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日本は「チーム・バイデン」に入れるか?

2021年3月9日 13:02
日本は「チーム・バイデン」に入れるか?

過去4回のアメリカ大統領選挙で、民主党の実地調査のボランティアとして選挙活動に参加し、現地の空気を肌で感じてきた明治大学・海野素央教授に、今回のバイデン政権をどう見るのか話を聞いた。

■バイデン内閣の緻密に計算された人事

――異文化コミュニケーションが専門の海野教授は、バイデン氏の選挙戦略とその後の人事について、こう分析する。
「今回、バイデンさんは『異文化連合軍』を組みました。女性、黒人、ヒスパニック系、若者…これらの票を獲得してトランプさんに勝つという戦略を作りました。そして実際、バイデンさんはトランプさんよりも女性票で15ポイント上回りました。2016年のヒラリー(・クリントン)さんの時は、トランプさんよりも13ポイント上回ったので、バイデンさんの方が女性票を取ったことになります。特に黒人の女性票です。トランプさんよりも81ポイントも黒人の女性票をとりました」

「つまり、バイデンさんは女性と黒人、ヒスパニックの人たちによって勝ったから、閣僚に女性や黒人やヒスパニック系の人を入れた。もちろん、そこには多様性や人権を重視するというメッセージも含まれています。ただ、ヒスパニック系の人の起用には、緻密な計算もあるんです。たとえば、国土安全保障長官にアレハンドロ・マヨルカスさんを指名しました。このマヨルカスさんは、キューバ系です。そして厚生長官にハビエル・ベセラさん、この方はメキシコ系。教育長官はミゲル・カルドナさん、この方はプエルトリコ系です。2010年のアメリカの国勢調査を見ますと、ヒスパニック系で1番多いのはメキシコ系、2番がプエルトリコ系、3番がキューバ系です。つまり、バイデンさんは閣僚にこのトップ3の人を据えた。これは2024年、次の選挙も見据えてのことだと私は思っています」


■バイデン政権の中国に対する3段階のアプローチ

――多様性を重視する「異文化連合」で組織されたバイデン政権では、中国に対する政策も明確に変わると海野教授は指摘する。
「バイデンさんは、中国に対する政策をトランプさんとは変えてきたんです。どういう変えているかというと、バイデンさんは、新型コロナウイルス対策と気候変動に関しては、中国を『協力者』と見ているんです。ところが、ハイテクと通商に関しては『競争者』と見ています。さらに、南シナ海と人権については『敵』だと見ているんです。つまり、争点別・分野ごとに3段階に分けてのアプローチする作戦に出たんです」

「そこでこの3つのアプローチのうち、どこに一番軸足を置くのか、一番何を大事にするかということなんですが、それは、国務長官のアントニー・ブリンケンさんの言動を見ると分かります。ブリンケンさんはバイデンさんの分身のような人ですから」

「そのブリンケンさんは、驚いたことに、国務長官就任の際のビデオメッセージで、義理のお父さんを紹介したんです。その義父というのは、4年間アウシュビッツなど複数の強制収容所で過ごしたホロコーストの生存者なんです。そのお義父さんを紹介して、『ホロコーストというのは自然に発生したものではない』『我々が発生するのを許してしまったんだ』『ホロコーストを阻止する責任が、我々にある』と言った上で、どうしてホロコーストが起きるのかと説明したんです。『真実とウソの境界線をぼんやりさせ』て『陰謀論を使うんだ』と。そしてユダヤ系とか難民とか非白人とかLGBTに対する『憎悪をあおるんだ』と。そうすることによって、ホロコーストが発生するんだと説明したんです。ホロコーストはブリンケンさんにとって、とても重要だということです。そのようなメッセージを就任最初のビデオメッセージで流したんです」

「アメリカは中国に対して『協調』『競争』『強硬』の3段階のアプローチをとりますと言いました。ブリンケンさんの心の中にあるのは明らかに『人権』なんです。だからブリンケンさんは、いち早く中国政府のウイグル族の弾圧を『ジェノサイド(=大量虐殺)』と認定しました。つまり『強硬』のアプローチを示したんです。これが、バイデンさんの分身であるブリンケンさんの考えです」

■日本への“リトマス試験” 信頼を得られるか

――アメリカの対中政策が、人権に軸足を置く「強硬」姿勢になることが、日本にとってどのように影響するのか?海野教授は、こう指摘する。
「一方、バイデンさんは『中国・北朝鮮の問題は、同盟国と連携して、チームでアプローチをするんだ』と言っています。そして国家安全保障担当のジェイク・サリバン大統領補佐官も、中国に対しては『同盟国が連携しあって対抗する』と言っているんです。それで、イギリスが提唱しているG7(先進7か国会議)に韓国、オーストラリア、インドの3か国を加えた『D10』に、サリバンさんも賛成している。『D10』はデモクラシー10か国のことで、『民主主義国同盟』という意味です」

「つまり、これからアメリカを中心とする西側は、対中政策のテーマを『人権』にフォーカスするということなんです。ブリンケンさん、あるいは、国連大使のリンダ・グリーンフィールドさんが国連で『中国のウイグル族の弾圧はジェノサイドだ』と言ったときに、日本が一緒になってジェノサイドだと言えるかどうか…難しい問題に直面します。日本がもし、中国との経済関係を気にして中国の人権問題を批判できない、あるいはジェノサイドだと認定できないとなると、日本は『チーム・バイデン』の中に入ることができないんです。日本がバイデン陣営から信頼を得ることができるかどうかというポイントが、おそらく中国の人権問題になってくるんです。アメリカからすると日本の人権に対する本気度が、中国と一緒に闘う同盟国なのか?パートナーなのか?という“リトマス試験”になるんです」

「日本にとっては、北朝鮮の問題も人権問題ですから、私は北朝鮮の拉致、ウイグル族の弾圧、香港の民主活動家の弾圧…これらの人権問題を軸に、アメリカと協力しあうという道を進んだほうがいいと思っています」


【海野素央 明治大学政治経済学部教授】
米国際大博士課程修了(心理学博士)。2007年から現職。専門は異文化コミュニケーション論、異文化ビジネス論。08年、12年、16年のアメリカ大統領選で民主党陣営に参加し、実地調査を行う。