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「国民萎縮させては…」佐藤和孝氏が語る

2021年1月26日 19:09
「国民萎縮させては…」佐藤和孝氏が語る

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、政府は緊急事態宣言を再び発出。時短営業などに従わない事業者や入院を拒否した人への罰則を盛り込んだ法律の改正も検討されています。戦場ジャーナリストの佐藤和孝氏は「私権を制限するとしても権力で国民を萎縮させてはいけない」と言います。

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■コロナを終息するために...検討される罰則

有事・・・「コロナパンデミックは有事なのだ」とよく耳にする。戦争、武力衝突、自然災害などが有事と言え、新型コロナウィルスによる世界的流行もそれらに匹敵する有事と位置付けることができるようだ。

 僕は、40年以上有事の取材を続けてきた。それは、ウィルスという見えない敵との戦いではなく人と人が殺し合う戦争、紛争、争乱の現場である。 いま、日本の国会で感染拡大を防ぐため、特措法、感染症法改正のための議論が行われている。

特に注目されるのは、感染症法改正案に盛り込まれた罰則。コロナ禍でこれ以上の感染拡大、爆発を防ぐためには私権の制限やむなしと、正当な理由なく受け入れを拒む病院は名前を公表、感染者にも入院拒否や感染経路に関してウソをつくと懲役または罰金を科す。こういった“厳罰”をもって従わせようとする法律ができようとしている。

 冒頭に書いたように僕の取材現場は戦争、有事なのである。戦争になるとその国における市井(しせい)の人々の生活はどうなってしまうのか。

■アフガニスタンで見た・・・権力で抑圧される“自由”

 1996年12月、イスラム原理主義を標榜するタリバンが支配するアフガニスタンの首都カブールに入った。
 カブールを取り囲む山々の頂は雪に覆われ顔に触れる空気は頬にピリピリと付き刺さってきた。人々の息遣いが間近に感じられるほど混み合っていた旧市街のバザールには人の姿は見受けられず 、街の至るところに検問が設けられ、タリバンの象徴である白い旗を掲げた車が街を回っていた。長きに及んだ内戦で崩れかけた街の中、何とか店を守っていた商店街はひしゃげたシャッターを下ろしていた。厳しい原理主義政策で市民の自由が奪われ外出もままならなくなっていたのだ。

特に女性に厳しく、就労、就学はもってのほか。特に若い女性の一人歩きは厳禁。外出する際は母親などとの同伴で全身を覆うブルカをまとわなくてはならない。映画、音楽、写真等の娯楽の禁止。禁を破ると投獄、むち打ちなどそれはそれは、凄まじいのだ。
 
ジャーナリストがアフガニスタンに入国したら必ず外務省に顔を出さなくてはならない。記者証を貰うためなのだが、先ずは申請書類を記入させられる。それから、担当官のレクチャーが始まる。

「写真、ビデオなどでの撮影はダメ」

白いターバンのひげ面の男が僕たちの機材を見て言い放った。

僕たち「え・・・取材できませんけど」
男「ダメ。命あるものすべてダメ。草花も」
僕たち「......」

オマケに初老のカブール大学教授を通訳として付けられた。お目付け役なのである。我々の仕事は、ダメだと言われてもやらないわけにはいかない。隠し撮りを駆使してなんとか撮影を敢行、どうにか取材することができた。昼間は、教授と市内を周り、夜はホテルに缶詰め。21時だったか22時だったのか、朝の5時までカーフュー(外出制限)になった。

その間市民は一歩も外に出ることを許されず、門を固く閉ざし朝を待つ。カーフューの間はタリバンの風紀組織である勧善懲悪隊が活動を始める。外をふらついていれば留置場送りはもとより、密告者の通報で門を蹴破り市民は引っ立てられ行方不明となる。独裁者が統治する戦争の日常なのだ。強権を使い自由を奪って市民を屈服させて従わせる。恐怖しかない。

 そのような国や地域がある中で、我が国日本は民主主義国である。
 
コロナ終息のためにどのような方策があるのか。なにが必要なのか。懲役刑のような“厳罰”をもってして従わせる法律が通るような事になれば、記したような全体主義的国家、独裁国家に変容しないとも限らない。コロナと闘う武器として私権の制限はやむなしではあるとしても、国民に前科が残る刑事罰を科す法律では国民が萎縮してしまいかねない。
せめて交通違反のような反則金に留めたたらいかがだろうか。 一旦法制化されれば為政者にとって魔法の杖ともなりかねないのである。


【連載:「戦場を歩いてきた」】
数々の紛争地を取材してきたジャーナリストの佐藤和孝氏が「戦場の最前線」での経験をもとに、現代のあらゆる事象について語ります。

佐藤和孝(さとう・かずたか)
1956年北海道生まれ。横浜育ち。1980年旧ソ連軍のアフガニスタン侵攻を取材。ほぼ毎年現地を訪れている。他に、ボスニア、コソボなどの旧ユーゴスラビア紛争、フィリピン、チェチェン、アルジェリア、ウガンダ、インドネシア、中央アジア、シリアなど20カ国以上の紛争地を取材。2003年度ボーン・上田記念国際記者賞特別賞受賞(イラク戦争報道)。主な作品に「サラエボの冬~戦禍の群像を記録する」「アフガニスタン果てなき内戦」(NHKBS日曜スペシャル)著書「戦場でメシを食う」(新潮社)「戦場を歩いてきた」(ポプラ新書)