#114  準備

(2006/12/29)


 

 年の瀬です。クリスマスという言葉が払拭できないうちに新年は間近。スーパーの催事コーナーもすっかり注連縄とかお飾りが占拠していますね。正月準備を急ぐよう、なんだか催促されている気分になります。

061221_鏡餅.jpg先日、ある元・政治家の事務所に徒歩で向かう途中、こんな光景に出くわしました。鏡餅です。大きい方から小さい方へ整列っ!あたかもマトリョーシカ(=人形の中にまた人形…というロシアの、あれです)のように、一回りずつ違うサイズが歩道に勢揃いです。最大のものは「尺」というサイズ。値段はというと、34000円。結構なお値段です。しかしここは和菓子の老舗。しかも「宮内庁御用達」という情報も。そういうお店が作る鏡餅ですからねえ。「餅は餅屋」って言いますし。最上級の鏡餅です。

 余談ですが、「餅は餅屋」という諺を関西弁だと思っていた知人がいます。「餅は餅や」、そりゃそうだ。…そしたら清水義範さんの著書でも同じように「餅は餅や」とパスティーシュしていて、そうかあいつは清水さんと同等のハイレベルな言葉遊びをしていたのかと…。違いますね。単なる勘違いでしょう。

 私の実家では、鏡開きの定番は「おかき」作り。「かきもち」とも言いましたっけ。乾燥してヒビの入り始めた大きな鏡餅を木槌で割って、油でカラっと揚げます。一口サイズに塩をひと振り、できあがり。サクサクと香ばしい冬の味でした。今ふうの鏡餅は、プラスチックの型の中にパック詰めの丸餅が入っていたりして、「割る」ことができません。あれは何とも空しい。古くからの「おかき」にはどうにもつながらない「工業製品」っぽいものですね。写真の鏡餅はその意味でも、由緒正しい正統派と言えましょう。

061226_迎春の看板.jpgいっぽうこちらは「迎春」の看板。日テレの隣、汐留シティセンタービルの入り口です。この看板、少なくとも26日には掲げられていました。クリスマスの翌日ですよ。びっくり。そこまで切り替えが早まっているとは…。よく言われる「クリスマスを祝い、除夜の鐘が響くお寺へ、そして神社へ初詣」という日本の年末年始、いっそうシームレスになっている感を強くしています。

 次回は新年に更新の予定です。皆さまどうぞよいお年をお迎え下さい。私はこれから年賀状を書きます…。来年も『リアルタイム』をご贔屓に、そして『リアルコンノ』のご愛読、どちらも引き続き宜しくお願い申し上げます。

投稿者 近野宏明


#113  季節もの

(2006/12/27)


 

 ちょっと時季を逸しましたが、クリスマスものをもう一つ。近年の映画でのお気に入りの一本。『ラブ・アクチュアリー』(03年、英・米)について。ご覧になった方も多いかと思いますが、クリスマス直前のロンドンが舞台。19人の男女が織りなす9通りの愛のかたちを巧みに1つに練り上げた群像劇です。

061225_ラブ・アクチュアリー.jpg肝心の部分はリアリティを失わないうえ、登場人物同士の横のつながりも自然に設定。ともすればちぐはぐになりがちなオムニバス形式が継ぎ目無くつながっていきます。(←「アンサンブル形式」という表現も。なるほど。)そしてクリスマスの夜に9通りの愛は…。クスッと笑える、キュンとする、ホッとする。大上段に構えたところのない、日常の愛が程良い感じで描かれているのです。これはなかなか出来ないですよ。最近の「感動作」がどうしても「映画的不自然さ」「映画的高邁さ」「映画的押しつけ感動」が鼻につくもので…。

 良いシーンがたくさんあるのですが。映画の終盤、学校で行われるクリスマスイベントで、少女がマライア・キャリーの「All I Want for Christmas Is You」をソロで歌い出します。その上手さ。ワケありのキャストも思わずその歌声に呆気にとられるカット。どこでも行われる「学芸会」。そこでの一曲がいくつもの愛にグルーヴ感を増すのです。
 家族で過ごすこと、愛する人と過ごすことが本旨とされる日。その断片の積み重ねが、見る側にもあたたかい気持ちをじんわりと抱かせる一本です。ということで、クリスマス、そして冬には欠かせない映画。ついDVDの棚に手が伸びてしまう、私にとっての「季節もの」になりつつあります。
 
