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帝人会長「不透明な時代だから好奇心を」3

2017年3月29日 20:05
帝人会長「不透明な時代だから好奇心を」3

 キーワードを基に様々なジャンルのフロントランナーからビジネスのヒントを聞く「飛躍のアルゴリズム」。3つ目のキーワードは「社長就任直後にリーマンショックで赤字転落。『雨降りの坂道を走る担当』と覚悟」。2008年、帝人の社長に就任した大八木氏だが、経営環境は激変していく。


■世の中から需要が蒸発した

――社長就任直後にリーマンショックで世界経済は低迷した。さらに東日本大震災も起きて、帝人は2期連続の赤字となった。どうやって克服したのか。

 リーマンショックの時は大変でした。現象的に言いますと、とにかく短期間のうちに出荷は止まる、注文はキャンセルされる、工場は動かない。

 こういうことが続きますと当然、工場の操業率が低くなりますし、大きな装置を持つような工場の、いわゆる素材事業が赤字に転落するという状況が出てくるんですね。

 これは国内も海外も同じようなことになりますので、私どもは一言で「世の中から需要が蒸発した」と言いますか、このような状況でした。

 こういうことは、当時から「100年に一度の恐慌」という言われ方もしていましたので、こういう経済というのは生身ですから、こういう一度傷ついた生身というのは、なかなか戻らない。

 過去の恐慌の時もそうですが、こういう国際機関の予想等を見ますと、10年間くらい戻らない。となりますと、私自身は「雨降りの中の坂道を駆ける担当だ」という意識だったということであります。


――どう対応したのか。

 いろんなことをやりましたけど、一言で言いますと、構造改革ということだろうと思います。

 1番目にやらなきゃいけないのは、緊急対策として、赤字を止めることであります。2番目は、緊急事態宣言をきちんと出して、従業員や組合と、きちんとしたプランの下で、納得いく説明をした上で、いろんな対策を行っていくということになります。

 特に赤字を出し続けている企業については、やはり工場そのものを閉める、あるいは海外に移転して起死回生の道を探る、いろんな策がございますね。海外においても、私どもの提携先に工場ごと譲るということで、抜けたようなケースもございます。


――工場を止めるとか移転させるのは、経営者としてかなり大きな決断で、つらい決断だと思うが、その決断を自分の中でどう整理したのか。特に気をつけたことはあったのか。

 決断の話ですけども、こういった既存の事業で、こういう危機にあった時に、赤字を流す事業というのでも、作った時には全部新規事業なんです。そこには、大変にエネルギーあふれる人たちがつくり続けた。こういう事業というのは、まず頭によぎるわけです。

 そういう意味で、その事業の中で育ってきた人は、なかなか「これをやめる」とか「整理する」という決断はつかないんだろうと思いました。でも、私の場合には、そういう素材(事業)以外から来ていますので、そういう決断ができたということです。

 一番良くないのは「景気が良くなると、またこの事業は戻るんだ」という安易な感じはダメなんです。景気回復に伴って、事業構造そのものが変わってしまうので、そこはやっぱり注意しなきゃいけない点だと思いますね。


――本当に様々な困難や苦難があって、その中でもやっぱり揺らがない芯の強さというのがあったからこそ今があるというのが伝わってくる。

 ありがとうございます。その通りだと思いますね。