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難病と闘う22歳 絶望から救ったバスケ

2020年4月13日 16:49
難病と闘う22歳 絶望から救ったバスケ

足が動かなくても、笑顔でボールを追いかける。

22歳。ほたるさんの合言葉は。

立岡ほたるさん「“笑顔で明るく前向きに”」

高校時代のバドミントン部顧問・田中暁宏さん「おぉー!マジか!凄いところで花開きましたね」

立岡ほたるさん。車いすバスケと出会ってわずか4年で、25歳以下の女子日本代表選手に。

その一方で、いまも難病と闘っています。「多発性硬化症」。運動障害や感覚障害を引き起こす進行性の病。

ほたるさん「私の場合、事故でもないし怪我でもないし。その矛先というか当たってしまったのが両親と妹だったんで、めっちゃつらい思いさせてますよ。それこそ物投げたりとかしてますし」

つらい経験をしてきましたが、いつも笑顔を絶やしません。ほたるさんを家族も笑顔で支えます。

体の不調を感じたのは、16歳の時。大好きなバドミントンの大会直前でした。

ほたるさん「なんか急におなか痛くなって、入院して3日くらいたってから歩けなくなっちゃって。一生寝てやるって。一生親のスネかじって家でぐうたらしようって」

絶望の中、軽い気持ちで訪ねた車いすバスケチーム。

ほたるさん「苦手バスケ。大っ嫌いだった。体育館に行ったら、見学のつもりで行ったのに急に(競技用)車いすに乗せられて、ボール渡されて」

“大嫌い”は“大好き”に。

ほたるさん「今度こそ。ナイスディフェンス!」

いつの間にか夢中になっている自分に気づきました。

鳥取県の実家から離れ、兵庫県の専門学校に通うほたるさん。一人暮らしも、もう4年になります。

ほたるさん「こんな感じ。背もたれは絶対いるから」

22歳。やりたいことは山ほどあります。

ほたるさん「障害者が入るお風呂と思えんお風呂でしょ。私もびっくりしたもん最初見たとき。紙おむつ。ずっと24時間つけっぱなし」

進行性の病との闘い…

ほたるさん「だいぶ状態良かったですよね、私バスケ始めた時。(杖を使えば)歩けてたんですよ。まあ仕方ない、こればっかりは」

この日向かったのは、母校の高校。顧問の先生にいまの自分を報告。

田中さん「すごい選手になっとるって…」

ほたるさん「アルバム、日本代表の。U25だけどな」

田中さん「おぉー!マジか!すばらしい~。楽しかろう~」

ほたるさん「うんめっちゃ楽しかった」

当時の自分と同じ年代の後輩へ。

ほたるさん「障害を負ったことで人生が180度変わりました。そして絶望しました。でも障害者になって、よかったことってたくさんあります。やっぱり車いすバスケットボールに出会えたこと」

ほたるさんは、この春、専門学校を卒業。岡山県の企業に就職することを決めました。

車いすバスケの挑戦も続きます。

ほたるさん「いまは楽しい。いろいろあったけど、でもそれも含めてもっと生きたいなって。だから治療も頑張るし、バスケも頑張るし。自分らしく、笑顔で明るく前向きに。合言葉通りに生きんとなぁって」

※こちらの「ほたるの光~私の…逆転シュート~」は、日本海テレビで制作したものをリメイク。4月12日、日曜深夜のNNNドキュメントでフルバージョンを放送いたしました。

【the SOCIAL×NNNドキュメントより】