#126 訓練

(2007/01/31)


 

 先日、目黒区の五本木小学校にお邪魔しました。なんでも、日本初の「子供用防災ヘルメット」が全校児童を対象に導入されている学校だそうで、それを着用しての避難訓練が初めて行われるということ。「防災士」の資格を持つ私としては興味津々です。しかも、この小学校は安全教育に特に力を入れていて、平成17年度は文部科学省の「地域ぐるみ学校安全体制整備推進事業モデル校」、そして今年度と来年度は目黒区教委の研究開発指定校として「安全教育」の研究開発を行っています。防犯、防災、地域の安全、生活安全などなど、昨今急速に意識の高まる「子どもたちの安全」についても、有意義なお話が伺えるのでは、という思いで門をくぐりました。…ちなみにその校門も、カメラ付きインターホンで確認後に解錠、というしくみです。

 校長先生から、これまでの取り組みや、現下の課題など、興味深い話をあれこれ伺っていると、訓練開始のときがやってきました。いよいよだ、とグラウンドに出る直前、思いがけないことをお願いされました。「そうだ近野さん、防災士の資格をお持ちなんですから、訓練後の講評をお願いできますか?」と。これにはびっくり。ほんの1時間ほどまえに初めてお邪魔した学校で、まさか全校児童を前に話をするなんて…。しかし朗らかで溌剌とした校長先生はヘルメットをかぶり、きびきびとグラウンドに出ていってしまいます。話は決まってしまいました。

070130_避難訓練.jpg全校あわせて10クラス。私たちの時代とはまさに「隔世の感」と思える小さな小学校の元気な子どもたちは、校内放送・サイレンと同時に、殆どおしゃべりをすることもなく、粛々と整然と、グラウンドに集合しました。もちろん、黄色い防災ヘルメットをかぶって。やはり継続的に「安全教育」に取り組んできた学校だからでしょう、ふざけている子は見あたりません。褒めることなら沢山あります。お陰で、講評するのは非常に簡単でした。

 子どもたちが熱心に聞いてくれるので、もう少ししゃべってもいいかなと思い、一つお願いをしました。「みんなが夜お布団を敷くところ、ベッドの有るところを思い浮かべてください。大地震のときに、布団やベッドの上に倒れてきそうな家具はないですか?お家の人と確認して、できるだけ家具を別の場所にしたり、倒れないよう固定したり、お願いしますね」…子どもたちは社会の宝です。大勢の子どもたちを目の前にすると、心から、命のかけがえの無さを実感しますね。ことは災害に限りません。私たちおとなのやるべきことは沢山あるなあと考えています。五本木小学校の皆さん、どうもありがとうございました。

投稿者 近野宏明


#125  継続

(2007/01/29)


 

 外食が多い日々。自分の食べたい、美味しいものばかりを食べていると絶対身体には良くありません。これは必然です。ゆえに、現代人は動物的本能とは別の、意識的・継続的な運動を課せられるわけですね。…こういう私の「運動観」自体が、運動を楽しむ人の発想ではありませんね。いかにも「食べすぎたぶんの帳尻を合わせるための(いやいやの)運動」という感覚です。

 なんにせよ、運動しないことには帳尻合わせができないので、たまに泳ぎに出かけます。ジムのプールでひたすら行ったり来たり。この週末にも行ってきました。週1回でも「継続」と自分に言い聞かせつつ。プールサイドで顔なじみの女性インストラクターに挨拶すると、「近野さんやっぱりテレビって横幅が拡がって見えますよね」。「実際見るとやっぱりだいぶ痩せたなあって分かりますけど」と嬉しいひとこと。褒められると照れるのが私の心性なので、「いや、でもこの部分のお肉は落ちません…」と切り返し。照れ笑い交じりに自分のウエストの斜め後ろ部分をちょいとつまむと、彼女は「ううん…なかなかねえ、あはははは♪」と明るく笑っていました。明るく笑うしか無いのでしょう。いらないコトを言って気を遣わせてしまったことを反省しつつ、黙々と泳ぐ私でした。小西キャスターは「水着姿をこのページにUPしたら」と話していますが、勘弁してください。

