#215  ドーナツ

(2007/10/15)


 

懐かしい食べものの話。先週のリアルタイムで、有楽町の新スポット「イトシア」を紹介しました。クリスピー・クリーム・ドーナツのお店が登場、こちらのドーナツがスタジオに届けられました。いっぽうすでにリニューアル済みの「プランタン」からは、新しいタイプのドーナツ「焼きドーナツ」もスタジオに。

甘いもの好きな私は、当然のように双方を試食。焼きドーナツは今までのドーナツとは異なり、さっくりとした口当たり。味もあえてこってりではなく淡白系ゆえ、ミルクのたっぷり入ったカフェオレやミルクティーとの相性がよさそうです。一方のクリスピ…はというと、スタンダードな砂糖に浸したものではなく、中にオレンジジュレの入ったものでした。表面の上半分にはチョコがかかっていたので、一見すると甘そうなのですが、中のオレンジジュレが意外に酸味を強くしているためか、実にさわやかな味わい。見た目を裏切ってパクパクいけます。ヒットでした。

放送後。私のまわりでは、「自宅で揚げたドーナツの味」についての会話が弾みました。子供のころに母親が大きな鍋を前に揚げたドーナツの味。結構多くの人が経験あり、でしたね。学校から帰ったときの「台所からの匂いが忘れられない」という人も。さらに!「食パンの耳を揚げて砂糖にまぶしたのもよく食べた」「あったあった」…これは確かにありました。しかし居合わせた誰もが、社会人になってから、あるいは大学に入って実家を離れてから、あの「耳揚げ」を食べていないことが確認されました。「昔はパン屋さんもタダで分けてくれたよね」「今はどうなんだろう」「砂糖はグラニュー糖?」「きな粉もまぶした?」などなど、会話はつきません。私の実家ではグラニュー糖でしたが、確かに20年は遠ざかっている味です。土曜日の昼さがりあたり、どこかのおうちで揚げていたりするものでしょうか。昨今は自宅周辺の住宅街を歩いていても、そんな匂いはとんとかいだことがありません。ううむ。

投稿者 近野宏明


#214  銭湯

(2007/10/10)


 

10月10日はかつて「体育の日」でした。しかしハッピーマンデーで必ずしも10日とは限らず…。キリの良さは無くなりましたね。で、「銭湯の日」です。1010で千十(せん・とお)なんでしょう。

周りで聞いてみますと、銭湯とは縁遠い人も結構います。とりわけ若い女性は、銭湯にほとんど入ったことがないという人も。私はというと、銭湯、大好きです。自宅の近くの銭湯にたまに浸かりに行きますし、会社の帰りや飲食の帰りに、その街の銭湯に入って帰りもします。東京は銭湯の組合(東京都浴場組合)のHPが充実していて、銭湯マップも掲載されています。これを見れば、自分がこれから出かける街のどこに銭湯が有るか一目瞭然。それを頼りに出かけてお湯に入っていると、地元のご近所さん同士の会話も耳に入ってきます。なんだかその街の住民になった気分にも浸れるのです。体にまとわりついた一日の疲れを、サーッと落として電車に乗るのもいいものです。帰宅したらそのままぐっすり就寝できますしね。

私と銭湯のつきあいは、新潟にある母の実家近くの銭湯に始まります。いまネットで検索したところ今は存在しないようです。祖父母や叔父叔母に遊んでもらったあと、夕食前にお湯に向かいます。もちろん家にも内湯はあるのですが、たまにそういうイベントがあるわけです。あれは何ともワクワクしましたね。大きなお風呂はちょっと熱めで、豊富な湯気と独特のざわめきに包まれています。黄色い腰掛けと洗面器。壁いっぱいに描かれた風景。銭湯の基本です。基本といえば、大きなお風呂での作法を教わる場でもありました。ときに叱られながら、祖父や叔父、父から教わった気がします。

ちなみに。東京都内で銭湯を経営している方の出身地をたどっていくと、新潟県が多いといわれています。これは豆腐店も同様。「コツコツとした仕事」「実は肉体的負担が大きい」「朝が早い」などなど、実直で勤勉な県民性でないと務まらないから、と説明されています。なるほど。

しかし銭湯の数は減る一方。この文を書くに当たって「銭湯の日」と入力しようとしたところ、「銭湯の火」と変換されました。そう。街のあちこちで燃えていた銭湯の火も徐々に消えていっているのが実情です。お湯から上がって、タオルを首にかけてグイッと飲むあのコーヒー牛乳の味の良さも、今の子どもたちにはあまり実体験が無いのでしょうか。残念なことです。

投稿者 近野宏明


#213  検定

(2007/10/03)


 

沖縄戦で起きた集団自決に関する教科書の記述で、「日本軍の強制があった」という表現に検定意見が付けられた問題です。先週末に沖縄では大規模な集会が行われ、記述の復活を求める声が一層高まりました。そうした動きを受けて、町村官房長官が記述の訂正・修正の検討を、渡海文部科学大臣に指示。渡海大臣も「沖縄県民の気持ちを受け止め、何が出来るのか検討する」と表明しました。

沖縄で様々な人に取材してきましたが、当地では集団自決に軍の関与があったことは「常識」とされています。自決の命令・強制があったか否かについては裁判にもなっていますが、手榴弾を配布したことなどからも、少なくとも「関与」があったのは否定できないだろうというわけです。戦争の末期に、自分の肉親に手をかける、互いに命を断ち切るという悲惨な出来事が有ったのは事実で、その背景になにがあったのかをぜひ知って欲しいという沖縄世論はひとしお。県議会や市町村議会による再三の抗議決議、そして週末に行われた県民大会の結果、その思いがようやく国に届くのか、という段階に至ったわけです。記述について再考することは当然といえます。

