【追悼秘話】こうせつ、死の直前奇跡の歌声

2013年11月9日 17:52

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 歌手の島倉千代子さんの訃報を受け、シンガー・ソングライターの南こうせつ(64)が9日、マスコミ各社に追悼文を寄せた。

 来年芸能生活60周年を迎えるはずだった島倉さんは、南に新曲を依頼。楽曲は「からたちの小径(こみち)」として完成済みで、歌入れは島倉さんの自宅で、亡くなる3日前に行われたという。

《以下全文》
 突然の訃報に驚いています。11月6日に電話でお話したのが最後でした。実は1年ほど前に都内のホテルで、ご本人とレコード会社の人から「もうすぐ60周年なので、記念に曲を作って欲しい」という依頼を受けました。
 僕は、小さいころからラジオから流れてくる島倉さんの歌声に、何かしらときめくものを感じていましたし、偉大な国民的歌手である島倉さんの曲を作らせていただくことは、本当に光栄なことだとその時に思いました。
 その後しばらくレコード会社から何の音沙汰もなかったので、気にはなっていたのですが、今年の春、島倉さん自身から連絡をいただきました。体調不良であること、それでもどうしても最後にもう一度歌いたい、という島倉さんの熱い思いをうかがって、すぐにレコーディングできるように準備をしていくことにしました。今年の5月11日に、僕の日比谷野外音楽堂のコンサートへマネジャーの方に手を引かれておいでになりました。
 リハーサル中のステージで、僕がギターを弾いて「からたち日記」を1コーラス歌うと、島倉さんはニコニコしながら聴いていらっしゃいました。(*掲載写真は、その際のもの)
 その時の姿はデビュー当時のままの、清々しい少女のようでした。その直後、メロディーと詞がふと浮かび、島倉さんに聴いていただいたら涙を流され「この歌は絶対にお蔵入りさせたくないから、よろしくお願いします」とおっしゃって下さいました。すぐに友人の喜多條忠に「島倉千代子という偉大な歌手をリスペクトするために詞を完成させたいので手伝ってほしい」とお願いしました。そして曲が完成したのが、10月の下旬です。
 レコーディングの日取りは11月15日と、島倉さんと二人で決めました。ところが10月29日に島倉さんより「その日まで待てない。すぐに声だけでも入れたい」と連絡がありました。それでキー合わせとテンポの確認をするために、アレンジャーの佐久間順平さんに島倉さんの自宅まで行っていただきました。それが10月30日、そして11月5日に島倉さんの体調を考えて、ご自宅のリビングでレコーディングできるように整えました。1回歌うぐらいの体力しかなさそうにみえましたが、3回歌われました。奇跡の歌声でした。
 1回ごとに感情豊かに歌われ、3回目は「もっと自由に好きなように歌います」とおっしゃる姿に、島倉さんの歌に対する情熱を感じました。
 翌日島倉さんからお礼の電話をいただきました。
 「私の部屋の中にスタジオができて、そこで私は出来る限りの声で歌いました。自分の人生の最後に、二度と見られない風景を見せていただきながら歌を入れられるって、こんな幸せはありませんでした。人生の最後に素晴しい時間をありがとうございました」。電話の向こうは、涙声でした。
 最後の最後まで歌に生き、歌を愛するその姿勢はまさに歌の神様でした。
 心よりご冥福をお祈りします。
南こうせつ

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