最近は私の周囲で「走る」ひとが多いことに気付きました。仕事帰りに、お休みに。山本真純キャスターをはじめ、報道フロアにも継続的なランナーが結構いるのです。冒頭に書いたとおりの運動観を持っている私でも、彼女たちの話を聞くと、走ることの気持ちよさに憧れを抱きます。先週の木曜・金曜などは、帰宅したらきょうは走ろうかな…とかなり真剣に思ったぐらい。でも1回走っただけでは自分の継続性が疑われるので、誰に報告するにしても3回走ったあとに、ということにします。

いっぽう意外に継続しているのは「書くこと」。ちょっと1回当たりの分量が多すぎでは?と思いつつ今回で125回。この稿、どのぐらいの方が読んで下さっているんでしょうか。メッセージの書き込みも可能にしたら、どんな読者の方々がどんな風に読んでくださるのか分かろうものですが。そして「乗りもノート」も、2か月余りではや30回。こちらはネタを提供・報告してくださる方が局内外に増えてきました。いずれも当面は継続できそうです。引き続きのご愛顧をお願いします。

投稿者 近野宏明


#124  役得

(2007/01/26)


 

 リアルタイムのコメンテーター、田宮栄一さんがよくおっしゃる言葉に「役損」があります。もちろん辞書には無いことばです。「役得」の対義語というべき位置づけ、でしょう。議員特権、役員の特権、特定の職にまつわる特権…世に溢れる「役得」。それを享受しうる立場に就いたなら、むしろいかに損をするかを考えるべきだという教訓です。警視庁で責任ある立場につき、退職後は民間企業で役員を務めた田宮さん。ひとが「役得」に溺れるとどうなるか、つぶさにご覧になってきた経験を踏まえての造語、なのでしょう。

070126_机上の本.jpg田宮さんの足元にも及ばぬ人生経験しかない私でも、こういう仕事をしていると「役得」めいたものは無いと言い切れません。その最たるものが「書籍」かもしれません。報道という仕事柄、過去に取材した方から近刊が送られてきたり、まったくご縁の無い方や出版社から「ご高覧を」という添え書きと共に、放送の参考になる資料や雑誌が送られてきたり。きょうの写真は、いま机上に積んであるそうした書籍です。

 本が大好きな私にとって、これはありがたいこと。自分が書店で物色していたものがたまたま送られてきても嬉しいですが、一般書店ではお目にかからないマニアックな書物ですと、これまた嬉しい。やはり自分の興味の無い本はあまり買いませんから、中にはこちらの趣味嗜好に合致しないものもあります。けれど、読んでみると思いがけず面白くて為になるときもある、これは最高に嬉しいパターンですね。
 こういう「役得」は、田宮さんが心して排除すべきだとお考えの「役得」、に含まれるのでしょうか。田宮さんのお叱りを受けないよう、自分の糧にして仕事に活かしてまいります。

ところで写真にちらりと写っているのは…CGで加工した「近野いまいち」君の写真です。何回か「リアルタイム」でもご紹介したお馴染みのキャラ。「この顔を見ると和む~」という(少数)意見もありましたので、机のマットに挟んで折ります。何度眺めても、彼は「役得」をむさぼるタイプには見えませんね。

投稿者 近野宏明


#123  いけばなのみち

(2007/01/24)


 

先日、いけばな小原流の本部にお邪魔しました。当サイトでも「今週の挿花」というコーナーでお馴染み。「リアルタイム」のスタジオセットは小原流の皆さんによるお花が常にあしらわれています。週に2回、放送の無い時間帯にたくさんの花をお持ちくださって、活けて頂きます。

070122 小原流にて①.JPG今回は年始ということで、本部と、東京支部にお邪魔しました。表参道の「小原流」ビル、地下の飲食店には入ったことがあったのですが、フロアに足を踏み入れるのは初めてです。花鳥風月とは縁遠い生活をしている私にとっては、お花の世界は未知の領域。さらにその道を究めている大勢の先生方もいらっしゃると思うと、番組本番より緊張してしまいます。…あにはからんや、和やかな雰囲気で楽しいばかりのオフィスでした。杞憂でした。