 ところで。ここからは「乗りもノート」に書くべきかも知れませんが、登場人物の乗る車も面白いんです。ヒュー・グラント演じる若き首相の車はシルバーのダイムラー(ジャガーXJかも)。傷心をかかえ南仏の隠れ家で執筆する小説家は古いサーブ900に乗る。妻を亡くし、義理の息子の小さな恋を応援する中年デザイナー?が駆るのはランドローバー・ディスカバリー。前述の少女の母であるソウルシンガーが故国アメリカに戻る際、空港への足に使うのがフルサイズのアウディと。ふうむ。いかにも。

投稿者 近野宏明


#112  特番

(2006/12/25)


 

 クリスマス。皆さま如何ようにお過ごしでしょうか。私はきのう、「日テレNEWS24」の年末特番『24分の15時間テレビ』に出演しました。

061225_こたつ.jpgスタジオセットは「こたつ」。いつもの『リアルタイム』のセットの前に組まれていました。お茶の間形式ですので、年末年始の『リアルタイム』もこのセットで放送したいぐらい。でもきょう出社したら跡形もなくて残念。中島キャスター手作りの美味なるワッフルなどを賞味しつつ、番組は和やかに進行しました。


061225_ワッフル.jpg日テレNEWS24」の年末特番に参加するのはこれで5年連続。でも今回は進行役ではなく、こたつに入ってあれこれおしゃべりする一員、という感じ。つまりかなり気楽なスタンスです。ことし1年を振り返りつつ、出演者でありながら視聴者のような気持ちになってしまいました。ほんとに楽しかった。それに各キャスターの「仕切り方」「話術」なども一度に目の当たりにでき、じつに勉強になりました。


 スタジオにお邪魔した他に、私は「ギャルサーから国会議員まで」乗り込んだバス車中での討論会「バス論」の進行を担当しました。これがなかなか面白かった。「安倍政権」「北朝鮮」「いじめ」「親子の事件」…テーマはさまざま。NPO法人の方、吉本のコンビ、キャバクラに勤める若い女性などなど、パネラーもバラエティに富んだ仕事の面々。ニュースの見方はとても新鮮でしたよ。見のがした方、「日テレNEWS24」のサイトから特番のバナーをクリックすると、おもなコーナーの動画をご覧になれます。こちらもぜひ…。


061224_夜景1.jpgもうひとつ。「日テレ屋上からの天気予報」にもお邪魔しました。進行表を見せてもらったときに「いいなあ」と呟いたら、スタッフが「じゃあ参加!ということで」。とにかく臨機応変、柔軟対応、節度のよい「ゆるさ」もこの特番ならでは。初めて自分の会社の屋上に上がった私。仕事場の屋上からこんな秀景が眼下に広がるとは知りませんでした。


061225_屋上天気.jpg番組に参加して思いがけずもらったクリスマスプレゼント。こればかりは天気予報ゆえ後日見ても仕方がないので、動画配信はございません。代わりに写真を掲載しました。どうでしょう。しんしんと冷える都心の空。ちょっと雲がかかって満天の星空は無理でしたが、瞬く街の灯もいいものです。

手作り感も満載、生放送の醍醐味溢れる番組でした。また来年も参加できたらいいなと思っております。メリークリスマス。

投稿者 近野宏明


#111 読了日記022 『世界の日本人ジョーク集』

(2006/12/22)


 

 人間は、他人のことは目につくもの。「あの人は…だよね」「彼って…な人だから」。安易にレッテルを貼ってしまう。自分の貼り付けたレッテルに基づいて、その後のつき合い方も規定されがちではないでしょうか?「いやいや、自分は常に先入観も決めつけもしない。その都度公平な対人評価をしているよ」と言い切れる人はなかなか居ないはず、です。
 反面自分がどう評価されているか、如何なるレッテルを貼られているのか。これを客観することは至難の業。本書は、この国に生まれ育った人たちが、世界からどう見られているかがよーく伺える一冊です。

