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“レアル追い詰めた”鹿島監督の組織作り3

2017年2月17日 12:30
“レアル追い詰めた”鹿島監督の組織作り3

 「鹿島アントラーズ」監督・石井正忠氏に聞く「飛躍のアルゴリズム」。2つめのキーワードは「3年ぶりの優勝も突然の“現場放棄”。リーダーとしての自信を失った…」。心労などで休養を決めた石井氏。そんな状況から復帰を決心する後押しとなった出来事とは。


■監督になって初めて感じた重圧

――『心労で横浜戦不在。鹿島・石井監督退任も』と、新聞の記事に見出しとしてありました。当時は、監督に対して選手の反抗的な態度というのも注目されましたよね。

 新聞ではけっこう取り上げられていたんですけども、そこの部分ははっきり選手と話してますし、このタイミングではそれは全く関係なかったですね。


――そうしますと、心労の原因というのはどこにあったんですか。

 私が監督になって初めて感じたんですけども、いろんな方面からのプレッシャーがありますし、鹿島アントラーズというクラブは、常にタイトルを求められるクラブなので、その重圧というのは非常に大きかったのかなと思っています。


■一体感がバラバラに

――“ジーコイズム”であったり、ファンの期待というか、求めるものへの応え方といいますか、そういったところも。

 そうですね。非常にそういう期待も大きいですし、あとは、結果が出てなくて、その時にチームの一体感というのが少しバラバラになってきてしまっていて。そこの責任はやはり私自身にあると、自分1人で背負ってしまった部分が大きいんじゃないかなと思います。


――石井さんが先ほどおっしゃっていたように、選手の方との垣根をなくそうという取り組みもされていましたが、それでもコミュニケーションが悪くなってしまいました。その時のチームの状況は、何が原因だったと感じますか。

 それぞれの選手がそれぞれに、チームのために何かしようというのはあったと思うんですね。それが多分、1つの方向ではなくて色んな方向に行ってしまったというのが原因じゃないかなと思うんですね。


■奮い立たせてくれたメッセージ

――そんな中、結果的に試合は休養ということでしたが、どうされていたんでしょうか。

 本当に気持ちが落ち込んでしまっていたので、自分でもわからないぐらいどうすればいいかと迷いましたけども、試合を自宅で見てたんですね。

 それを見ることによって「なんで自分があの場にいないんだ」という思いだとか、テレビの中で活躍している選手だったり周りのスタッフだったり、その姿を見て「またそこに戻りたい」と思ったんです。


――あとは、OBや仲間の方からメッセージもあったようですね。

 はい。そういう報道がされた瞬間から、かなりのメッセージをいただきました。多くの方は励ましのメッセージだったんですけども、その中で特に、同業者である他のチームのコーチ、監督の言葉はすごく響きましたね。


――いったん休養と決められてから、現場から離れて自宅で観戦されて、もう1回頑張ろうと気持ちを切り換えるのは勇気がいると思うんですが、そのターニングポイントは何だったんですか。

 いろんな人からのメッセージの1つに、「この状況から逃げちゃいけない」という言葉があったんですね。何名の方からかいただいたそのメッセージが、1番自分を奮い立たせてくれたんじゃないかなと思います。


――それが1つやはり“復帰”の後押しになった言葉なんですか。

 はい、それは大きかったと思いますね。


■チームに復帰。選手の反応は…

――休養を決めて、試合を1回お休みされたということで、チームに戻るのは気まずくなかったですか。

 気まずいって言い方かどうかわからないですけど、そこはもうなかったですね。自分の中でも「またこのチームで指揮をとりたい。リーダーとしてまたやっていかなきゃいけないんだ」という覚悟はもう決めていたので、そういった気まずさというのはなかったです。


――その時の選手の反応はいかがでしたか。

 それは本当にさまざまです。すぐに受け入れてくれる選手もいましたし、1度退いたので“職場放棄”ととらえた選手もいるでしょうし、そのへんは本当さまざまでしたね。


■リーダーとしてのスタイルに変化

――そんな中、覚悟を持って復帰された後、特に意識してされたことはどういったことでしょうか。

 今まで私のリーダーとしてのスタイルとして、チーム全体を後ろからサポートしていくようなスタンスでした。

 そういうリーダーシップの取り方もあるとは思っていたんですけど、それよりも、このクラブでリーダーとしてやっていくには、自分がやっぱり前に立ってチームを引っ張っていく。あと、しっかり方向性を決めて、そこに向かってチーム全体が一体感を持ってやっていくっていうところを示さなきゃいけないなと思いました。


――それが、さまざまな方向に向き出した選手たちを、同じ方向に向かせるという意味での1つの大きなきっかけとなったんでしょうか。

 そうですね。