070122 小原流にて②.JPG広い教室では、ずらりとならんだ器を前に、大勢の方が花をいけていました。伺うとこの日は「研究会」。事前にどういう花材を使うかを示し(つまり課題の事前提示ですね)、それぞれが練習を重ねて、この会に臨むそうです。検定会みたいなものでしょうか。意外に十分な準備期間があるのだな…とつい思ってしまった私。しかし花材そのものの寸法や、かたち、自分に与えられた花の活きの良さ、といった様々な不確定要素が必然的に伴います。それを織り込んでどう表現するかが試されるということ。はぁ…なるほど。確かに同じ花材であっても、一つずつが生き物ですからね。その個性をどうつかんで、どう魅力的に仕上げるか、たしかにクリエイティブな営みです。

 スタジオの挿花は、「ん?これは?」と考える花材が使われることも少なくありません。見たこともない形の大きな実や、天然色なのか色つけしたものなのか判然としないような色の枝葉など、自分の知っている草木や花実がいかに乏しいかを思い知らされます。裏返せば、そうした知識があると、都会のちょっとした土の上にも楽しみを見いだせるわけです。いけばなのみちを究めるのは決してやさしくはありませんが、それだけ日頃の生活や精神が豊かになることは、容易に想像できますね。

投稿者 近野宏明


#122  本物

(2007/01/22)


 

070120_歌舞伎座玄関.jpg歌舞伎が好きな私であります。しかし、4時間~5時間にも及ぶ客席での時間を、100%全力で鑑賞しているかといえば、そうでもありません。やっぱり緩急、と言いましょうか、見る側にもありますよね。通常、歌舞伎の公演では3つないし4つの演目が上演されますが、だいたい1つは「舞踊」です。この、舞踊で気持ちよくなってウトウトすることがよくあります。眠っちゃ失礼だと思いつつ。でも、以前にある役者さんが言っていた、「眠くなったら寝てもいいんです」と話していましたので、それを錦の御旗とばかりの行動(狼藉か)であります。

 この週末も歌舞伎座で新春歌舞伎を見てきました。4つの演目のうち、2つが舞踊でした。とりわけ3つめの「春興鏡獅子」はおよそ1時間に及ぶもの。普段の私なら、最初の15分ほどでいい心持ちになって、夢の世界に旅立つ可能性が高いところ。しかし、この演目は中村勘三郎丈が演じます。一月の夜の部本公演で、勘三郎が登場するのはこれだけ。自ずと客席も緊張と期待が昂進します。で、実際に勘三郎が舞台へ現れると、もう寝ちゃいられなくなるのです。

070120_歌舞伎座前で.jpg鑑賞眼を持っている、あるいは舞踊の経験がある人には、一つ一つの所作にも意味を見いだせます。私は生憎その域に達していませんので、その都度真っ新(まっさら)な見方しかできません。でもやはり名人の本物は伝わってきます。もちろん名人・名跡は勘三郎丈だけではなく、あらゆる役者さんも同様です。しかし私の感性に訴えかける強さは勘三郎丈にはかなわないなあと、改めて思うのです。でも幕が引かれて会場にざわめきが戻ると、観客はみんな同じような表情。一種の恍惚感を覚えているようです。何のことはない、別に私にフィットしているのではなく、遍くどの観客にもインパクトを与えているわけですね。それがつまり、「本物」の本物たる所以なのでしょう。

投稿者 近野宏明


#121 善意のありかた

(2007/01/19)


 

 水曜日に続いて、震災について考えます。17日の「リアルタイム」では、事前の震災対策ではなく、発災後の救援についてお伝えしました。新潟中越地震の際には、膨大な義援物資が送られてきて、整理や配布が追いつかなくなりました。物資の整理と分類、配布には相当なマンパワーと時間を必要とします。時間の経過と共に被災地が必要とするものも変わっていきます。そのため、発送したときには必要だったのに、配布が可能になった時にはもう不要、という場合もあるのです。善意を的確な時期に、適切なかたちに現すには、ちょっとした気遣いも必要だということですね。

 非常に残念な話ですが、明らかに発送元で不要になったと思しきものが送られてきた例もあったそうです。食品や古着はまだしも、被災地には全く不要なものまで。つまりはごみの一歩手前といったものです。こうなるともはや、被災地の復旧活動の妨げとしか言いようがありません。