・早坂隆 『世界の日本人ジョーク集』 (中公新書ラクレ)

 著者は日本・日本人が登場するジョークを分類。「ハイテク国家」「お金持ちの国」「勤勉な人々」「日本人的アイデンティティ」…などの章立てをして分析している。変転の激しい時代ゆえに、経済力を表現したジョークなど少々ズレ始めている部分もあるが、概ね「そう見えるんだろうな」と得心せざるを得ない。(本書からの抜粋◆は紙幅の都合で一部短くしたうえで採録している)
 
061222_世界の日本人ジョーク集.jpgよく言われる日本の政治経済体制について。◆「マルクスとケインズがあの世で激しい議論。当然意見は合わないが、ただ一つ一致したことがある。それは【自分の理想を体現した国家はどこか】という問い。二人の答えはいずれも【日本】。」…ついこの間までは確かにそうだった、のかもしれない。そんな「マルクス=ケインズ体制」の下、世界が羨む富と物質的豊かさを獲得した日本。
 著者によれば、「失われた10年」も何とやら、「日本人=お金持ち」というイメージはまだまだ強いという。本書からの抜粋。◆「ロシア極東の困窮しきった自治共和国が、起死回生の名案を導き出した。計画は3段階。①ロシアからの分離独立を宣言。②日本に宣戦布告。③その日のうちに無条件降伏する」…なるほど。
 しかし表層の下に潜む本質はといえば。◆「日本国民の安全と財産を守る三大政党とは? 三位…民主党。二位…自由民主党。一位…共和党」。…嗚呼。これがどこの国のジョークかは記されていない。しかし少なからざる日本人が「ハッキリ指摘されるのは心地よくないが、首肯せざるを得ない」のではないか。私は初めてこの項を読んだとき、三位の民主党は日本の民主党を指していると思った。だが二度目に読んだとき、やっぱりアメリカ民主党だ、と思い直した。クリントン政権しかりカーター政権しかり、戦後の日米関係においては重大な差違は無かったのだから。現ブッシュ政権から民主党が政権を奪取した暁には、一位と三位は入れ替わるだけなのだろう。
 
 私が考えるすぐれたインタビュアーの条件の一つは、諧謔に包んだ辛辣な質問が出来ること。洗練されたジョークはそれと同じく、対象者の本質をどこまでもクリアに表現するのだ。あな恐ろしや。

投稿者 近野宏明


#110  顔見世興行

(2006/12/20)


 

 古都の師走の風物詩「顔見世興行」を見てきました。京都・南座での中村勘三郎襲名披露公演です。関西の方はよくご存知の通り、暮れが近づくと出演する役者の名を記した「まねき」と呼ばれる長い板が、南座の正面にずらりと並びます。今回は、そのど真ん中に鎮座するのはもちろん「中村勘三郎」。

 歌舞伎を見るようになったきっかけは人に薦められてですが、今ではすっかりハマっています。中でも勘三郎さんの公演は殆ど見ているのです。去年始まった「勘三郎襲名披露公演」、銀座の歌舞伎座でそのスタートを見た以上、一連の襲名披露公演を締めくくる南座を見たいとずっと思っておりました。思いがけずそのチケットが取れて、勇躍京都へ出かけた次第です。

 南座は以前、中村福助さんの密着取材で入った経験があります。しかし実際の公演を見るのは初めて。歌舞伎座に比べて小さなサイズゆえ、役者との距離が近く、声もよく聞こえます。そして何より、すぐ目の前は四条の河原。歌舞伎発祥の地であります。年の瀬の雰囲気に包まれた由緒ある劇場で、十八代目の勘三郎を堪能するという幸甚!当日は不必要に早起きしてしまいました。

 ご興味の無い方も多いと思うので、当日の演目や内容は割愛するとして。千両役者ぶりについてもご想像の通りです。改めて言うのは一つだけ。その体力です。今回の演目のひとつ『川連法眼館』では、武士から狐への早変わりがあります。で、舞台上の建物の破風あたり(鴨居よりも更に高いところ)にある隠し扉から鉄棒を握ってぐるんと飛び出し、着地する場面があるのです。2m以上の高さでしょうか。勘三郎丈はいま51歳!これを毎日。生で演じているのですよ。まあ他の演目でも、重い衣装を着て舞台狭しと駆け回り、花道に消えたと思うと着替えて袖から出てくるなんてぇのはザラですからね。そんなライブが1か月毎日続く。歌舞伎役者の条件の一つは「旺盛な体力」と言って差し支えないでしょう。

