魔物 ~H3ロケット歓喜と重圧~
日本の技術を結集したH3(エイチサン)ロケットのエンジン。
「エンジン開発には、魔物が潜んでいる」
“魔物”と戦う男たちの記録。
「POTT異常 緊急停止」
三菱重工、エンジンチーム。彼らが任されたのが、27年ぶりの新型ロケットH3ロケットに搭載予定の新型エンジンLEー9。従来の1.4倍の推力を持つ、純国産エンジンだ。この巨大プロジェクト。JAXAが主導し、民間企業が開発を進めている。エンジンチームを束ねる恩河忠興。
恩河忠興さん(三菱重工 宇宙事業部)「最初の試験は本当に心配になって夢に出てくる」
1回目の燃焼試験。エンジンが、種子島宇宙センターへ。実際宇宙への打ち上げで必要な燃焼時間はおよそ300秒。
最初の試験は…。たった2.6秒からのスタートだった。1年後には218秒まで順調に燃焼時間を延ばしていた。
記者「すごい爆音とともに水蒸気が空を一面覆っています。ものすごい迫力です」
「魔物」はまだ、姿を現さない。H3ロケットの使命はコストを半分にし世界の競争に食い込むことだ。今回初めて取り入れられた3Dプリンターによる部品製造。コストカットをしようとしている。
岡田匡史さん(JAXA H3ロケットプロジェクトマネージャ)「設計、製造、運用いろいろな面で知恵を絞ってコストを下げにかかっている。そう簡単じゃないですね」
試験スタンドをロケットに見立てたBFT試験へ。ここでしか行うことができない。
恩河さん「何が起こるか分からない。BFT試験がうまくいけば、エンジンとしては折返し地点」
試験スタンドの4階部分、20メートルの位置までつり上げる。重さ2.4トンのエンジンを慎重に設置していく。しかしBFT試験は事前の準備が思うようにいかず、3度も延期されていた。この日条件が整い、JAXA、三菱重工、共にリーダーが顔をそろえた。いよいよ着火。
「42、41、40…、POTT異常!緊急停止!」
燃料タンクの圧力に異常が認められたのだ。「魔物」の影がちらつき始めた…。
「18時55分をXゼロ(着火)時刻で再開します」
地元との取り決めで試験は午後7時まで。これが、ラストチャンス。
「トーチスタート」
「11・12・13・14…」
目標は20秒の燃焼時間。
「エンジン正常」
開発は順調そのもののように見えたが…発射を半年後に控えた2020年9月。突然の、延期発表。
岡田さん「今回の現象から段階的に足元を固めながら進むべきであると判断しました」
BFT試験の成功後「魔物」がついに姿を現した。ターボポンプ内の金属疲労によるひび割れやエンジンの燃焼室内に亀裂が14か所生じた。今回の延期は、18年前の苦い経験から学んだこと。
アナウンス「ミッションを達成する見込みがなくなったため、指令破壊信号を送るとの場内アナウンスが流れました」
2本ある補助ロケットのうち、1本が分離しなかった。この原因となった兆候は地上試験の段階で見つかっていたが、不具合とは認定せず致命的な失敗につながっていた。
恩河さん「結果的に今回は、我々の中では見抜けなかったものが出てきた。今度は見抜けなかったものが分かったので、それを徹底的につぶしていいエンジンに仕上げていく」
打ち上げ期限は、来年3月。「魔物」よ、真っ向勝負だ。
2021年2月放送、中京テレビ制作 NNNドキュメント’21『魔物 H3ロケット 1900億円の歓喜と重圧』を再編集しました。