 私たちは、報道に携わる者として、いつ起きてもおかしくない地震対策には力を入れています。万一の際に、自分で責任をもって的確な放送ができるよう、勉強を続けています。私が去年「防災士」の資格を取得したのもそのためです。
 その勉強の中で、なるほどと思ったことも幾つかあります。どうしてもものを送るとなったときには、出来るだけ同じ規格の箱で送るのが望ましいということもその一つ。(全国からの荷箱を統一するには、まだハードルがありますが)。箱の大きさや形がバラバラだと、積み上げるのも困難になります。同じサイズの箱であれば、例えば廊下に箱を積み上げるにしても、整理が行き届き、崩れる心配も軽減します。さらに、箱には内容物の詳細をきっちり明記することも大切。いちいち開けて確認する手間が省けます。

 今回小西キャスターが紹介した通り、今後の大規模災害では、一般からの救援物資送付に、一定のガイドラインが適用されることが増えそうです。また、様々な対応に忙殺される被害の中心地ではなく、被害の少ない周辺の自治体が、救援物資の受け入れと仕分けを行う、というアイディアもあるようです。いずれにしても、一刻を争って送るよりも、受け取る側の事情をよく調べてから送ること。せっかくの善意をムダにしないよう、ちょっとだけ気を付けることが求められます。

投稿者 近野宏明


#120 あれから12年

(2007/01/17)


 

 阪神淡路大震災からきょうで12年です。6400人あまりの犠牲者の霊を慰める式典がことしも行われました。改めて、亡くなった方々のご冥福をお祈り申し上げます。

 震災のとき、私は卒業を控えた大学4年生でした。卒論もメドがついたころ。日本テレビへの就職も決まっていて、新しい住まいに引越した翌日だったと思います。朝、テレビをつけて飛び込んできたのが、神戸の空撮映像。中層階が潰れてしまった市役所のようすです。一瞬、どこか海外での大地震かと思い、それが神戸と知って戦慄が走りました。
 神戸には高校の同級生も何人かいます。安否を知ろうにも引っ越し直後で電話はまだ繋いでおらず、駅前の公衆電話に走って何度もダイヤルしたのです。ようやく無事を確認し、先方の希望するところに無事の伝言をしたのが、本当についこの間のことのようです。

 発災から2週間ほど経って、その春から会社の同期となる友人から連絡がありました。「近ちゃん、報道の仕事を希望するなら、神戸の現状を知っておくといい」という電話です。彼は神戸大学の学生。水道と電気がようやく復旧したアパートを拠点に、ボランティアをしに来てはどうかという申し出でした。もう一人の同期(となる友人)と一緒に、アパートにお邪魔して寝泊まりし、灘区役所でボランティア登録をして活動しました。

 避難所を巡って独居のお年寄りに声をかける。話し相手になり、困っていることが無いか聞く。すぐに解決できることなら、そのまま解決に動く。という内容です。グチャグチャに倒れた室内の家具をもとの位置に戻したり、手の届かないがれきの下にある貴重品を取り出したり。決して特殊な技能を必要とする作業でなくても、若い男手がないと出来ないことが意外に多いのです。そんなときは特に、役に立ててよかったと心の底から感じました。

 声をかけても沈んだ表情に全く変化を見せず、ぽつんと座って塞いだままの方たちも大勢いらっしゃいました。自分の祖父母と同年代のおじいちゃん、おばあちゃんです。老境に及んでなぜこんな酷い仕打ちを・・・と思うと、私もかけるべき言葉を失いました。あの方たちはその後の12年をどう過ごされているのでしょうか。

 ボランティアを通じて、うち解けた仲間や被災者の方たちには、自分が春からテレビの仕事に就くこと、とりわけ報道に携わるのを希望していることを話しました。そのうえで、震災に関するテレビ報道について、要望や意見を伺いました。被災地のニーズには応えられなかった部分が沢山あることが、実体験を通じてひしひしと伝わってきます。皆さんの思いを書き付けたシステム手帳のページはあっという間にいっぱいになりました。そのメモはずっと手帳のファイルから外していません。「報道の仕事に就くことができたら、私たちの言ったこと忘れないで頑張ってよ」と、被災地の皆さんに励まされてしまい、今思い出しても身が引き締まるばかりです。

 取材者として、伝え手として、テレビ報道が最も必要とされるときにどれだけの放送を送り出せるか。私にとってその原点となったのが、神戸での体験でした。大災害・防災に関する勉強は、今も続けています。12年前に神戸・灘で出会った、お名前を伺うこともできなかった大勢の皆さんに、この場を借りてご報告申し上げます。