 京都・南座は見るからに高級な和服をお召しの女性も多く、舞台の上だけでなく客席も艶やか。そちらも眼福であります。さらには幕間に美味しい押し寿司を賞味。師走の慌ただしさを忘れるひとときでありました。

投稿者 近野宏明


#109  人はなぜ

(2006/12/18)


 

 本日第1の疑問。人はなぜ、富士山を見るとご機嫌になるのでしょうか。このあいだも書きましたが。先日来の疑問であります。いま隣席の小西キャスターに聞いたら、やっぱり「特別な気分」になるそうです。「生で見るのは滅多にないし、清々しい気分になるよね」とのこと。私も全くの同様でして。…けさも汐留の高層階からは富士の稜線がくっきり見えました。このところ天気が今ひとつの日が多かった東京。久々に冬らしい空からの贈り物です。一枚目がその写真。タワーの右後ろに・・・。

061218_18日汐留からの富士山.jpgもっとも、朝10時近くになってこれだけ見えると言うことは、時間がもっと早ければなお美しいはず。実際、エレベーターで乗り合わせた『ズームイン!SUPER』のスタッフはそう証言していました。朝早くに年末用のリハーサルでヘリを飛ばしたそうで、その映像は「絶景」だったそうです。まさに「早起きは三文の得」。「朝」が夜明けのグラデーションから抜け出してきたばかりの頃はさぞや良い富士でしょう。年末の『ズーム』本番がスキッと晴れるのを期待しましょう。

 061217 新幹線からの富士山3.JPGきのうの富士山もお目に掛けましょう。これは静岡側から見たようす。まさに富士山。手前に見える「第2東名」らしき高架橋が興ざめと言えば興ざめですが。それを抜きにしても、おトクな気持ちに包まれました。

 しかし、心晴れやかに、すーっとした気分になるのが「たまに」だから良いのでしょうか。第2の疑問は、「毎日富士を仰ぎ見て暮らす」とはどんなものかということです。この写真にみえる、裾野のあたりの暮らしですよ。何らかの統計ってあるんでしょうかね。「富士山を年間**回(あるいは**時間)以上見ている人はそれ以外の人と比べて…」なんていう統計が。きっと有意な差があると思うんですが、どうでしょう。「危機に悠然としている」「堂々としている」「他人の失敗に寛容」なんていう度合いはきっと高いはず。
 私は大学生のころ、長期の休み毎に山梨・山中湖でアルバイトをしていました。毎日ではありませんが、視界いっぱいに富士山が見えた日々。しかし上記のような性格が形成されるには程遠かった。三つ子の魂は強固なり。せめてたまに見るときには心穏やかに見つめたいと思っております。

投稿者 近野宏明


#108  賞とご褒美

(2006/12/15)


 

061208_toyota.jpgこちらのトロフィー。「TOYOTA プレゼンツ FIFAクラブワールドカップ ジャパン 2006」の優勝チームに授与されるものです。ホンモノです。スタジオのスタッフは白手袋をはめて、恭しく運んでおりました。なんでも製作費に数百万円かかっている、ということで。6大陸のクラブチームが鎬を削りあう大会。優勝トロフィーは勝者への賞賛をかたちにしたものと言えましょう。それとは別に、優勝の場合には何かご褒美ってあるのでしょうか。お国柄やクラブの事情によって違うと思いますが。南米あたりはスゴいんじゃないかなあ。でっかい住宅とか長い長いリムジンとか(←イメージ)。


