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バイデン政権で米国はTPPに戻るのか?

2021年3月7日 6:20
バイデン政権で米国はTPPに戻るのか?

バイデン大統領が就任してひと月余り、アメリカの通商政策は、多国間の枠組みに戻るのか? それとも、2国間の交渉をこのまま進めるのか? 三井物産戦略研究所北米・中南米室長の山田良平さんに話を聞いた。

■日米貿易協定の交渉は見通しにくい状況
――2020年1月、日本の工業製品やアメリカ産牛肉などの農産品の関税を引き下げる新たな日米貿易協定が発効した。この日米貿易協定について、第2段階の自動車および自動車部品の関税引き下げなどについての交渉が、今後どうなるのか? 山田さんは、こう指摘する。
「2国間での日米貿易協定の交渉は元々、共和党政権が『民主党政権が署名したTPP(=環太平洋経済連携協定)から離脱する』という判断を行った後、代わりに始めた話です。民主党政権が交渉をそのまま続けるというのは、離脱した判断を追認するとも受け取れるため、考えにくいことです。そう考えると形を変えるのか、中身は分かりませんけれどもTPPのような多国間の枠組みにアメリカが戻ってくるのが自然だと思います」

「日米貿易協定は第1段階が2020年に発効しましたが、もともと第2段階の自動車、および自動車部品の関税引き下げに関する交渉は、大統領選挙戦を控えて進む気配はあるのだろうか…という感じでした。そこにきて、新型コロナウイルスの感染拡大、さらにはアメリカの政権交代によって、進んでいません。2021年3月末にはアメリカの政府が持つ、貿易交渉の権限が実質的に期限を迎える事情もあり、日米の2国間の交渉は見通しにくい気配になっています。これを捉えて、EU(=ヨーロッパ連合)や中国などいくつかの貿易相手国は、日米貿易協定はFTA(=自由貿易協定)の形になっているのかと疑義を投げ掛けているそうです」

「FTAというのは実質上、全て(9割と解釈される)の貿易について関税を撤廃する、という条件のもとに認められるわけです。しかし、日米の第1段階の合意は、双方約72億ドルずつの関税撤廃ないし削減ですから、日米の貿易総額のうち6~7%をカバーするに留まり、第2段階交渉も見通しにくい状況です」

「自由貿易を標榜する上で、日米で交渉は続けていると言える状態を示すことは重要だろうと思います。ちなみに日本だけでなく、トランプ政権が進めたケニア、イギリス、EUとのFTA交渉も、3月末の実質交渉期限とともに見通しにくい状況になる事が見込まれます」

■新政権にとっては国内競争力の強化など、国内問題が優先課題

――バイデン政権は、多国間の枠組みであるTPPに戻るのが自然な流れであると、山田さんは指摘する。では、一体いつ、新たな貿易交渉は始まるのか?
「新たな貿易協定の交渉は、簡単に進むものではないですね。まずバイデン政権にとっては、コロナ対策の成立、閣僚の承認が最優先です。加えて、民主党は国内競争力の強化のために『アメリカの競争力に投資する』『投資が完了するまで、新しい貿易協定の交渉は行わない』と言っています」

「『競争力のための投資』の定義は明確ではないですが、仮にインフラ整備だったとして、法案が成立すれば、貿易交渉を始める環境が揃うのかもしれません。ただ、インフラ整備法案はスムーズに話が進んだとして、法人税の引き上げなどとセットで議会を通すのが1つの可能性であるように思います。その場合、トランプ税制法案が2017年末に成立したのと同じように、2021年末が1つの目安となるでしょう。そして年が明ければ2022年であり、中間選挙を意識するタイミングですから、中間選挙前に交渉を始められるのかは微妙と捉える見方が主流です」

■アメリカ、カナダ、メキシコ間の、重複する貿易枠組みは整理が必要
――しかし、アメリカはTPPの枠組みにそのまま戻る訳ではなさそうだと山田さんは言う。
「アメリカがTPPに、オバマ政権が合意した時の条件内容そのままで戻ってくることはないだろうと思います。なぜかと言うと、USMCA(アメリカ・メキシコ・カナダ協定)の存在があるからです。USMCAもTPPも、アメリカ・メキシコ・カナダを含む点で、3か国間の貿易においては重複する枠組みとなります」

「トランプ政権がNAFTA(=北米自由貿易協定)の再交渉を終えて、新NAFTAといえるUSMCAが2020年7月に発効しました。そこでは、『原産地規則』という、USMCAを使うために域内で付加しなければいけない付加価値の基準を、特に自動車において厳しくしました。USMCAで条件を厳しくした中で、もしアメリカがオバマ政権当時の条件のままTPPに戻ると、企業は当然、条件のゆるいTPPの方を使うわけです。USMCAとTPPの間には、原産地規則のみならず、こうした分野がいくつかあります」

「USMCAは一応、トランプ政権が交渉したものではありますが、民主党も賛成して成立した内容です。このため、アメリカがTPPに復帰する際には、USMCAを反故にしないような修正が必要になってくると思われます」


【山田良平/三井物産戦略研究所 北米・中南米室長】
1997年 日本貿易振興会(ジェトロ)入会後、ニューヨーク調査担当、米州課長などを経て、2016年1月、三井物産戦略研究所入社。2017年4月から現職。