲得を目指すアーティスティックスイミング日本代表。前身のシンクロナイズドスイミングが、初めて正式種目として採用されたのは1984年のロサンゼルス五輪です。井村雅代監督が指導した日本は、そのロサンゼルス五輪から2004年のアテネ五輪まで6大会連続でメダルを獲得。井村監督が退いた北京五輪でもメダルを手にしました。“シンクロ界の母”と呼ばれる井村監督と、当時の厳しさを知る小谷実可子さんが対談。井村監督の指導法の変化、“指導を通した選手への思い”に迫りました。

■「伝える方法が変わった」

1978年に28歳で日本代表のコーチに就任した井村監督。「練習以外顔も見たくないくらい怖かった」と語る選手がいるほど、とにかく厳しく、“鬼コーチ”と恐れられていました。しかし、井村監督の指導法は当時から変化していると言います。

小谷
「かつての井村先生を知る私にとってはですね」
井村
「私優しくなったでしょう」
小谷
「なりましたね。我慢しているんですか?」

井村
「我慢はしていなくて、彼女たちを成長させたい。それしかないです。実可ちゃんの頃と比べると、ものすごく根気よく説明している、丁寧に。頭ごなしに(怒る)教育は受けてない今の子ですから、理路整然と説明して自分の思いを伝える。伝える方法が変わったと思っている。今の選手に対応する方法だと思っています」

小谷
「こんなに謙虚な井村先生とお話することになるとは。10人やそれ以上で合宿、その中で選考していた時代もあったと思いますが、五輪に向けてギリギリのメンバーで戦っている理由は何ですか?」

井村
「今の選手たちの行動を見た時に、『あなたで行くから頑張れ』と言った方が伸びますね。私や実可ちゃんの時代では、あの子に勝とうとか思う。でも今の子は自分のことを見込んでくれたから頑張ろうと、その方が力を出してくれると思ったんです」

■「1年間という成長する時間が与えられた」

新型コロナウイルスの影響で史上初の1年延期となった東京五輪。他の国際大会なども中止となり、不安な気持ちを抱える選手が多かった中、井村監督は「成長した」と自信を持って話します。

小谷
「1年延期やコロナ禍で制限のある中での五輪になりますが、どんな風に声かけをしていますか?」

井村
「選手たちは落ち込んだり、迷ったりすることはなかったです。いろいろな人たちが心から応援してくださることを肌で感じているんですよ。だからずっとここまで暗くならずにやって来られた。本当に幸せだなと思う。4月に1年9か月ぶりに海外試合に出ました。行けるよと言ったら、選手たちが拍手しましたね。試合に出たかったんだと、その様子を見た時に今までと違うと思いました。その集大成が東京五輪ですから。私にとっても本当に楽しみな五輪です。だけど、(五輪を)経験したことがあるのは乾選手だけで、みんな経験したことがない。そうすると、どちらにいっているかというと甘いんですよ。だからメダルを取ることは難しいんだと、はっきり言っています」

小谷
「困難が続くと、出られるだけで幸せに感じてしまうと思うんですけど、勝負師だなと改めて感じました。2020年10月には『コロナ禍でも成長しています』とすごく自信を持っておっしゃっていた姿が印象的でした」

井村
「もっと成長していますよ。本当にうまくなった。だけど間違ってはダメなのが、『あなたたちだけじゃない。世界中の選手たちに1年間という成長する時間が与えられたんだよ』といつも言っています。世界中も成長していると思います」

■「人としてのあり方は一生の宝」

選手に合わせて伝え方を変化させてきた井村監督。その中でも変わらずに大切にしていることがあると言います。

小谷
「かつてから、人としての振る舞いもすごく指導をされていたと思いますが、今どんな指導をしていらっしゃいますか?」

井村
「人として当たり前のこと、感謝する心、思いやりの心ですね。ありがとうと思ったら伝えることが大事。思いを伝えなさいと言っています。人としてのあり方は一生の宝だと思っているんです。だから、実可ちゃんがスポーツ界のために凛として前に立ってやってくださっていると、『良かった』と思う。引退した選手が素晴らしい社会人になってくれることが何よりも誇り、コーチとしての楽しみの1つです」

■「これが東京五輪へ向かう道」

様々な制限がある中で迎える東京五輪。それでも井村監督は“これが東京五輪”だと語ります。

小谷
「大きな国際舞台は五輪が初めてという選手もいる中で、精神的タフさも必要だと思いますが、経験をカバーすべくどうしているのか教えてください」

井村
「世界中のアスリートの勝負勘が以前と比べたら欠けていると思います。それが東京五輪の特殊性。4月の海外遠征は、最初で最後の国際試合になると思って、『次は五輪のつもりで行きなさい。この経験を大切に外国のジャッジ、自分たちの感覚を大事にしなさいよ』と彼女たちに言いました。でも世界中の選手たちは経験値がないまま、本番に行くと思います。世界中の選手が、今までと違った五輪の迎え方をしていると思う。だから困難を乗り越えたと思っていない、これが東京五輪へ向かう道だと思っています」

▼「喜びや元気を伝えられる演技を」

監督自身も楽しみと語る東京五輪。待ちに待った大舞台への意気込みを伺いました。

小谷
「お話を聞いているだけで、本番の演技が楽しみですけど、井村先生から東京五輪への意気込みをお願いいたします」

井村
「1年延期された分、粛々と彼女たちが日々進化してきました。それを結集させて爆発して見せる時に入って来たと思う。やってきたことを余すことなく輝いて力を出す、そんな演技をしてくれると私は信じています。その演技はきっと画面を通じて力や、喜びや元気を伝えられると思います」

【スケジュール】
8月2日 デュエット予選フリールーティン
8月3日 デュエットテクニカルルーティン
8月4日 デュエット決勝フリールーティン
8月6日 チームテクニカルルーティン
8月7日 チームフリールーティン


写真:西村尚己/アフロスポーツ、写真:YUTAKA/アフロスポーツ