ところでこの問題、何が歴史的事実かという点とは別に、重い問題をはらみます。それは教科書検定のありかたです。私は文部省の担当記者として3回にわたり、検定を取材しました。当時から文部当局は、執筆者側に当局が申し渡す「検定意見」は、「現在の学術研究の状況に照らして」「審議会での審議による」といい続けてきました。つまり、記述の当否を判断する主体は文部省ではなく、客観的な専門家・研究者である、というわけです。検定の客観性・独立性は100%担保されているという理屈ですね(実質はそう言い切れませんが)。しかし今回のケースでは、集団自決に関する記述への意見は、文部科学省の教科調査官が原案を作り、審議会では議論のないままお墨付きを与えていたことがわかりました。実質的に文部科学省が主導したということになります。審議会の形骸化は否めません。検定段階での行政の介入、政治的介入の余地が否定できず、検定の客観性を疑わせることになります。

さらに、「沖縄の気持ちを汲み取る」というかたちで、今になって記述の修正を閣僚が言い出したわけですが、この一声で記述が実際に変わるというのも、諸刃の剣という側面を持ち合わせています。なぜなら、「県民が望むから」という理由でなくとも、教科書の記述に政治が介入する恐れもあるやりかただからです。同じやりかたで「県民が望まない」変更もあり得る、ということにつながりかねません。となると文部科学省が繰り返し主張してきた教科書検定の「客観性」「独立性」とはいったい何だったのか、ということになってしまいます。

実際には、教科書会社も営利企業である以上、検定が控えているとなれば一定の「自主規制」をしながら、あるいは政治的状況に配慮しながら執筆編集しているのが現状。ならば執筆の時点では政治的な影響から完全に自由に書けること、あるいは検定意見を付ける段階では政治的な影響を完全に排除すること、それらを実現するのが本来の解決策だと思うのです。

投稿者 近野宏明


#212  境目

(2007/10/01)


 

季節の境目。日曜日の東京は冬の始まりのような寒さでした。日付が変わってから気温は下がり、日中は終始16度程度。街を歩くと様々な格好の人たちが行き交います。薄手のコートを羽織っている人もいれば、夏を引きずってTシャツ1枚の人も。さすがにTシャツ一枚はどうでしょう。風邪をひいていないといいのですが。

これほどまでに季節の統一感が無い光景も珍しいと言えそうです。私は、シャツにサマーセーターを重ねていたのですが。日照も無く、ずっと雨が強弱を繰り返していたので、肌寒い一日でした。そのせいか、表参道の新潟県のアンテナショップ前では、テントの下に設置した即席の「足湯」が賑わっておりました。温泉のお湯を使っているようで。「真夏日」には不向きなコーナーですが、きのうのような季節の境目であればばっちりですね。

070929 坂道1.jpg ということで、きょうの写真は「さかいめ」にちなんで「さか」の写真です。山手線の内側。台地と低地の境目をつなぐ坂道。鬱蒼とした森と長いコンクリート塀の間に急な坂道が続いています。とても小さな犬が散歩に歩いていましたが、体が小さく足が短いぶん、この境目を登るのは難儀なようすに見受けられました。

ところで放送の世界でも、きのう・きょうは大事な境目です。9月最終週はいわゆる「期末」。多くの番組が最終回を迎え、報道局から去っていく方も居ました。淋しいですね。いっぽう10月第1週は下半期・10月期の「期首」。新しい番組が始まり、続く番組もリニューアルされることが多いですね。とりわけことしはカレンダーが10月1日=月曜日となりましたから、リフレッシュ感が強い気がします。我らが『リアルタイム』はエンタメコーナーの進行役が交代します。今週からは伊藤綾子さんに。フレッシュな顔が新たに加わった当番組に、引き続きのご愛顧をお願い申し上げます。末筆ながら境目のごあいさつでした。

投稿者 近野宏明


#211  名月

(2007/09/26)


 

070925 中秋の名月.jpg きのう25日は「中秋の名月」でした。木原さんのお天気コーナーで、どんな様子か生の映像を放送したのですが。これがそのときの名月。スタジオの中で、モニターを通じてまんまるの月が目に入ったとき、ひとつの歌が浮かびました。「秋風に たなびく雲の絶え間より もれいずる月の かげのさやけさ」…どうでしょう。まさにそのまま、ではないでしょうか。画面の左から右に向けて、もやっとした雲の影が流れていきます。すると、いにしえの人々が「餅をつく兎」と見立てた月面の文様がくっきりと、冴え冴えと画面に拡がりました。

月の時期というと、昨今は「ハンバーガー」のCMで「そうそう、そういう時期だ」と思い出したりする私。自然の風情や情緒とは程遠い想起のしかたとしか言いようがありません。当然、自宅でも「月見団子」や「すすき」などは用意しておりません。皆さまのお宅ではいかがでしょうか。

昨晩は、仕事のあと会合に向かう際にタクシーに乗ったのですが、その運転手さんが「庭月野(にわつきの)」さん。まさに中秋の名月にふさわしい苗字です。鹿児島に同じ名の集落があるそうで、そこは全世帯が「庭月野」姓とのこと。風雅な響きと字面ですが、平家の落人がその祖と聞くと何か重い物語もあるのかなと思います。

この時期はまだ夏の名残も残っていて、月を見るという行為にそれほどの寂寥は感じないのですが、これからは秋の寂しさが増してきます。「月見れば 千々にものこそ悲しけれ 我が身ひとつの秋にはあらねど」という歌など、その境地がストレートに表現されていますからね。いずれにせよ、心を鎮めて眺める月の時季。皆さまその影になにを想いますか。

投稿者 近野宏明