 061214_近野いまいち.jpg私は直接的な賞歴というのは殆どありません。でも仕事を通じたささやかなご褒美、は無いわけではありません。木曜日のエンタメコーナーで紹介した2枚の写真。「近野いまいち」はかつての私の姿で、「近野NEW宏明」はちょっと前の私の姿、そしてそのパネルをもつのが現在の姿、です。随分と容貌は変わるものですね。あんなに人の良さそうだった「いまいち」が今や…。…ウソです。スタジオで使うのに、CGで作ってくださったのです。こういうのは今の仕事ならではの「ご褒美」みないなものでしょう。小西キャスター曰く、「これ来年の年賀状に使うべきだわー。絶対おもろいもん」と目を輝かせておりました。他の誰よりもおもろい年賀状、という観点は今まで私にありませんでした。なるほど!と思ったものの、もう印刷しちゃったので、07年の賀状には実現しません。悪しからず。

061121 おでん会のおでん.JPG最近は「自分へのご褒美」なるものが流行ってます。歯の浮くようなフレーズだと思いますが、確かに私もこまごまとやってます。最も多いのは「美味しいもの」ですけれど。近頃は寒さも一段と厳しくなっていますから、やっぱり「おでん」ですね。写真は関東風の黒い出汁で煮込んだおでん。新橋のお店です。ふうふうやって、はふはふ食べる。ふうふう。はふはふ。この繰り返しでその日のストレスを忘れるのですから、我ながらじつに単純です。

投稿者 近野宏明


#107 BILLY

(2006/12/13)


 

今を去ること数か月前。福岡在住の親友からメールが届きました。「ビリー・ジョエルに会いに行こう」と。久しぶりの日本公演、福岡公演は土曜なので遊びに来れば?という誘いでした。私の福岡訪問が実現するかは直前まで不透明ですが、半分「賭け」の心境でチケットを押さえたのです。そして先週末。日頃の行いの良さ?が実り、無事福岡へ。ドームの賑わいの一員になりました。

061209_ビリー・ジョエルチケット.jpg25曲、2時間あまり。至福のときでした。ああ…。ライブビデオやDVDの映像を見ると、よくステージを見つめて涙する観客がいますよね。私は今までそんなこと一度もありませんでした。しかし。今回は違った。前半は比較的旧い、しっとり系のナンバーが並んだのですが、「Honesty」「New York State of Mind」のイントロ。ピアノにぐっときてしまいました。もちろん「Just The Way You Are」のサックスソロにも。二十代で世界を聞き惚れさせた曲を生み出したその才能。34歳の私には、その旋律もさることながら、今さらその詞が沁みてきます。都会で暮らす者の内省を自分自身に重ねてなぞりながら。

それにしても、齢57のいまも十二分に声が出ることに驚き。さすがにキーを下げた曲もありましたが、鍵盤をたたく力強さ、伸びやかな声は健在です。うーん。この声、このメロディ、そしてこの詞。ビリー・ジョエルはすぐそこにいる。もう生で聴くことはできないかもしれない。危うく滂沱するところでありました。うるうる。最近は涙腺が緩んでしまっていけません。

後半はロックな曲が中心。いつもはヤンキースのキャップをかぶる「ニューヨークの詩人」。遠目には分かりませんでしたが、カメラが背後に回り込むと、そのマークは「ソフトバンクホークス」!まさに「The Entertainer」。…名古屋公演ではもちろんドラゴンズの帽子をかぶるのでしょうけど…。

前日がジョン・レノンの命日とあって、「Imagine」を唱ったビリー。続くこの夜のラストは「Piano Man」。歌い出しの詞は「土曜日、夜の9時」…福岡も間もなくそんな時刻。歌の中で描かれるライブハウスの光景が、いまここにあるような幸福な錯覚に見舞われました。ビールの香り、うっすらとしたタバコの煙、その向こうにたたずむピアノマン。…そして私の目の前にはいま、最高のピアノマンが。

061209_もつ鍋.jpgその後。天神に戻って「もつ鍋」を堪能。ビリーも今頃どこかでもつ鍋食べてんのかな?と他愛もない会話を繰り広げて。そして、カラオケBOXでは「なりきりビリー」の歌声が夜の静寂に響き渡ったのでありました。

*ところで先頃リリースされた、トニー・ベネットのデュエットアルバム「Duets : American Classic」で、ビリーは「The Good Life」をトニーと共に唱っています。これがじつにすばらしい。心の奥をしっとりと暖めてくれるヴォーカルとアレンジです。

