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乗り心地の良いマグロ漁船で担い手不足解消

2021年6月25日 20:25
乗り心地の良いマグロ漁船で担い手不足解消

■暮らしやすく、働きやすい船

「マグロ漁船」と聞いて、「過酷な環境」という印象をもつ人は少なくないかもしれない。そんなイメージを一新するようなマグロ漁船が誕生した。

遠洋マグロ漁業を行う、宮城県気仙沼市に本社を構える臼福本店。この会社が2020年に運航を開始した「第一昭福丸」は、革新的なマグロ漁船として注目されている。

コンセプトは「人が集まる魅力ある漁船」リラクセーション効果のあるエアアロマを船内に設置し、内装・外装は東京とミラノに拠点を持つデザイン会社「nendo」のデザイナーが手掛けた。外装デザインは同社の屋号をモチーフにし、塗装は白地に赤と黒の幾何学的な模様を施した。居住区は木目調の壁を貼り、ぬくもりある船内となっている。

また、目玉はインターネット環境を整備したことだという。これにより、洋上でも携帯電話での通話やインターネット動画の視聴を可能にしたという。さらに、SNSなどを通じて船の上から情報を発信することで、一般の人に漁業を知ってもらう機会を作りたいという狙いがある。

臼福本店5代目代表を務める臼井壯太朗さん(49)は「暮らしやすく、働きやすい船を目指した」という。

「何ヶ月も海の上で過ごす船員にとって、船は職場であり家でもあります。危険を伴う仕事の中で安全に操業できることに加えて、陸上に近い生活環境を整えることは、とても大事だと考えています。船員から『インターネットのおかげで、船の上でも家族との距離が近く、子どもの成長を見られる』と言われたのはうれしかったですね」

デザインや生活環境へのこだわりだけでなく、環境負荷を配慮した省エネ化や、乗組員の負担を軽減するため作業工程の見直しも意識したという。漁船の船員不足は深刻な社会問題といわれる中、デザインで解決を試みようとすることが評価され、毎年日本で建造された話題の船舶の中から技術的・芸術的・社会的に優れた船を選考して与えられるシップ・オブ・ザ・イヤー2020や、2020年のグッドデザイン賞を受賞している。

■第一次産業は地域の基幹産業

第一昭福丸が造られた背景には「なんとかして、次の世代に漁業を引き継ぎたい」という臼井さんの切実な思いがある。臼福本店の行う遠洋マグロはえ縄漁業は、日本の消費者に安定的にマグロを供給する役割を担ってきた。しかし、年々衰退しており、50年前には1000隻程あった日本の遠洋マグロはえ縄漁船は、現在は200隻程度に減少している。

担い手不足も深刻化。約10か月間の重労働を伴った洋上での生活を送ることは、乗組員の心身への負担が大きい。負担を少しでも軽減しつつ、若手が憧れをもつような漁船を目指したという。

「第一次産業は地方の基幹産業ですが、若者の就業者が減少し、産業の成長が難しい状況になりつつあります。遠洋マグロはえ縄業界も後継者不足が深刻で、過酷な環境で働いている乗組員のために何ができるかということを考えました」

遠洋マグロはえ縄漁業が衰退することは、地域経済への影響も大きいと臼井さんは話す。

「私たちの遠洋はえ縄マグロ漁船の水揚げは静岡と神奈川の港で行っています。しかし、船の整備をしたり食料を積んだりするのは気仙沼です。その経済が回らなくなると、港町としての機能が失われることも懸念されます」

地域の基幹産業である漁業を次世代につなぐ。そのため、臼井さんは他にも様々な取り組みを行っている。例えば、地元気仙沼の給食で地元の魚を食べられるようにする「気仙沼の魚を学校給食に普及させる会」を立ち上げたり、気仙沼の漁師と一緒に東京の学校で漁業や魚のことを伝える授業を行ったりしている。

「魚のおいしさを伝えたり、第一次産業の大切さを伝えたいと思っています」

■変化しながら次世代に引き継ぐ

臼福本店は2020年8月、タイセイヨウクロマグロ漁業で世界初のMSC認証を取得した。MSC認証とは「海のエコラベル」とも呼ばれ、水産資源や海洋環境に配慮し、適切に管理された持続可能な漁業に対する認証制度だ。

MSC認証を取得するには厳格な管理が求められることもあり、日本で取得している漁業者は少ない。この認証を取った理由の一つが「自身の襟を正すため」と臼井さんはいう。

「日本の漁業を次世代につなげるためには、漁業者だけでなく、国の制度も変える必要があると考えています。例えば、違法漁業で取られた魚が市場に流通できてしまう仕組みや、船の免許が取りづらいシステム、諸外国と比べて船の整備基準が厳しくコストがかさむ構造など、行政にアプローチして変えたほうがいいと感じる課題もあります。

そういった提言を行う際に、まずは自分たちが持続可能な漁業をしていることが大事だと思いました。厳格な基準のMSC認証を取るほどのことしっかりとやっているからこそ、言えることがあると考えています」

日本の水産業界に変化の兆しも見えている。漁業法が約70年ぶりに改正され、2020年12月に施行。水産資源の管理を強化する方針などが打ち出された。同月にはまた、「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律」が公布。密漁などによる違法な漁獲物の流通を防ぐために、取引記録の作成などが義務づけられる。

臼井さんも、漁業を次世代に引き継ぐために「時代に合わせて変化することが重要だ」と話す。

「第一次産業という歴史のあるものを、今の時代に合わせた形に変化しながら次の世代に引き継ぐことが、私たちの役割だと考えています。資源管理や漁業のことだけでなく、食育だったり、働く環境だったり、そういうものも全てを含んで、次世代に残す。そのために様々な課題に取り組んでいます。そして、魚だけでなく、人の生活や暮らしを持続可能にしていきたいです」


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この記事は、日テレのキャンペーン「Good For the Planet」の一環で取材しました。

■「Good For the Planet」とは

SDGsの17項目を中心に、「地球にいいこと」を発見・発信していく日本テレビのキャンペーンです。
今年のテーマは「#今からスイッチ」。
地上波放送では2021年5月31日から6月6日、日テレ系の40番組以上が参加しました。
これにあわせて、日本テレビ報道局は様々な「地球にいいこと」や実践者を取材し、6月末まで記事を発信していきます。