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バイデン大統領の米国(2)今までと違う訳

2021年2月10日 20:45
バイデン大統領の米国(2)今までと違う訳

第46代アメリカ大統領ジョー・バイデン氏は、分断のアメリカをどこへ導くのか? アメリカに詳しい識者4人に、新政権を理解するヒントを聞いた第2弾。

上院、下院ともに与野党が拮抗するアメリカ議会を、バイデン大統領はどうハンドリングするのか?


■豊富な政治経験が生きる?

――アメリカ民主党のバイデン大統領には、微妙なバランスと調整能力が求められるという。民主党内の左派に、議会での共和党との拮抗状況を理解してもらいつつ、一方で、従来からの流れをくむ共和党保守派の理解を取り付けながら政策を実行していくことになる。元駐米大使の藤崎一郎氏と、上智大学の前嶋和弘教授は、その調整能力こそが、バイデン氏の真骨頂だという。
(前嶋教授)
「バイデンさんというのは、ワシントン(の政治の世界)に50年近くいて、副大統領として8年、上院でずっと1970年代から議員をしている人です。民主党内には昔は、南部の今で言う保守派的な、『サザン・デモクラット』という右派みたいな人たちがいました。ちょうどバイデンさんの政治家としてスタートした頃、この『サザン・デモクラット』と、いかにうまくやるかというのが大きな課題で、副大統領としての8年間は共和党とうまくやることでした」

(藤崎氏)
「(バイデン氏が)今までの大統領と大きく違うのは、クリントンにもブッシュにもオバマにもトランプにもなかった点――彼が“議会の子”であるという点です。レーガンもブッシュもみんな、国政経験がほとんどないアウトサイダーだった。議会に36年間いたという人が大統領になるのは初めてです。共和党側のトップである、上院のマコネル院内総務のこともよく知っているし、その意味では議会対策には長けた人だと思います」

――議会運営への配慮は、すでに就任宣言の中にも読み取れると、笹川平和財団の渡部恒雄氏は言う。
(渡部氏)
「『自分を支援してくれた人、投票してくれた人にも…あるいは投票しなかった人にも等しく、どちらのためにも働きます』と宣言していますので、それはもう、すでにメッセージです」

「特に法案を通すためには共和党の一部の理解は必要なので、そういう人たちが、親トランプで一枚岩だったら動かないわけですけれども、共和党がうまく割れてくれれば…というのは失礼な言い方だけども、一部が賛成してくれれば、それでアメリカのために動けるわけです。その一番わかりやすいのは、合言葉が『アメリカの民主主義を守りましょう』ということなんですね」


■「スリーピー・ジョー」は作られたイメージ?

――“調整能力”と聞くと、自らの主張を抑え、利害の対立する両者の言い分に耳を傾け、落としどころを探る…そんなイメージがある。そしてそのイメージは、バイデン氏の“風貌”とも重なるところがある。しかし、それとは少し違ったバイデン氏の人物像を、藤崎氏は語る。
(藤崎氏)
「トランプさんとバイデンさんには2つ共通点があって、ひとつは白人であること。もうひとつは、2人とも身長が高いこと、それ以外は、すべて全く違う。バイデンさんは非常に信心深い、清廉潔白、そしてざっくばらんで、率直な人。非常に親しみやすい人柄です。ちょっとお話が長かったり、気が短いっていうところはあると思いますが、極めてはっきりと自分の意見を言う、しかし友達仲間を大切にする、こういうことで有名な方です」

「(大統領選で耳にした)『スリーピー・ジョー(寝ぼけたジョー・バイデン)』というのは、全くトランプさんが発明した言葉で、これまでバイデンさんがそのような言われ方をすることはなかったし、むしろどちらかと言えば『直情径行型』で、極めて強い政治家なんです」


■中国への姿勢を緩めることはない

――政治を進めていくうえで、大統領のパーソナリティはとても重要な要素である。一方で、キヤノングローバル戦略研究所の宮家邦彦氏は、バイデン政権の政策遂行にあたって「現実的な考え方をする専門家が戻ってきた点が重要だ」と指摘する。
(宮家氏)
「今回の政権交代でアメリカは以前の姿に戻ったように見えて、その実、政治状況は大きく変わってしまったのではないか、その意味で本当に『America is back』なのか?と思います」

「ただ、私は『ワシントン is Back』だとは思っているんです。バイデン政権の1期目というより、オバマ政権の第3期だと言った方がいい。良い意味でね。我々がよく知る、慣れ親しんだ、しかし同様に手強いワシントンの政策エリートたちが大挙して戻ってきたな、と。彼らはよく知っている人たちばかりですから、手のうちはわかっているし、やりやすい。先も読みやすいし、不確実性は少ないし…少なくとも毎朝、ツイッターで『こんなのがあった!大変だ!』と大騒ぎする必要はない。あんなものを読まなくてよくなったわけですからね」

「一方で『日本は共和党の方が相性がよくて、民主党とは案配が悪いんじゃないの?』という人がいるんですけど、それは昔の話です。今は、非常に現実的な考え方をする、しかも(中国を)アメリカの最大の戦略的な競争者と位置づけた上で、非常に厳しい態度で迫る人たちが、政権の中枢に入っている。もう昔の民主党とは違うんです」


――渡部氏も、バイデン政権の中国に対する姿勢は従来の民主党とは異なり、厳しいものになるという。
(渡部氏)
「人権とか民主主義の問題に関して、バイデン政権の方がトランプ大統領よりも真剣に考えていますので、中国に対しては結構、レバレッジをかけてくる。つまり、人権とか民主主義の問題をテコに、中国に圧力をかける。有効なものは使いたいと考えていると思います。人権とか民主主義の問題というのは、本質的に中国がなかなか妥協できない問題ですから、中国にとっては結構、嫌な話なんだろうと思います」


はっきりモノを言う大統領と現実的な考え方をするワシントンのエリートたちが、内政、外交においてどの様な課題に直面するのか…続きは次回に。


■4人の識者
 藤崎一郎氏(中曽根康弘世界平和研究所理事長、元駐米大使)
  ※崎は右上が立のサキ
 前嶋和弘氏(上智大学教授)
 宮家邦彦氏(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)
 渡部恒雄氏(笹川平和財団 上席研究員)

*この記事は、4人の識者に個別にインタビューしたものを再構成したものです。

(写真左上から時計回りに、藤崎一郎氏・前嶋和弘氏・渡部恒雄氏・宮家邦彦氏)