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“中国化”する香港社会 2021年の行方

2020年12月31日 20:22

■逮捕されるかも…萎縮する香港市民

「ランチの雑談でも、習近平国家主席の話題は危険だ」。こう話すのは、香港在住の日本人ビジネスマン。2020年6月30日に反政府行為を禁じる「香港国家安全維持法」が施行されると、街の雰囲気は一変した。法律の運用は詳細が明らかにされず、当局の判断次第という状況だ。香港市民の間では「街中で中国や香港政府を批判しただけでも逮捕されるのではないか」と不安が広がっている。

しかも国安法の最高刑は無期懲役だ。「友達との電話も誰が聞いているかわからないし、録音されているかもしれない。政治の話はしないようにしている」と話す日本人ビジネスマンの声には緊張感が漂う。

また、香港在住の日本人女性は「怖いのは言論の自由が失われていること。過去のSNSの投稿は一部削除しました」と語った。


■「告発ホットライン」開設 香港は監視社会に

国安法の施行以降に香港では何が起きたのか。

●6月30日 中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会で「香港国家安全維持法」が可決成立。香港政府は同日施行。

●7月1日 デモ隊のスローガン「香港独立」と書かれた旗をカバンに入れて持ち歩いていた人が国安法違反容疑で逮捕される。

●7月4日 香港の公立図書館で民主活動家らの著書が閲覧出来ない状態に。

●7月31日 海外で活動している民主活動家が国安法違反の容疑で指名手配される。

●8月10日 中国共産党に批判的な論調の香港メディア「リンゴ日報」の創業者・黎智英氏が国安法違反容疑で逮捕される。

●8月 高校の必修科目「通識教育」の教科書にあった、天安門事件や民主化デモの記述が相次いで削除、修正される。

●11月5日 香港警察が国安法違反の情報を受け付ける「告発ホットライン」を開設。市民同士が監視し合う社会に。

●12月2日 周庭氏、黄之鋒氏ら著名な民主活動家が国安法違反の罪で実刑判決を受ける。

香港は1997年に中国に返還された後も「一国二制度」によって高度な自治が認められている。中国本土では認められていない言論の自由などが50年間維持される約束だった。

しかし香港の“自由”は今、急速に狭められている。2019年6月からの反中・反政府デモで逮捕された市民は1万人以上にのぼり、このうち約2300人が起訴された。「一国二制度」は事実上、崩壊したと言えるだろう。


■中国本土ではデモや抗議活動の参加者は“反乱分子”

こうした香港の動きは、筆者が特派員として駐在する中国本土の上海でもテレビやネットで報じられている。ただし、デモや抗議活動がニュースになるのではなく、「社会の混乱を招いた“反乱分子”が逮捕された」などと淡々と伝えられている。

本土に住む一般的な中国人にとって、香港の問題は中国の地方都市で起きている“混乱”という程度で、デモの参加者や民主活動家は「政府に反抗するテロリスト」という感覚すらあるのが実態だ。


■周庭氏が危険を冒して続けた日本語での発信

「近い将来、人生で初めて収監されるかもしれない」。民主活動の若きリーダーで“民主の女神”とも呼ばれた周庭(アグネス・チョウ)氏は、この言葉を発した直後、2020年11月23日に収監。12月2日、警察本部を包囲するようデモ隊をあおった罪などで禁錮10か月の実刑判決を受けた。判決の瞬間、涙を浮かべ、肩を震わせたという。

周氏は日本文化好きで、日本メディアのインタビューに流ちょうな日本語で民主化運動への支援を訴えていた。8月10日に周氏は外国勢力と結託して国家の安全に危害を加えたとして、国安法違反容疑で逮捕されたが、こうした行為が「外国勢力との結託」と見なされた可能性もある。

それでも逮捕翌日に保釈された周氏は11月に収監されるまで、日本語での情報発信を続けた。「私たち香港人はたくさんの人がけがをして、逮捕されて、亡くなった仲間もいて…、一生懸命戦ったのにまだ民主主義や普通選挙すら手に入らない」。危険を覚悟でYouTubeの「周庭チャンネル」でこう訴えた。SNSでは「#フリーアグネス」など日本語のハッシュタグも拡散され、抗議の動きが広がった。

しかし、実刑判決の後、香港の裁判所が保釈を認めることはなかった。新たな2021年、周氏は自由なき刑務所の中だ。


■コロナ禍で苦しむ香港に中国の「アメ」と「ムチ」

2019年の香港は100万人規模のデモが何度も行われ、熱気が充満していた。しかし、2020年になると、大規模なデモは行われなくなった。新型コロナウイルスで集会が禁じられたことに加え、デモ参加者らが次々と逮捕されて、市民が萎縮したのも大きな要因だ。

香港政府トップの林鄭月娥行政長官は、2020年11月の施政方針演説で、「国安法によって香港は社会の安定を取り戻した」と成果を強調した。今後、中国政府との連携をさらに強化する方針を表明している。

その中国政府は、香港がコロナ禍で苦しむ今こそ、介入を強める好機と考えているとみられる。2020年9月、中国政府は香港で大規模なPCR検査を行うために医療従事者を派遣。病院も建設した。

習近平国家主席は、香港と広東省深センなどを合わせた巨大経済圏「大湾区(グレーターベイエリア)」構想を打ち出している。北京、上海と並ぶ世界的な経済圏に育てようというのだ。

香港市民はコロナ禍で経済に大打撃を受け苦しんでいる。大湾区構想は「中国と一体化すれば香港経済の未来は明るい」という香港市民に向けたメッセージでもある。コロナをいち早く抑え込み、いち早く経済の回復を果たした中国は、防疫面でも経済面でも「中国との一体化」のメリットを見せつけている。


■力で抑え込む中国 一方で市民は「香港人」意識が大多数

香港市民の意識を巡る興味深いデータがある。2020年6月に香港民意研究所が行った調査で、自分は「香港人」と答えた市民は50%。18歳~29歳の若者に限ると81%にのぼった。これに対し、自分は「中国人」と答えたのは全体で13%。若者に限るとわずか4%だった。

返還から23年が経過し、多くの若者は、生まれた時から「香港人」というアイデンティティーで生きてきた。そのため中国が「一国二制度」の「一国」の部分だけを強調し、香港への統制を強めることに大きな反発がある。

2021年は中国が香港社会の“中国化”を一気に推し進める可能性がある。しかし、抗議活動は力で抑え込めても、香港市民の「気持ち」まで統制することは難しいだろう。

「私は香港人」という意識の高まりとどのように向き合うのか。一体化を進める中国共産党指導部に突きつけられた香港市民からの重い課題だ。