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「世界中のスラム街なくす」長坂さんの軌跡

2021年6月3日 18:54
「世界中のスラム街なくす」長坂さんの軌跡

「先進国が貧困国に恵んであげる。その発想がおかしいと思うんです」アフリカ・ガーナのスラム街・アグボグブロシーに投棄された電子機器のゴミで作品を創るアーティスト・長坂真護さん(36)の言葉だ。長坂さんが利他の精神で活動する背景とは。

■サステナブル・キャピタリズムで苦しむ人々を救う

遠く離れたガーナの地で、アートの力を使って、新しい資本主義の概念を打ち出している日本人がいる。

「一般的に行われている経済活動やボランティアは、社会貢献・文化・経済のうち、どれか1つを犠牲にしていると思うんです。たとえば高額なアートの取引は、環境には貢献できてない。一方で海岸のゴミ拾いのボランティアは、富を生み出していません。僕はこの3軸すべてを満たす、『サステナブル・キャピタリズム(持続可能な資本主義)』を構想しました」

サステナブル・キャピタリズムの舞台となったのは、ガーナのスラム街・アグボグブロシー。“世界の電子機器の墓場”と呼ばれるその地には、日本を含め、先進国から投棄された大量のゴミが集まっている。人々は投棄物処理のために電子機器を燃やし、わずかな収入を得て生活している。大量の排ガスを吸って、命を削りながら。

この光景に衝撃を受けた長坂さんが始めたのが、現地のゴミを用いたアート制作だ。アートを売れば売れるほど、環境が良くなる。さらには雇用も生まれる。社会貢献・文化・経済すべてを満たす仕組みだ。

サステナブル・キャピタリズムに基づく長坂さんの取り組みは高く評価され、アート作品は高値で取引されるようになった。翌年には、売上をもとに現地に完全無料の学校や美術館を設立。現在はリサイクル工場を建設するプロジェクトも進んでいる。長坂さん自身も驚くほどのスピードで、事業は急拡大している。

■サステナブルな考え方に衝撃を受け、人生を転換

もともとはファッションの仕事がしたいと専門学校へ進学し、ホストとして稼いだ資金をもとにアパレルブランドを設立した長坂さん。しかしすぐに倒産し、24歳で路上の絵描きになった。

アーティストとして、日本ではそれなりに仕事を得られた。メディアのアートディレクターに任命されることもあった。だが、未熟な自分の絵が評価されることに違和感を覚えたという。

「日本にいた頃は、立ち回りがうまいから仕事をもらえました。そのことに納得できなくて、自分の実力を試そうと渡米を決意しました」

しかし、海外では全く相手にされなかったという。絵を見てすらもらえなかった。連戦連敗の中、唯一長坂さんを評価したのが、上海の画廊だった。海外ではじめての個展。自分に与えられたせっかくのチャンスをものにしようと必死に準備を進めた。

だが、開催前日の2015年11月13日、世界を震撼させる出来事が起こった。パリの同時多発テロ事件だ。

「行かなきゃいけないと思い立ち、すぐに惨劇の舞台に足を運びました。絶望を感じたと同時に、自分の生ぬるさを痛感しました。アートで平和を訴えても、人は死んでしまうのだと」

無力感に打ちのめされながら、パリでしばらく過ごした長坂さん。サステナブルという概念を知ったのはその時だった。

「フランスの友人から、サステナブルカンパニーを経営しているアメリカ人を紹介されたんでです。彼女からオーガニック化粧品を販売していると聞いて、僕は『肌によさそうだね』と返しました。すると彼女は『何を言っているんだ』というんです。『我々が商品を売れば売るほど、地球上に有機農園が増える。農薬汚染された土地が減るんだよ』と。この言葉を聞いた瞬間、頭を殴られたような衝撃が走りました。自分のためだけではないビジネスがあるのだ、恵むだけでない社会貢献があるのだと知ったんです」

この考えを世界に広めたい。そう決意した長坂さんは帰国後、知り合いの経営者にサステナビリティについて熱弁した。だが周囲の目は冷たく、誰も理解を示してくれなかった。当時の日本ではサステナビリティの概念はほとんど浸透していなかったという。

サステナブルの考えをもとに何かしたいと思いつつも、何も起こせないまま路上の絵描きを続けた長坂さん。金銭的にも苦しい生活が続いた。いつしか生きがいも見出せなくなっていたという。

「一時期はITに注目して、IoT関連のサイトを作ったこともありました。でも、楽しいと思えなくて。日本で大きな仕事を受けたときも、家族は大喜びしてくれるものの、喜べませんでした。その時分かったんです。自分のために努力して、自分を可愛がることに飽き飽きしていることに」

あるとき長坂さんは、世界17か国を旅したものの、貧困国にまだ足を踏み入れていないことに気づいたという。31歳で定職もなければ、守るものもない。これからは利他の精神で生きてみよう。そんな決意を胸に、ガーナへの飛行機チケットを買った。そこから長坂さんの人生は大きく動き始めたのだ。

■世界中のスラム街をなくす

つい最近まで長坂さんは、2030年までに100億円超を集めてリサイクル工場を設立すること目標に掲げてきた。だが最近、方向を見直したという。

「継ぎ接ぎでもいいから、小さな工場を建設し、徐々に大きくしようと考えたんです。小さくても早期に作れば、雇用だって生まれますから」

そのリサイクル工場で生まれるプロダクトについても、すでに明確なビジョンがある。

「周囲の協力のもと、『ミリーちゃん』というアニメを制作しています。グッズはアグボグブロシーにあるゴミを用いて作ります。すなわち、ものを買えば買うほど地球がきれいになる仕組みなんです」

長坂さんが見ている世界は、アグボグブロシーだけではない。すでに世界に4店舗のギャラリーを展開し、新たな一歩を踏み出そうとしている。

「これまでも僕が活動をすればするほど、いい人たちが集まって、僕一人ではできなかったことを実現できました。今後も工場の建設やアニメの制作で、もっと注目を浴びるでしょう。そうなれば優秀な人材が集まるうえに、投資家も僕にお金を預けてくれると思うんです。規模が大きくなれば、アグボグブロシーでは10年かかったプロジェクトが、次のスラム街で2年でできるようになる。世界中のスラム街をなくすために、動き続けていきたいですね」


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この記事は、日テレのキャンペーン「Good For the Planet」の一環で取材しました。

■「Good For the Planet」とは

SDGsの17項目を中心に、「地球にいいこと」を発見・発信していく日本テレビのキャンペーンです。
今年のテーマは「#今からスイッチ」。
地上波放送では2021年5月31日から6月6日、日テレ系の40番組以上が参加する予定です。
これにあわせて、日本テレビ報道局は様々な「地球にいいこと」や実践者を取材し、6月末まで記事を発信していきます。