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相次ぐテロ なぜイスラム教の大切な日に

2020年10月31日 2:52

イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画をきっかけに、フランスでテロ事件が相次ぎ、フランスと中東諸国などとの対立が深まっている。こうした中、迎えた『預言者ムハンマドの聖誕祭』。エジプトの街で見かけた愛らしい商品には聖誕祭と結びついた意外な使い道が。対立が深まる背景に何があるのか? そして、エジプト人に「預言者とは、どんな存在なのか?」と思い切って尋ねてみると…。(NNNカイロ支局長 可児智之)


■お菓子と人形…預言者の聖誕祭とユニークな慣習

イスラム教徒が大半を占めるエジプト。首都カイロの繁華街にはこの時期、多くの露店が立ち並ぶ。10月29日はイスラム教の預言者ムハンマドの聖誕祭。日没を迎えると、イルミネーションに彩られた露店に多くの人たちがやって来て、お祭りムードが高まる。

売っているのは、聖誕祭の時期に販売されるというお菓子。山積みになったお菓子を、家族などに買っていくのだという。そしてお菓子と一緒に売られていたのは、ドレスを着た愛らしい“人形”。子供用かと思ったが、必ずしもそうではないらしい。私の職場、カイロ支局のエジプト人スタッフによると、男性が婚約者のためにお菓子と一緒に買っていく慣習があるとのこと。婚約者には「ずっと美しくいてほしい」という思いを込めて人形をプレゼントし、その家族には「家族を大事にする」という気持ちを示すためにお菓子を渡すのだそうだ。家族を大事にするエジプト人らしい慣習で、預言者ムハンマドの聖誕祭と結びついているのがとてもユニークだ。


■風刺画きっかけにフランス製品不買運動が

人々が買う物もあれば、買わない物も。エジプトなど中東諸国では今、フランス製品の不買運動が広がりをみせている。発端は、9月初めにフランスの風刺新聞がイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載したこと。これをきっかけに、フランスではイスラム過激派によるとみられるテロ事件が相次いだ。9月25日には風刺画を掲載した新聞社を狙った襲撃事件が発生。10月16日には、風刺画を授業で生徒に見せた男性教員が首を切断されて殺害される凄惨な事件も起きた。これに対し、フランス政府は男性教員に勲章を授与し、マクロン大統領は「風刺画をやめない」と宣言した。「表現の自由を守る」というのがその理由だ。

こうした対応が“火に油を注ぐ”ことになった。フランス製品の不買運動が中東諸国で広がり、イスラム教徒が多数を占めるトルコのエルドアン大統領は「マクロンには精神治療が必要だ」と痛烈に批判するなど、イスラム教徒の間でフランスに対する感情が急速に悪化している。テロを非難する気持ちは一般のイスラム教徒も同じ。しかし彼らにとって、風刺画は預言者ムハンマドへの“冒とく”であり、“タブー”なのだ。フランス政府に対する怒りの根底には、こうした感情があると思われる。


■思い切って聞いてみた…預言者ムハンマドはどんな存在?

そうはいっても、私のような非イスラム教徒にとって、そうした感情はなかなか理解が難しいのも事実だ。そもそも、預言者ムハンマドとはイスラム教徒にとってどんな存在なのか。親しくしているエジプト人男性に、思い切って聞いてみた。彼は「説明するのは、とても難しい」と前置きした上で、「預言者は常に私の中にいる。家族への侮辱は我慢できても、預言者を侮辱されるのは我慢できない」と答えた。さらに、「表現の自由が大事なことは分かっている。しかし、宗教とは距離を置くべきだと思う。私たちは他の宗教を侮辱しない。宗教には敬意を示すべきだ」と語った。

そして迎えた聖誕祭当日。フランス・ニースの教会で3人が殺害されるテロ事件が起きた。容疑者はアラビア語で「神は偉大なり」と言いながら犯行に及んだという。そして、サウジアラビアでもフランス総領事館の警備員が襲われ、ケガをする事件が発生。いずれも預言者の風刺画と関連があるのかはまだ分かっていないが、危惧していたことが現実になった形だ。


■礼拝、断食…生活に根ざした宗教

テロは絶対に許されない。一方で、エジプトのカイロで生活していて分かったのは、イスラム教は、人々が毎日数回礼拝し、毎年断食を行うなど、人々の生活にとても深く根ざした宗教だということだ。エジプトだけでなく、取材で訪れた中東諸国ではイスラム教の聖典コーランや礼拝用の敷物を車に常備している人も多く、そのことを強く感じさせられる。イスラム教徒にとって、宗教との距離感は我々が想像するよりもずっと近い。そのことは十分に理解し、敬意を払う必要があるのではないだろうか。表現の自由という価値観と宗教を信じる心、共存できるはずの両者の溝が暴力と非難の応酬で広がってしまっているのが現実だ。