投稿者 近野宏明


#119 読了日記023 『教育改革のゆくえ』

(2007/01/15)


 

 ことし、社会全体で考える課題の一つが「教育」であることに異論を挟む方はそう多くないと思います。かつて文部省担当記者だった者としても、思うところがあります。年末年始も改めて関係の書籍を読みかえしました。

・藤田英典 『教育改革のゆくえ』 (岩波ブックレット)

薄い装丁と裏腹に、提起されている問題は重く、大きい。一言で言えば、改革のための改革は悪影響をもたらす恐れがある。やらない方がましかもしれないということ。下手をすれば歪みを生じ、「実害を伴う」とまで言い切っている。
 また著者は、ここ四半世紀の教育改革は、日本の教育が元来持っていた美点を損なう改悪にすぎなかったとして、「改革市場主義と新保守主義(国家主義)・新自由主義(市場的競争原理主義)による『二周遅れの歪んだ改革』」だと特徴づけてもいる。イギリスに範をとった現下の改革を「政治主導の改革になじみやすく、自分たちの主導性をアピールするのに好都合」だから、と喝破。制度の改革よりも教育の充実と改善をすべきだと主張する。
 
現在の学習指導要領が固まった時期のこと。私は担当記者として、その可能性と問題点を1本の番組にして問いました。題材としたのは新設の「総合的な学習」なる時間。うまくいけば意義ある試みとなる反面、よほどの手当てを施さない限り公立学校で所期の成果を上げるのは不可能、という指摘をしたつもりです。しかし結果は皆さんご存知の通り。案の定、総合的な学習は画餅に帰してしまいました。
正直なところ、「総合的な学習」という理想そのものが間違いだとは今でも考えていません。でも当時、文部省指定のいわゆるモデル校にあっても、人員的・予算的な問題を指摘する声がきかれたのです。しかし「モデル」から文部省が問題点をどこまで忖度したのか。さらには「学力低下」問題、俗に言う公私立間の格差拡大の懸念、保護者が求めるニーズとの乖離…。誰でも思い至る問題点に有効な手を打たないまま、あっさり迎えてしまった瓦解。混乱の中、教員や学校への信頼低下は、懐紙に染みこむ薄墨のように、うっすらと、確実に進行していきました。
こうなると、確かに「何もしないほうが良かったのかも」と思う向きが出るのにも無理はありません。もっとも藤田氏は10年以上前から一貫してその懸念を表明していたわけですが。

教育行政の正解はもちろん一つではありません。しかしこれ以上の混乱を避けねばならないのも当然のこと。学校がギスギスした競い合いや猜疑の渦中にあることは、決して子どもたち・保護者にとって望ましいことではありません。すべてを一挙に解決する手だては容易に見つからないもの。今後も番組を通じて、処方箋を探っていこうと思っています。

投稿者 近野宏明


#118  夢、のつづき

(2007/01/12)


 

 月曜日(1月8日)の本欄で、「夢」とともに生きる後半生について書きました。その後ひとつ思い出したことが。

 私が大学生のころ。日本史のクラスには年の離れた同級生がいました。Mさんという方です。当時すでに70代も半ばだったように思います。我々の祖父の世代にあたります。年齢相応の小柄な体格、でもいつもきちんとした姿勢で授業に臨んでいたことが強く印象に残っています。なぜ覚えているかといえば、Mさんはつねに教壇近くの最前列に座っていたから。耳が少々遠くなっていたようで、初めてお目にかかった時、すでに補聴器を使用していました。

 50以上の年の差を超えて会話をするようになり、どんな人生を歩んでこられたかを知ります。たしか1940年に早稲田を卒業後、財閥系の企業に入社し定年まで勤めあげたと記憶しています。当然、悠々自適の生活だったのでしょう。しかし勉学に励む気持ちは褪せること無し。古稀をこえて大学の門を再び叩き、聴講生となったようでした。日本の高度成長を支えた世代です。企業戦士だったはずですが、そんなとげとげしさはまるで有りません。穏やかなお人柄とリベラルなお考えの持ち主だとすぐわかりました。

