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東芝社長交代 車谷氏の天命

2021年4月17日 19:46
東芝社長交代 車谷氏の天命

「明日の指名委員会では何を?」

東芝の車谷暢昭CEO(当時)が辞任する前の晩、車谷氏にそう問うと、「特に何も…」と少しさみしげな表情で、小さく会釈しながらマンションの中に入っていった。

実はこの日、我々は車谷氏が翌日に辞任を表明することを決めたという情報を得ていた。「イギリスの投資会社CVCキャピタル・パートナーズから買収提案を受けて検討する」と車谷氏が表明してから6日後のことだった。


■倒産寸前 どん底の東芝

東芝は2015年に内部のガバナンスが機能していなかったことによる不適切な会計処理が発覚。

2016年度には、アメリカの原子力事業の失敗で巨額の損失を計上。債務超過に陥り2017年8月には東証1部から2部に降格した。


■53年ぶりに“外様”起用された車谷氏

2018年2月、東芝の成長戦略を期待されて会長兼CEOとして白羽の矢が立ったのが、当時、CVCの日本法人のトップを務めていた車谷氏だった。三井住友銀行出身のバンカーだ。

4月の就任会見で車谷氏は、“東芝の再建を託され大仕事の拝命を受けた。これは一つの天命と考える”と意欲を語っていた。東芝が実に53年ぶりに外部から起用したトップだった。

車谷氏は“天命”を果たすため、経営再建を進めていく。

「負の遺産」だったLNG事業の売却などでコスト削減をはかる一方、東芝が強みとする社会インフラやデジタル分野に経営資源を集中させ、大胆な改革を行ってきた。関係者によると、東芝生え抜きの役員や幹部らにとっては、納得のいかない方針もあったが、東芝の復活を目指すことが最優先の中、CEOの車谷氏に従ってきたという。

■株主とのコミュニケーション不足

株主に多くの“もの言う株主”を抱える東芝。車谷氏には、こうした投資ファンドと“うまくやること”も期待されていた。

しかし、去年7月の株主総会。取締役再任を諮る議案で、車谷氏は株主らから6割未満の賛成しか得られなかった。主要企業の経営トップらが平均で90%を超える賛成率となっているのに対しだ。

車谷氏が株主と良好な関係を築けていないことについては、東芝社員からも不満が漏れるほどとなった。ある中堅社員は、「毎日、株主総会を開いているみたいだ。通常業務に手がつけられない」と株主への対応に忙殺される状況をこぼしていた。

その後も株主との亀裂は埋まらず、先月の臨時株主総会では、去年の株主総会で決議が公正に行われたかどうか調査を求める“もの言う株主”からの提案が可決される事態に至った。

■内部調査で判明した社内の不信任

こうした状況の中、車谷氏が表明したのが、冒頭のイギリスの投資ファンド、CVCキャピタル・パートナーズからの買収提案の検討だ。

提案は、CVCが組成するグループが今の東芝の株主たちから高値で株式を買い取り、東芝を非上場化するというもの。つまり、東芝を悩ませる株主たちとの関係を一気に精算し、経営をスムーズにするカードとなるはずだった。

一方、車谷氏と東芝社内幹部との関係はどうだったのか。指名委員会が今年2月から3月にかけて行った社内調査で、車谷氏に対する執行役などからの「不信任」は半数を超えたという。

この調査は社内で取締役解任議案の決定権を持つ指名委員会が、判断材料に用いるもので、このため車谷氏は社長職を追われるかもしれない厳しい立場に立たされた。

■四面楚歌を打開する最後のカード

関係者によると、車谷氏不信任の調査結果が出てしばらくたった後、指名委員会委員長の永山氏は車谷氏に対し、「最後通牒」を言い渡した。

ここで車谷氏は最後の賭けに出た。CVCキャピタル・パートナーズの買収提案、つまり東芝株をCVC主導で全て買い取り、「非上場化」する案を伝えたのだ。

車谷氏は「アクティビストファンドに悩まされる東芝の状況を変えるCEO」として、指名委員会から信頼を取り戻せると期待したのだろうか?

しかし、永山氏の反応はよくなかった。

何より東芝は、今年1月に東証1部にようやく復帰したばかりだ。CVCの提案が明るみに出た後、別の東芝幹部からは「やっと復帰したのにどうして東証1部上場を捨てて非上場化する必要があるのか」と理解に苦しむ発言が聞かれた。また、非公開化によって市場のチェックが入らなくなるのは「ガバナンス強化の方針と逆行している」との批判もあったという。

車谷氏が出した最後のカードは、失敗に終わった。指名委員会は車谷氏の解任に動く。

車谷氏は、解任を前に自ら辞意を決意した。取締役会が開かれて、車谷氏の辞任と後任の綱川会長の社長復帰が決まった。

車谷氏は社長交代会見には姿を見せず、コメントが代読された。

 「再生ミッションを成し遂げ、天命は果たせました。人生二度とない素晴らしい経験をさせていただき、まさに男子の本懐です」

一方、残された東芝社員たちは、今後の行方に不安を抱く。CVC以外でも東芝の買収が検討されている。敵対的買収に踏み切るプレーヤーが出てくる可能性もある。買収されないとしても、では、アクティビストとの関係はどうなるのか。

次の株主総会は6月に開かれる予定だ。