×

心を寄せ続ける…日系移民と皇室との交流

2021年5月17日 13:51
心を寄せ続ける…日系移民と皇室との交流

ひとつの瞬間から知られざる皇室の実像に迫る「皇室 a Moment」。今回は、日系移民と皇室のかかわりについて、長年、皇室取材に携わってきた日本テレビ客員解説委員の井上茂男さんとともに振り返ります。


――井上さんこちらはどのような場面でしょうか。

2008(平成20)年6月、皇太子時代の天皇陛下がブラジル・サンパウロを訪問されたときのワンシーンです。感極まった様子で陛下と握手をしているのは、ブラジルに移住した女性です。この年は、最初の移民がブラジルに渡って100周年の「日本ブラジル交流年」でした。陛下は、この日、サンパウロの日本人街にある「ブラジル日本移民史料館」を訪問されました。私も、同行して取材していましたが、大変な熱気、大変な歓迎でした。ブラジルに限らず、皇室は、海外に移住した日本人やその子孫の日系人に心を寄せ、折に触れて交流してきました。


――きょうは、日系移民と皇室の交流にスポットを当てて、井上さんにお話しを伺っていきます。

2008年の「日本ブラジル交流年」は、皇太子時代の天皇陛下が日本側の名誉総裁を務められ、日本とブラジルで様々な行事が行われました。4月28日には神戸で陛下を迎えて移民100周年の式典が行われました。なぜ神戸かといいますと、

1908年、約780人の移民を乗せてブラジルへ向かった最初の船、「笠戸丸」といいますけれども、その出発地が神戸港だったんです。神戸港では、100年前に笠戸丸が出港した時刻にあわせて、港にいる船が一斉に汽笛を鳴らして当時をしのびました。

笠戸丸は52日かけて6月18日にブラジルのサントスという港に到着しました。その日を記念する式典が各地で順に行われ、陛下は、ブラジリアやサンパウロなど8都市を訪ねて日系の人たちと交流されました。


――ブラジルの移民との交流は、いつ頃から始まったのでしょうか?

上皇ご夫妻がブラジルを初めて訪問されたのは、昭和天皇の名代としての1967(昭和42)年でした。この時、移民の開拓村を訪れ日本人移民らと交流されました。


――昔の映像が残っているんですね。

さらに11年後、再びご夫妻を迎えてブラジルで大きな式典が開かれます。その時の貴重な映像が残っています。

1978年はブラジル移民70周年にあたり、上皇ご夫妻はサンパウロ州の競技場で行われた「移民70年祭記念式典」に臨まれました。この日、集まった日系人は9万人と言われ、日系の人たちにとって忘れられない出来事だったと思います。上皇さまは、お言葉も述べられました。

上皇さまお言葉
「移住者の皆さんのこれまで重ねてきた体験は私どもの想像を超えるものであり、きょうの式典に臨み、まずこれらの人々の労をしのびたいと思います」

スタンドには、70年前に笠戸丸で渡った移民一世の姿もありました。その人たちの感激が映像からが伝わってきます。

1997(平成9)年、上皇ご夫妻は3度目の訪問をされます。天皇皇后として初めての訪問でした。10日間で6都市を回る大変な日程でした。各地で日系人の歓迎行事に参加され、大歓迎で迎えられました。


――日系1世の移民の方々は非常に苦労されたということですが、どういうものだったんでしょうか?

最初の移民がブラジルに渡ったのは明治41年です。多くの人がコーヒー農園への出稼ぎのつもりで渡ったんですね。しかし、待っていたのは奴隷同然の過酷な労働でした。酷暑やマラリアなどの風土病も襲います。その中でコツコツ働いて、やがて土地を得て、アマゾンの原野を切り開いて生きてきたんです。

そうした中でも、移民たちは子どもの教育を大切にしました。入植地に小学校をつくって教育をし、子どもの成長につれて、より環境のよい都市部へと移り住みました。日系人に官僚や大学教授、弁護士、医師などが多いのはその証しで、「日本人は保証付き(ジャポネーズ・ガランチード)」という言葉があるほどです。


――移民は、ブラジル以外にもいらっしゃるんですか?

外務省の推定によると、中南米で最も多いのがブラジルの約190万人、次いでペルーの約10万人、アルゼンチンの約6万5千人などとなっています。

皇室の方々は、こうした移民たちとの触れ合いを大切にされてきて、節目節目に現地を訪ねて触れ合われてきました。平成9年のブラジル訪問の折に上皇后さまが詠まれた歌があります。

上皇后さまの御歌

移民きみら辿(たど)りきたりし遠き道に
イペーの花はいくたび咲きし

イペーは、春を告げるブラジルの国花、国の花です。移民の経てきた年月を春に咲くイペーの花に重ねた歌です。


――即位されてからも天皇陛下の移民への思いは変わらないそうですね。

おととし10月、天皇陛下は、「第60回海外日系人大会記念式典」に皇后さまと一緒に出席されました。


天皇陛下のお言葉
「(日系人が)勤勉,誠実などの日本人らしい特性を大切にされながら,それぞれの国の発展や国際化に貢献されてきていることに心からの敬意を表します」

皇室の方々は毎年開かれる大会に毎年のように出席されてきましたが、昨年はコロナ禍で中止になりました。令和の皇室も、これまでと変わらず日系人との交流を大事にされていくと思います。



【井上茂男(いのうえ・しげお)】
日本テレビ客員解説委員。皇室ジャーナリスト。元読売新聞編集委員。1957年生まれ。読売新聞社で宮内庁担当として天皇皇后両陛下のご結婚を取材。警視庁キャップ、社会部デスクなどを経て、編集委員として雅子さまの病気や愛子さまの成長を取材した。