投稿者 近野宏明


#106  読了日記 021 『東京奇譚集』

(2006/12/11)


 

カフカ賞受賞、いよいよ次はノーベル文学賞?と話題の村上春樹です。書き下ろし1篇を加えた5つの短編をおさめた小説集。新刊が出るたびに買ってきた私ですが、今回は会社の資料室から借りました。通勤の電車で読むのに丁度よいサイズの「奇譚」はどんな物語か…。

・村上春樹 『東京奇譚集』 (新潮社)
 
 結論から言うと、私にとって最も強い印象を残したのは1編目の『偶然の旅人』。冒頭、著者自身がアメリカ生活で経験した「不思議な出来事を手短に語って」、そののち本題に入る。著者の知人(ピアノの調律師)が個人的に語ってくれた物語、と前置きを付言したうえで。
061208_東京奇譚集.jpg 主人公は、毎週読書をするために訪れるカフェで、自分と全く同じ本を読んでいる女性に出会う。偶然に導かれた女性との出会いが、長年彼のこころに蟠(わだかま)っていた確執に、和解のようなものをもたらす…。5篇のなかで最も現実にありうる話であって、「奇譚」の要素は薄い。
それだけに、読者の日常に最も重ね合わせるレンジが広いと思う。私自身、ちょっとした偶然に導かれて、思いがけず豊かな気持ちで一日を終えることがある。たまたま鉢合わせたひとと、たまたま出かけた店で、たまたま話したコトが、たまたま好きなモノが…。そんな偶然が重なって、楽しくあたたかい時間を持てるなら、人生のパレットが美しい色彩を増していくことは疑いない。偶然のもたらす幸せは、必然がもたらすそれよりも貴重で得難いもの。もっと長いスパンで見ると、自分の歩んできたささやかな道のりだって、偶然という要素抜きには成り立たない。偶然の積み重ねで今の自分がいる。本作のタイトル通り、我々は「偶然の旅人」かもしれないなと読後に考えた。
最後の『品川猿』は書き下ろし。好き嫌いがハッキリしそう。面白く読んだけれども、好きな系統かと問われれば、否である。『偶然の旅人』と裏返しの理由からである。どうも私は、幻想的世界やシュールレアリスムの方面には没入できない性分のようで。でも、村上春樹の手になる、現実と非現実の境界上という感じは、はまっちゃう読者が多いコトもよく理解できる。

と、いうわけで、読了。我が家の本棚はもうメタボリック症候群のように内側から飽和しています。二重、三重に本を並べてそれでもこぼれ始めて…。サイズの小さい文庫本になったら買いそうです。

投稿者 近野宏明


#105 読了日記020 『20世紀完全版 長嶋茂雄大事典』

(2006/12/08)


 

 世の中「マニア」と呼ばれる人は多いもの。「マニアック」という言葉は「重箱の隅」を象徴すると同時に、興味の対象たる「重箱」自体も一般の人が目を向けないもの、という感じがいたします。つまり圧倒的なスーパースターとなると、「マニア」の存在が何となくそぐわない気もするのです。でもやっぱりスーパースターにもマニアがいるわけで、この1冊は呆れるほどのマニアぶりが横溢しています。

・織田淳太郎 編著『20世紀完全版 長嶋茂雄大事典』(新潮OH!文庫)

 最初にお断りしておきますが、じつは「読了」しておりません。あまりの項目数の多さ(およそ900項目)、一つ一つの説明書きの詳細さに、ちょっと圧されたのがその理由です。しかもその内容が「大事典」特有の無味乾燥なものとは対極にあります。国会答弁で大臣が読み上げる役人の用意した書面が普通の大事典だとすれば、本書は『踊る!さんま御殿』で性格俳優が生き生きと喋る舞台裏の思い出、みたいなものです。
 そして、いわゆる「事典」で通例みられる項目の立てかたとは異なる項目が多いのです。この本の項目は、一見しただけでは意味不明なフレーズが相当数含まれています。説明書きを読めば納得できるフレーズ、しかしそれ単体では分からない。「大事典」の本義が如実に示されるのはこういう項目でしょう。
さらに。関連項目の多さも特筆ものです。一つの項目を読むと、だいたい末尾に関連項目が「→」で示されています。例えば、「セーフティバント」の項目の最後には<→『奇策』>とあります。で、「奇策」を見ると<→『セーフティバント』『星野仙一』『魔球』>の3つが。この調子で『星野仙一』→『驚異的な視聴率』→『国民的行事』→『自称長嶋茂雄の妻・母・恋人』…と関連項目を芋づる式に読み進むことになります。ゆえに、「あ」から順に読了するよりこっちの読みかたが勢いづきやすい。付録にも多くのページが割かれています。現役から監督時代を通じた全データ、詳細な年表、参考文献もふんだんに盛り込まれているので、データブックとしても使うスポーツ記者がいても不思議ではありません。

