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音だけのゲームセンター 企画者の狙い

2021年6月18日 16:22
音だけのゲームセンター 企画者の狙い

音だけで楽しめるゲームを体験できる場「Audio Game Center +」が、期間限定で東京・銀座にオープンする。企画するキュレーターの田中みゆきさん(40)が、様々な企画を通じて“社会の捉え方を見直す機会”を提供する狙いとは。

■社会のバランスを見直す

障がいがある人の視点で社会を捉え直すことに価値を見出し、ユニークなプロジェクトを企画する田中みゆきさん。義足の可能性を見せるパフォーマンス「義足のファッションショー」や、音声ガイドを用いてダンスを楽しむ「音で観るダンスのワークインプログレス」など、これまで数々の話題を生み出してきた。

最近は「オーディオゲームセンター」という企画の準備に勤しんでいる。

これは、2016年から始めた、音だけで楽しめるゲームを作るプロジェクトだ。2021年6月末から、東京・銀座に3種類のゲームを体験できる場「Audio Game Center +」がオープンする。今回の企画では、田中さんが以前よりやりたかった「物理的な空間の中で音を探索してストーリーを進める新作ホラーゲーム」をソニーとのコラボレーションで発表する。

ゲームの世界は、障がいが“一つの条件”にしかならないことが魅力だという。

「ゲームはゴールが明確です。そのゴールに対して、見えないからできない、見えるからできるということではなくなります。例えば、私は目が見えますがゲームは下手です。ゴールを設定することで、障がいの有無にかかわらず、できること・できないことが単に一つの条件になることがゲームの可能性だと思います」

ゲームも表現と同じで、障がいがある人の視点に気づくためのツール。田中さんは、同じものに対して違う視点を持つことが、多様な人と生きる意味でもあり、この複雑な社会を楽しむ醍醐味であるという。また、生きやすい社会を作るヒントにもなると考えている。

「健常者がマジョリティの今の社会は、みんなが見える・聞こえることを前提に、視覚情報への比重が大きすぎるように感じます。たぶん、視覚が本当に必要なところと、聴覚が必要なところがあるはずで。バランスが乱れた結果、町に出ると疲れてしまったり、生きづらかったりと、行き詰まっているのが今の社会。これまで見過ごされてきた、障がいのある人の感覚や存在を見直す。そして、一緒にいられる空間・環境を作ることは、障がいのある人のためだけではなく、お互いにとって得られるものがあると思います」

■義足は未来を生きる人の感覚

田中さんの職業は、もともとは展覧会を企画するキュレーター。だが、これまで既存の美術品を展示する仕事はほとんどしたことがないという。毎回テーマに沿って新しく作品から作るタイプの展覧会を行ってきた。自身の仕事を「日常の中に新しい気づきを与えることだ」と定義する。

「既に価値が定まった作品に興味はなくて、“社会”に関心があります。人がどう振る舞うかや、“日常”こそが一番面白いと思います。でも、普段の生活では、その面白さになかなか気づけない。そこで、展覧会という、ある程度環境をコントロールできる空間で、その感覚を体感してもらっています。展示室を出た後に、社会の見方が変わるようなことを追い求め、この仕事に取り組んでいます」

そもそも、田中さんは芸術や表現に興味があったわけではない。ジャーナリズムの世界に惹かれていた。幼い頃より『広告批評』を愛読し、アメリカ留学でジャーナリズムを学んだ。そこで、グラフィックデザインやフォトジャーナリズムと出会い、表現の世界に足を踏み入れたという。一度は広告会社に就職したものの「企業のマーケティングではなく、社会の見方を変えることがしたい」と気づき、キュレーターに転身した。

障がいの面白さを知ったのも展覧会の仕事を始めてから。「骨」展という、物事の構造=骨から考える展覧会を担当したときに、“未来の骨”というテーマで義足を扱ったことがきっかけだ。

「このまま身体を使う機会が減ると人間の骨や筋肉は弱くなり、身体を代替する機械みたいなものを使う生活が訪れると考えていて。展覧会ディレクターだった山中俊治さんと企画する中で、義足について教えてもらいました。福祉という文脈ではなく、義足を付けて生活する人は、私たちのむかう未来を少し先取りしている人たちだと思っています。

『骨』展では、義足のアスリートに走ってもらったり、トークイベントに出てもらったりしました。すると、みんな自分の足をカスタマイズしたり、付け替えるために複数持っているんですよね。用途に応じて取り替えられる足って衝撃でした。近い将来ではないのかもしれませんが、この先人間の体が弱くなると義足を彼らのように使う未来がくると思いました」

さらに、障がいがある人が「制限の中で発揮するクリエイティビティ」が面白いと、田中さんは語る。

「例えば、目が見えない人の『音声読み上げ機能の使いこなし方』は、読み上げ速度が、私たちが文字を読む何倍なのかと驚くほど速いんですよ。その速さで聞き取れたら、本やデータを読む時間が短縮できると思います。障がいの話はできないことばかりフォーカスされますが、制限のある状況で情報や体験をどうにか得ようとする知恵がすごくて。ないならないで知恵によって乗り越えようとする人間の創造性や逞しさを感じるところも私が好きなところですね」

■閉ざされた空間から、もっと日常に

表現の世界で、様々な“視点”の提供をしてきた田中さん。これからは、より日常の中で、いつもと違った視点に気づける瞬間を作りたいといいます。

「表現の世界は、環境をある程度コントロールできますが、その領域での評価に閉ざされてしまいがちです。今度開催する「Audio Game Center +」のように、一般に開かれた場所で、新しい視点を体感できる場を出没させられると、日常と地続きの体験にできると考えています。そういう機会をもっと増やしたい。表現の世界から、もっと外に出ていかなければと思っています」

最近では進めてきた企画が別の場所から依頼を受けて発展したり、大阪万博など社会全体の未来を考える企画に誘われることも増えている。その中で、いかにして障がいのある人の感性や視点を取り入れる必要性を認識してもらえるかに挑戦する。

「マジョリティの中で、マイノリティの存在や価値観を“普通”のものとして浸透させていけるかは、すごく大事だと思っています。障がいという言葉は一言も使わずに、障がいのある人の視点を取りこぼさないようにするというか。気づかれていなかった視点を、社会に忍び込ませたいと思っています」

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この記事は、日テレのキャンペーン「Good For the Planet」の一環で取材しました。

■「Good For the Planet」とは

SDGsの17項目を中心に、「地球にいいこと」を発見・発信していく日本テレビのキャンペーンです。
今年のテーマは「#今からスイッチ」。
地上波放送では2021年5月31日から6月6日、日テレ系の40番組以上が参加しました。
これにあわせて、日本テレビ報道局は様々な「地球にいいこと」や実践者を取材し、6月末まで記事を発信していきます。