“燃唱”ファンモン、幸せだらけの10年間

2013年6月2日 21:30

人気ユニット「FUNKY MONKEY BABYS」が2日、東京ドームで解散ライブ。アンコールを含め全25曲を熱唱し、ファンキー加藤は「10年間の音楽生活は幸せだらけでした」と感謝した。

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 2004年元日に結成した3人組グループ「FUNKY MONKEY BABYS」が2日、東京ドームで解散ライブ「おまえ達との道FINAL~in東京ドーム~」を開催し、約10年に及ぶ活動に終止符を打った。

 3人の最後のパフォーマンスをその目に焼きつけるため、1日・2日のラストライブに、合計10万人のベイビーズが集結。「10年間の音楽生活は幸せだらけでした」とファンキー加藤(34)は思いを伝えた。

 メンバーのDJケミカル(31)が、生家の寺を継ぐために僧侶の修行をしなければならず、音楽活動から身を引くことに。残りの2人はグループの存続を選ばず、解散を決めた。音楽史にその名を刻み、NHK紅白歌合戦にも4年連続で出場。3月27日に発売したベストアルバムの出荷枚数も50万枚を突破しており、まさに人気絶頂期の決断だった。

 楽曲「WE ARE FUNKY MONKEY BABYS」で始まったライブは、冒頭からアリーナもスタンドも総立ち。3人は汗を飛ばしながらステージを右へ左へと動き回り、いとおしい楽曲に熱い思いを込めた。1日のライブの最後、鼻血が出てしまったモン吉(34)も元気いっぱいだった。

 ファンキー加藤は「6月2日、泣いても笑ってもラストライブ。5万人の思いを背負いながら、音楽人生をかけて、全身全霊であなたのために、歌いたいと思います。ついてこれるか東京ドーム!ついてこれるか東京ドーム!ついてきてくれるか東京ドーム!」と客席をあおり、盛り上げる。「恋の片道切符」「明日へ」「夢で逢えたら」などアンコールを含め25曲をパフォーマンスした。

 途中、グループの来歴を語る場面もあった。
 ファンキー加藤は「出会ったのは15年前、二十歳前で、モンちゃんは髪の毛が緑、ケミカルはアフロ、オレはスキンヘッドだった」と切り出し、「プロを目指して2004年にグループを組んだけど、苦しくて、つらくて、何度も挫折して、何度も拭いきれない後悔を背負ってやってきました。FUNKY MONKEY BABYSが、最後のチャンスだと思って、あきらめの悪いことが共通していた3人なので、2006年にデビューできました」と回想。
 2008年には「終わりにしようか」という時期もあったが、「そのとき、頑張れと言ってくれたのは、ベイビーズの存在、ベイビーズの笑顔。みなさんに導かれて僕らは今、東京ドームのステージに立つことができました」と感謝を伝えた。
 客席からは「ありがとう」の声が続き、グループとファンの幸せな結びつきを感じさせた。

 アンコールでは、モン吉とDJケミカルもあいさつし、ベイビーズに思いを伝えた。
 モン吉は「10年間、ありがとうございます。けっこう必死で駆け抜けてきました。つらいこともあったし、楽しいこともあったけど、すげぇ早かったね。住職のケミカルを応援してあげて」。
 DJケミカルは「きょうで僕たちとライブで会うことはできないけど、曲はずっと残っていく。ちょっとでも大変なことがあったら、ぜひ聴いてください。僕はきょうのことは一生忘れません。最高でした!」と絶叫。
 
 ファンキー加藤が「きょうは悲しい卒業式じゃなく、それぞれの未来への入学式」「心の中に僕らの音楽を咲かせていてください。そうしたら僕らは永久に不滅ですから」と総括。4時間近いライブを締めくくった。

 最後の曲は「西日と影法師」だった。

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