 長嶋茂雄終身名誉監督、私は日本テレビの廊下やエレベーターで数回お目にかかっただけにすぎません。しかしその格好良さといったら、確かに他には絶対いらっしゃらないなと感じました。単に見た目がとか、着こなしとか身のこなしとか、そういう問題ではありません。スーパースターのオーラとはこういうものか…と。圧倒的な格好良さです。なるほど多くのファンが長嶋さんとともに笑い、ともに泣き、ともに日本の成長を歩んできた、という特別な気持ちを抱くのは当然だと思います。また近いうちに報道特番などにお出でくださることを願っております。

投稿者 近野宏明


#104  黄葉

(2006/12/06)


 

 061206_黄葉1.jpg師走もあすで早や1週間。あたたかい秋だったせいか、紅葉はすっかり遅れました。掲載した写真はけさのイチョウ並木。言わずと知れた、神宮外苑の象徴です。青山通りから真っ直ぐに絵画館目指して伸びるアプローチ。その左右に整然と並ぶイチョウは、146本あるそうです。東京屈指の黄葉の名所ですね。


061206_黄葉2.jpgけさも並木の周辺には、カメラを構えた人がたくさん。最近は携帯電話のカメラという手段がありますから、たまたま通りがかった人も手軽に記録しています。
イチョウの色づき方、よく見ると心なしか緑が残っています。例年のような完全な黄葉とはまだなっていません。この場所だけでなく、都心は国会周辺も、広尾あたりの並木も、どうもスッキリした黄色には染まっていません。それでも、外苑では路上に落ちた葉はいい塩梅に色づいていますから、私が撮影しても、それなりに見える写真が撮れてしまいます。けばけばしい色彩の商用車を巧くフレームから外せば、ちょっとヨーロッパの街並みに見紛う雰囲気。自然の美は七難を隠す、わけですね。

061206_歩道の黄葉.jpg晩秋、この時期はこの上なくロマンティック。そんな並木での胸を焦がすような思い出といえば…、特にありません。無念です…。突き当たりに見える絵画館前で見た花火、…これは盛夏の記憶ですね。岡山産の花崗岩が貼り付けられた絵画館外壁の前に陣取って、地べたに横になって花火を見たのはもう12年前です。就職も決まって、卒論の準備をしていた時期でした。当然、イチョウは濃緑。闇に瞬く花火の眩しさが葉に反射して白く見えました。海のほうから吹いてくるぬるい風で、葉っぱは静かにざわめいて。

 そんなことを思い出しながら観察していると、会社に向かって歩く人が結構います。毎日この並木のトンネルをくぐって出勤するというのは、かなり幸せではないでしょうか。無機質な地下通路をぐるぐる回ってビルに入るのに比べたら、気分はまるで違うはず。コンクリート色の通勤とは対極の、黄葉に染められた通勤。じつに羨ましい。

投稿者 近野宏明


#103  眺望

(2006/12/04)


 

 冬の東京を実感する空模様に「カラッとした晴天」というのがあります。そのぶん朝はキィンと寒いのですが。きょうはまさにその天気。日本テレビの高層階に上がってみると、にょきにょきと伸びた高層ビルに手が届くような気がします。