 私たちのクラスは近現代史の専攻でしたから、Mさんの少年期・青年期もその時期に含まれます。あるとき、うっすらと黄ばんだ1枚の紙をMさんが教室に持参しました。終戦間際にアメリカ軍が撒いた宣伝ビラです。Mさんがそれを拾ったのは、終戦間際の出勤途中、東京・丸の内でのことでした。菊の御紋の下に日本語の呼びかけ。つまりは、日本に勝ち目はない、もはや降伏して新しい社会をつくるべきだ…という内容。想像したよりも穏健な文体でした。軍需にも深く関わる仕事先ゆえ、戦況悪化はある程度覚悟の上、しかし上空を舞う飛行機とそのビラに、Mさんは敗戦を確信したそうです。

 私はMさんと年賀状のやりとりを続けていました。しかしある年届いた年賀状には、「文字をしたためるのが困難になってきました」としたためてありました。書状のやりとりはこれで失礼したいという申し出。いつも穏やかで控えめな人柄は、そんなところにも現れていました。ご健在なら90歳近くになっておられるはずですが…。

 学ぶことに終わりはないと、Mさんは我々に黙って示していました。Mさんは必要以上に強調されませんでしたが、青春時代を、あるいは若き日の夢を、戦争によって妨げられた、それを取り戻す老境だったのかもしれません。最前列で熱心に講義に耳を傾けていたのは、耳が遠くなったからという理由だけではない。いまになってMさんの真っ直ぐな背中を思い出し、その心中を察しています。

投稿者 近野宏明


#117  ことしの初芝居

(2007/01/10)


 

070107_浅草公会堂.jpgことしの「初芝居」…もちろん鑑賞ですが、新春浅草歌舞伎でした。先日の3連休(私は土日だけですが)に浅草公会堂へ。この日はまだ松の内、しかも「着物で歌舞伎の日」。8割方、あるいはそれ以上のお客さんが和装です。無料での着付けサービスも行われていました。「お年玉」と銘打って舞台上から挨拶された片岡愛之助丈も、客席を見回して「緊張しますねぇ」と一言。後ろから見ても壮観ですから、舞台上から一人で対峙したら、むべなるかな。私も着物で出かけようか迷ったのですが、結局洋服で。しかし見渡すと男性も殆どが和服姿。ここまで多いとちょっと後悔の念が頭をもたげます。

 ところで、観劇にはちょっと早く着いたので、近くのコーヒー店に入った私。コーヒーを受け取ったまでは良かったものの、座る席がない!…と見回せば、「ニュースを担当されている方ですよね」と声を掛けられました。横一列に座っている方すべてがにこやかに。空けて頂いた席に座って、隣席の男性とおしゃべりしながら熱いコーヒーを啜ります。

070107_雷門.jpg初詣ですかと伺いますと、奥さまと近くの「待乳山聖天」で行われている「大根祭り」に足を運ばれたそうです。供物の大根がふろふき大根にして振る舞われるようで、寒い時期にはいいお祭りですね。ところでこの方、普段は「リアルタイム」もよくご覧になるとの由。テレビニュースをどんな風にご覧になっているのか、聞かせて頂きました。私が記者出身と知って、取材現場や制作現場まで慮って頂いて。番組への温かいご注文も。

 こういうあったかい雰囲気は、やっぱり下町の空気によるところでしょうか。上野や浅草などでは、声を掛けられる回数が如実に増えますね。「お休みにも声をかけられて、大変ですねえ」なんて労われたりしますが、いやいやそれも普段からご覧頂いているからこそ。きょうも皆々様の御視聴、ありがとうございます。
 

投稿者 近野宏明


#116  夢と大往生

(2007/01/08)


 

 「夢」を抱き続けて生涯を終えること。ひとはどれだけの夢を抱いて人生を終えるのか。不運にも夭逝した場合には、果たせぬ夢をいくつも抱えてということが殆どでしょう。いっぽうで天寿を全うした場合は?…そんな疑問に夢のある答えを示した経済人が亡くなりました。日清食品創業者の安藤百福氏です。明治生まれの享年96。世界の食文化に大きな影響を与えての大往生でした。我々報道に関わる者も、よくお世話になる食べ物が即席めん。泊まり勤務や厳寒の事故現場などで、熱々のめんに救われることが何度もありました。

