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“水をあげない”農業で耕作放棄地を活用

2021年5月17日 17:53
“水をあげない”農業で耕作放棄地を活用

福島県喜多方市で、“水をあげない農業”が行われている。山奥の豪雪地域の耕作放棄地活用や、中央アジアなど乾燥地域での環境負荷低減が期待される「無潅水栽培」に30年以上取り組む農家・小川さんに話を聞いた。

■地下水を使わずに育てるハウス野菜

福島県喜多方市にあるチャルジョウ農場では、ミニトマトやメロンなど果菜類の作物をハウス栽培している。この農場を運営する小川光さん(72)は、この地で30年以上、無農薬、無化学肥料栽培を行っているという。最大の特徴は、この土地にあわせた「無潅水栽培」を行っていることだ。

一般的なハウス栽培では、川や地下から水を汲み上げて作物を育てるが、無潅水栽培では、人工的な潅水(水やり)を行わずに、自然の雨水のみでハウス野菜を育てる。小川さんによると、豪雪地域で、水源が潤沢ではないエリアに適した栽培方法だという。

水やりをせずに作物を育てるために、水分を含んだ落ち葉を活用する。3月の雪解けの時期、冬の間に雪の下で水分を吸った落ち葉を、米ぬかと混ぜて発酵。それを、畝の真下にほった穴(溝)に入れて、蒸発を防ぐために上から土でフタをする。4月下旬から5月中旬に苗を植えつけ、夏に収穫のピークを迎えて、11月上旬にはハウスをたたむ。

株同士の間を広く取り、大きく育つようにしていることもポイントだ。トマトやきゅうりなどで多くの人が取り入れている栽培方法「一本仕立て」では、不要な芽を取り除いたり、枝を切ったりする「整枝」を行い、大きく育ちすぎないよう抑えている。一方、無潅水栽培では一株を大きくするため、出てくる枝は全部伸ばすという。その分、根も大きくなるので、土の中の水分の吸収効率が上がり、限られた水分でも作物を育てることができるという。

また、この栽培に適した品種を使っている。例えばメロンは、雨が多い日本に適した在来種のウリと、乾燥に強いトルクメニスタンのものを交配させた独自の品種を使っている。さらに、無農薬で栽培するために、ハウス周りの除草は、作物と水分を奪い合うようなものだけにとどめ、根の中に水分を蓄えている雑草はあえて残す。この除草方法によって、大雨時に土が流されるのを防いだり、益虫や自然に交配してくれるハチを呼び寄せたりすることができるという。

■耕作放棄地を活用して過疎化を防ぐ

小川さんは、東京大学農学部を卒業後、福島県庁職員となり、県内各地の園芸試験場や普及所で農業の普及や改良に取り組んできた。自身でも畑を借りて農作物を育てる中で、水源がない山奥の畑に適した農法として、無潅水栽培にたどり着いたという。無潅水栽培は、耕作放棄地を蘇らせ、過疎地域に人を呼び込む可能性がある。

「小規模農家が生計を立てていくために、果菜類のハウス栽培は重要な手段になります。葉物野菜などとは違い、果菜類は次々と実をならせるため収穫時期が長く、農地面積が小さくても効率がよいものです。しかし、トマトやメロンなどの果菜類は、雨が直接当たるのがよくなかったり、山奥では獣害被害にあいやすかったりと、露地での栽培が難しい。多くの農家がハウスで栽培しています。山奥の豪雪地域という農業の条件が不利な地域でも、条件が合えば、無潅水栽培でハウス栽培が可能になります」

チャルジョウ農場では研修生を受け入れ、この農法を教えてきた。これまでに学んだ研修生は100名以上にのぼるという。農業が難しいと思われてきた耕作放棄地が活用され、収益を得られるようになれば「山村地域の過疎化も防げるのではないか」と小川さんは話す。

また、無潅水栽培は、通常のハウス栽培に比べて環境負荷も小さいという。川や地下水の過剰な汲み上げは、土地の乾燥や塩類集積という環境問題につながっている。小川さんは、トルクメニスタンやカザフスタンなど乾燥地帯での農業試験を行ってきた経験の中で、環境問題を目の当たりにした。

「中央アジアには、アラル海という大きな湖があります。2つの河が注いで湖を作っていましたが、そのうち片方の流域で、農業によって水を多用した結果、河が枯れてしまっていました。過疎化や耕作放棄を防ぐことを目的とした無潅水農業でしたが、世界の環境問題解決にも役立つかもしれないと考えています」

■地域資源を活用した農業を

無潅水農業は、あくまでも栽培方法の一つで、必ずしも全ての地域に適しているわけではない。小川さんによると、雪があまり積もらない地域では冬の間に落ち葉に水分がたまらない可能性が高いという。大切なのは、その地域の特性を生かして、しっかりと稼げる農業をつくることだ。

「日本は、中央アジアのような乾燥地域と比べて、農業に恵まれた気象条件があるにもかかわらず、耕作放棄地が増えて、過疎化が進んでいます。豊かな自然がある山間地で生活する人が、農業で稼ぐという選択肢を持てたらいいですね。無潅水農業はこの土地にあった一つの農法ですが、それぞれの地域ごとにあった農法で適した品種を作れば、稼げる農業が実現できると考えています」

また、世の中でサステナビリティへの関心が高まる中、地域の特性に合わせた農業が評価されてきているという。

「いま、SDGsなども普及して、一般生活者の価値観は変化していると感じます。例えば、同じ高級メロンがお店に並んだときに、環境負荷が高い農法で作られたものより、その土地に適した自然な農法で作られたものに価値を見出す人もいます。そんな社会の変化に合わせて、価値あるものを届けていきたいです」

無潅水農業は「水をあげない」というユニークな手法で、それ自体が参考になるかもしれない。だがそれ以上に、それぞれの地域に適した取り組みとはなにか、発想するためのヒントが詰まっている。

※写真はチャルジョウ農場で作られているトマト


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この記事は、日テレのキャンペーン「Good For the Planet」の一環で取材しました。

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