×

文大統領訪日せず「特別扱い」神経戦の内幕

2021年7月19日 20:38
文大統領訪日せず「特別扱い」神経戦の内幕

韓国・文在寅大統領の東京五輪開会式出席と、菅首相との初の日韓首脳会談は迷走の末、開会式4日前に見送りが発表された。発表に至るまでには、日本政府の「特別扱い」拒否、日本大使館幹部の不適切発言などがあり、日韓両政府の間で水面下の神経戦が繰り広げられていた。

■実は6月から水面下で打診…文在寅大統領の日本訪問

だいぶ前のことのように感じられるが、韓国政府が東京オリンピックにあわせた文在寅大統領の日本訪問を水面下で打診していたことが分かったのは、6月上旬のことだった。複数の日韓政府関係者への取材で、韓国側が日本訪問時に菅首相と文大統領との日韓首脳会談を希望していて、首脳会談の開催が難しい場合は、金富謙首相を派遣することも検討していることが分かったのだ。

当時、韓国政府関係者を取材すると「日本訪問の打診は事実だが、文大統領が来日したのに、菅首相が会談してくれないということはないか?大統領が恥をかかされる可能性は本当にないか?」としつこく質問されたことが印象的だった。

筆者は「五輪にあわせて、わざわざ大統領が日本に来るのに、日本政府がそんな無礼なことをするとは考えられない」と答えた。しかし、そもそも韓国側が考えていた「日韓首脳会談」とは「サブスタンス」、つまり外交的な中身を伴う本格的な会談で、筆者や日本政府が想定していた、五輪外交の一環としての儀礼的な会談ではなかったことが明らかになるのは、もう少し後のことだった。

■G7サミットで顔合わせるも 首脳会談実現せず…深まる溝

日韓首脳は、6月中旬にイギリスで開かれたG7サミット(=主要7か国首脳会議)の場で初めて対面し、短時間、あいさつを交わした。しかし、韓国側が期待していた日韓首脳会談は実現せず、サミット閉幕直後に菅首相が日本の記者団に対して、「慰安婦問題は国と国との約束でそうしたものが守られていない状況では、日韓首脳会談の環境にない」と発言。すると、韓国メディアが「略式の日韓首脳会談実施で暫定合意していたのに、日本側が一方的に取り消した」と報道するなど、日韓関係は緊張状態に。文大統領の東京五輪にあわせた訪日は遠のいたかに見えた。

■日本政府「来れば丁寧に対応」ただし首脳会談は儀礼的

その後、7月に入り東京オリンピックが近づいて来ると、再び韓国政府が、文在寅大統領の日本訪問を検討する動きが出始める。日本政府は、東京五輪にあわせた文在寅大統領の日本訪問について、「来れば丁寧に対応する」、つまり、各国首脳との間で五輪外交として実施される多くのマラソン首脳会談の一つとして、短時間・儀礼的な形であれば日韓首脳会談に応じるとの姿勢だった。

■マクロン大統領並みを要求 ハードルを上げる韓国側

これに対して韓国側は、大統領府の関係者が「オリンピック開会式への参加は、首脳会談と成果が予見できるなら検討できる」、「首脳会談が開催されるなら成果がなければならず、日本側の態度が重要」などと発言。複数の日本政府関係者によると、韓国側は輸出管理の問題で日本側の譲歩を要求したほか、オリンピックの次期開催国として来日するフランス・マクロン大統領並みの長時間会談や、菅首相との会食を要求してきたという。ある関係者は、「“言いたい放題”の状態で、次々とハードルを上げていった」と話した。

■日本側は「特別扱い」を拒否

こうした要求に対して、日本政府は韓国側が求める長時間会談や「特別扱い」を拒否。成果のある首脳会談を実現したいのなら、まず、韓国側が慰安婦問題や、いわゆる徴用工訴訟について、日本側が受け入れられる解決策を示すべきだとの姿勢を取った。

■最終局面で起きた 日本大使館幹部の不適切発言

こうした中、文大統領訪日に向けた調整の最終局面で、日本大使館の相馬総括公使が、韓国メディアとの非公式の懇談の場で、文政権の外交姿勢について性的な表現を使って揶揄していたことが発覚。韓国側はこの問題と文大統領の訪日をリンクさせ、総括公使の処分が、大統領訪日の前提条件になるかのような態度を取った。しかし、日本側は不適切発言はあくまで別問題だとして譲歩を拒否。最終的に韓国側は、大統領の訪日見送りを発表することになった。

■神経戦の果ての訪日見送り「日韓関係はダメだろう」

本来であれば、最悪と言われる日韓関係の改善につなげたかった五輪外交の場。しかし、日韓の神経戦の果てに待っていたのは、五輪直前になっての文大統領訪日見送りという、溝の深さが際立つ結末だった。韓国側の訪日見送り発表直後、ある外務省幹部は「韓国側が懸案について、解決策を示すという外交的決断ができなかったことが全てだ。これでしばらく日韓関係は動かないし、ダメだろう」と淡々と語った。

日本テレビ外務省担当・前野全範