070108 鹿児島市電チキンラーメン.jpg安藤氏が亡くなったのは先週5日。正月2日には幹部社員と大好きなゴルフを楽しみ(!)、前日には新年の訓辞を行っていたそうです。亡くなる直前まで仕事をしていた氏が「チキンラーメン」を開発したのは48歳のとき。「カップヌードル」の登場は1971年、安藤氏はすでに還暦を超えていました(意外に新しい商品なんですね)。つまり「安藤氏といえば即席めん」という公式は、一世紀近い人生ではむしろ後半生のこと。安藤氏にとっての戦前・戦中は、成功と富、挫折と苦境が怒濤のように訪れる、毀誉褒貶に富んだ時期だったようです。

その安藤氏の晩年の大きな「夢」が宇宙食。「スペースラム」なる宇宙食ラーメンの発表会は05年の夏に行わました。会場は池田市の「インスタントラーメン発明記念館」。安藤氏の夢の結晶たる建物です。取材に行くと、会見には安藤氏も登場。立志伝中の人物を目の当たりにできるのはこの仕事の特権です。美味しそうに試食すると、安藤氏はさかんに「夢」という言葉を繰り返し、我々に向かってにっこりほほえみました。「この年になると自分の仕事に感動することは少ない。だけどきょうは(大勢の記者が)絶対来てくれると。感動した。この雰囲気がありがたい」と我々に語った安藤氏はこのとき95歳。夢を叶えたたしかな自得が伺えます。こんな率直なことばにも、人生がにじむものですね。

こんなご時世だからこそ、「夢」のもつ力を信じたくなるもの。後半生にどんな夢を追い続けられるか。誰の目にも紛うことのない、見事な道しるべを示しての大往生と言えましょう。

*写真は鹿児島市電の「チキンラーメン電車」(06年9月撮影)。長崎などにも同様のラッピング電車があるようです。

投稿者 近野宏明


#115  増量

(2007/01/04)


 

 明けましておめでとうございます。多くの方がきょう4日に仕事始めを…という書き出しにするはずでした。しかしけさの電車はまだまだ空いています。いわゆる「ピーク」の時間帯ですが苦もなく腰掛けることが出来、お陰で読書が捗りました。駅のコンコースもスムースに移動。エスカレーターを先頭にした人だかりもすぐに解消。ちょっと人が少ないだけでこんなにもストレスが減るのかと思った次第です。毎日このぐらいだと良いんですが。

070104_笛吹さんとひげ.jpg皆さま2007年の正月はどのようにお過ごしになったでしょうか。私はと言うと、海外への出張!という話もあったのですが、結局お流れ。そのため、まるまる6日間、何も予定無し。「食べて、読んで、寝る」…この繰り返しでありました。その結果、当然の如く体重は増えるわけであります。そりゃそうだ。きのう計量したところ、きっちり増量。その嵩は1.5kg。…むしろよくこれで済んだという気もいたします。

 「食べて、読んで、寝る」という自堕落な時間の合間には、「初詣」や「買い物」だの「形ばかりのウォーキング」だのが含まれます。しかしとても運動量の帳尻が合わないので、きのうはジムが開くのを待って、泳いできました。これが思いがけず快調で、何の苦もなく休み無く1㎞泳いだのです。これでOK!しかし帰ると結局飲み食いしてしまい、運動分は帳消しです。去年の最終日、一部地域の放送で「07年の個人的な目標」を披露しました。私の「体型維持」という目標は早くも揺らいでおります。反面、読書はなかなかいい調子。6日間の休みに10冊近く読むことができました。そちらはこのページで随時紹介して参ります。

070104 ひげ&小西さん.jpg 隣席の笛吹さん・小西さんもリフレッシュして元気に出動。放送時間の「増量」は難しいところがありますが、中身の「増量」は図ります。ことしも『リアルタイム』を宜しくお願い申し上げます。

 ちなみに。この5日ほどシェービングをほどほどに過ごしていたので私の顔はこんなことになっております。髭は増量です。この年始に、街のどこかで「近野によく似た髭の男」を見かけた方、それはたぶん、私です。けさ出勤したところ「お試しでそのままOAに出たら?」「ちょいワルニュースはどうだ?」という声もちらほら。しかしねえ…。小西さんのススメもあって写真はUPいたしました。これから全部剃ります。これだけ剃り落としたら体重はいくぶん「減量」できるかも…と淡い期待を抱いております。つくづくどうしようもありません。大丈夫か、「体型維持」。

投稿者 近野宏明