061204_汐留からの眺望.jpgしかし本当は、午前中ももっと早いうちに見るべきなんですよね。この写真では見えませんが、左端に見える東京タワーと似たような方角に、じつは富士山があります。朝、まだ靄(もや)がかからないうちですと、冬はくっきりと富士山が見えます。ひとはなぜ、富士の峰を目にするとトクをした気分になるのでしょうか。新幹線に乗っていても、飛行機の窓をぼんやり見ていても、御殿場のあたりで買い物をしていても。

 いっぽう写真の反対側、海側はというと、夜明けの空の美しさが圧巻です。天頂から水平線のほうに支線を下ろしていくとそのグラデーションに目を奪われます。ピアノのボディのような黒、いわゆるミッドナイトブルー、コンサートホールのカーペットのような(ってどんな?)紫色、そこからさらに微妙に赤に転じると。これは夜明けの一瞬しかないので、早起きしたり、夜通し仕事をしたときのご褒美と言えましょう。

 しかし東京がこういう好天のときは、いわゆる「冬型の気圧配置」であることが多く、それは取りも直さず、日本海側では曇天で雪も降る…ということなのです。川端康成『雪国』の世界です。私も冬場に帰省するたび川端康成の気分になり、東京に戻るためにトンネルを抜けると、その明るさと眩しさに太陽の有り難みを実感しました。そして、上越新幹線から思いがけず見える富士山は、実家の家族にも見せたいなあと思ったものです。

 先日、番組前に新潟出身のデスクと「どこまで富士山は見えるのか」という話をしました。彼は『ズームイン!SUPER』のディレクターを長くやっていて、その頃、そのものずばり「富士山はどこまで見えるのか」という企画も取材したそうです。この道は実に奥が深いそうで。皆さんもネットで調べるとすぐ分かりますが、実に様々なサイトが在り、証拠写真も掲載されています。条件が揃えば、北は山形県、南は和歌山県からも見えるようです。汐留の眺望は、まだまだ甘いということですね。

投稿者 近野宏明


#102 読了日記019 『今夜も落語で眠りたい』

(2006/12/01)


 

・中野 翠 『今夜も落語で眠りたい』 (文春新書)

「睡眠は多すぎても少なくても、うつ病の傾向が高くなる」-先日の『リアルタイム』で小西キャスターがお伝えしました。7時間台の睡眠がうつと最も縁遠いそうです。そしてもう一つ。寝付きの悪い人のほうがうつと関連が強い、という傾向も。皆さんはどうやって快適な睡眠をとっているでしょうか。

061201_今夜も落語で….jpg本書は、ある日突然「古典落語の魅力に目ざめてしまった」というコラムニストの一冊。名人、巨匠、などさまざまに称される大名跡の芸・その魅力を、生き生きとした文章で語ったものだ。文楽、志ん生、円生、小さん…、それぞれの語り口、ちょっとしたアドリブ等々、聴きどころを余すところなく汲み取っている。
落語の初心者にも役立つのは2点。まず古典落語の代表的な噺はほぼ網羅し、ネタバレしない程度にあらすじとその妙味を紹介していること。もう一つは、収録されたCDもふんだんに紹介していること。これは、著者の落語の楽しみ方がCDによるところが大きいからである。東京に暮らしていても、寄席に通う機会はそうそう無いので、多くの読者にとっては実利であろう。
 本のタイトルどおり、著者は「この二十年間、夜な夜な落語を聴いて来た。それが完全に就眠儀式となった」という。私はこう思う。誰しも「毎日が好日」とはいかないだろう。しかし綿々と語り継がれてきたおかしみや人の情けに溢れた噺を耳にするとき、日常の憂さや怒りも些事として心穏やかに扱うこともできるのではないか、と。なるほど就眠儀式としての落語というのも「あり」かな、と感じる。

 冒頭の話に戻ると、私の平均的睡眠時間は7時間ちょっと。いざ「寝よう」と思うとそこから眠りに就くまでは5分かかるかどうか。つまり「うつ」とは最も遠い睡眠生活を送っています。イヤホンで音楽やラジオをうっすら掛けて布団に入ることも多いのですが、1曲目が終わらぬ内に眠ることもしばしば。音楽やラジオ番組を「落語のCD」に変えたらどうなるのか。至芸に耳と心を奪われて、眠るどころではなくなってしまうような気もします。

投稿者 近野宏明