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G7サミット…対中“ワクチン外交”舞台裏

2021年6月12日 10:05
G7サミット…対中“ワクチン外交”舞台裏

英国・南西部のリゾート地、コーンウォールで始まったG7サミット。首脳らが身を寄せ合い、マスクなしで語り合う姿は、コロナ禍からの着実な回復を感じさせる。G7は、ワクチン10億回分を途上国などに供与する見通しとなった。

一方で開幕直前、中国はG7を念頭に「偽物の多国間主義」と強くけん制した。その中国は世界を舞台に「ワクチン外交」を展開する。中国製ワクチンを武器に、供給不足に悩む途上国に「台湾との断交」を迫る政治取引、圧力の実態も明らかになった。これにアメリカ・バイデン政権は猛烈な巻き返しを図っている。

いったい何が起きているのか。舞台裏を探った。

(ワシントン支局長・矢岡亮一郎)

■2年ぶり対面サミット直前…中国が「偽物の多国間主義」

サミット初日の晩さん会。95歳のエリザベス女王はじめロイヤルファミリー、初参加のバイデン大統領、菅首相、議長役のジョンソン首相…首脳らはマスクなしで2年ぶりの対面サミット開催を祝った。

この直前、バイデン大統領に同行しているブリンケン国務長官は、中国の外交トップ・楊潔チ(チ=タケかんむりの下、まだれに虎)政治局員と電話で向き合った。激しいやりとりを見せた3月のアラスカ会談以来の対話。楊氏は、G7サミットを念頭に「偽物の多国間主義」と強くけん制した。武漢ウイルス研究所からのウイルス流出説にも「荒唐無稽なストーリー」だと反発した。一方でブリンケン長官は、ウイルスの起源の解明には透明性が重要だとして、WHO(=世界保健機関)の追加調査の受け入れを迫った。米中の対立は一層激しさを増している。

■「台湾と断交を」中国“ワクチン外交”圧力の実態は

中国が東欧・アフリカ・中南米など世界各地で展開している「ワクチン外交」。この攻勢に今月3日、バイデン政権が待ったをかけた。ホワイトハウスの新型コロナウイルス対策チームの定例ウェブ会見。ここに国家安全保障を担当するサリバン大統領補佐官が姿を見せた。発表されたのは、すでに国外供与を表明していたワクチン8千万回分のうち2500万回分の供与先。サリバン氏は、中南米・アジア・アフリカなどの具体的な国名を読み上げた。

ホワイトハウスの外交の司令塔、国家安全保障担当のサリバン補佐官が、わざわざ医療チームの会見に出てきたことにはそれなりの意味がある。供与先で目を引いたのは、感染の急拡大に苦しむ台湾。そして、中国が「ワクチン外交」でとりわけ攻勢を強める「アメリカの裏庭」中南米の国々だった。中でもリストに入ったエルサルバドルは18年に台湾と断交し、中国シフトを強めている。このほかリスト入りしたのは、グアテマラ、ホンジュラス、パラグアイ。いずれもワクチン不足に陥る中、中国から台湾との断交を迫られているという。

■ワクチンの箱に“中国国旗”5Gで政治取引も

中南米に詳しいCSIS(戦略国際問題研究所)のエバン・エリス氏は「中国はワクチンの箱に五星紅旗(中国国旗)を付けて早い段階から送るなどして『しっかり支援している印象』を中南米に植え付けることに成功した」と話す。一方で「台湾だけでなく、5Gの問題などで政治取引を持ちかけている」「台湾と外交関係があるすべての国が圧力を受けている」という。

一方、アメリカのサリバン補佐官は先のウェブ会見で、ワクチン供与国に「アメリカは何も求めないし、条件もつけない」とわざわざ言及した。この発言こそバイデン政権が中国のワクチン外交に対抗しようとしている証左にほかならない。あるワシントンの外交筋は「事実上のワクチン外交だ」と指摘した。バイデン政権の「ワクチン外交」はこれに留まらない。

■“次期大統領候補”ハリス氏も初外遊で「ワクチン外交」

バイデン大統領の“懐刀”サリバン補佐官の「供与国発表」の翌週。バイデン氏の“名代”ハリス副大統領は、中国の「ワクチン外交」最前線・中米グアテマラにいた。次期大統領の呼び声も高いハリス氏にとって、就任後初の外国訪問。外交経験不足が指摘されるハリス氏にとって失敗のできない大舞台で、ワクチン50万回分の供与、コロナ対策で2600万ドル(約28億4000万円)の支援も表明した。

■真打ち登場「ワクチン5億回分・約100か国へ」表明

さらに2日後の今月9日。こちらも初外遊としてヨーロッパ訪問に出発したバイデン大統領。イギリスに向かう最中に驚きの報道が駆け巡った。「バイデン政権がワクチン5億回分を約100か国に供与、ファイザーと合意」。これまでの8千万回分とはケタ違いの数字だった。

バイデン政権は「唯一の競争相手」と位置づける中国との覇権争いを「民主主義対専制主義」の構図で捉えている。民主主義の価値観でつながるG7・NATO諸国との首脳会議の直前に、中国のワクチン外交に対抗する一手を打つ。バイデン政権の周到な「対中戦略の一環」とみて間違いない。

この前日、アメリカ議会上院は、中国との競争に打ち勝つための「米国イノベーション競争法案」を超党派で可決している。27兆円もの国家予算を投じて、経済・軍事だけでなく、北京五輪の外交的ボイコット、台湾への関与強化、ウイルスの起源の調査などを求める「全部盛り」の中国対抗法案。空前の規模が、アメリカの極めて厳しい姿勢を示している。

■バイデン氏「歴史の分岐点」民主主義VS専制主義は

ワクチン5億回分供与の報道が駆け巡る中、英国に降り立ったバイデン大統領は、すぐさま演説した。「我々は歴史の分岐点にいる」「専制主義が21世紀の課題に対応できる、という考えは間違いだ」。穏やかな好々爺(や)の表情とは裏腹に中国に向け、牙をむいてみせた。

さらに翌日。サミット会場近くの海を臨む庭園にバイデン大統領は、米ワクチンメーカー・ファイザーのブーラCEOを従えて演説した。「私の指示だ」とあえて強調しつつ、ワクチン5億回分の約100か国への供与を正式発表。サミットを前に、自身の強いリーダーシップと「アメリカの底力」を誇示した。これに呼応するように、議長役の英・ジョンソン首相は、G7として10億回分のワクチン供与をすぐさま打ち出した。日本も3千万回分の供与を表明。台湾にはすでに届けた。「ワクチン外交」巻き返しの流れは整いつつある。

■「ワクチン外交」今後のポイントは?米政府関係者不安拭えず

ワシントンのシンクタンクAEIのザック・クーパー氏は、今後のポイントは「供与のタイミング」だと指摘する。「中国との間で揺れる国々にとって、効果が明確な欧米のワクチンはより魅力的だ」「ただ、実際の供与に時間がかかるようなら中国の影響力は残り続ける」と分析している。ある米政府関係者は「ワクチン外交」の行く末をこう危惧する。「先行した中国のアドバンテージは大きい」「アメリカがこれをひっくり返せるかは分からない」と。


写真:マスクなし“ひじタッチ”で出迎える英・ジョンソン首相夫妻(AP)