深刻化するパレスチナ人同士の衝突 前編

(2007/05/18)


 

深刻化するパレスチナ人同士の衝突 2人の指導者直接取材から思うこと  
■衝突はパレスチナ人同士
パレスチナ自治区・ガザ地区での流血が止まらない。
血を流しているのは、パレスチナ人。
だが今回は、イスラエルによる攻撃でパレスチナ人が死亡する、
といういつもの構図ではない。

衝突しているのは、パレスチナ人同士だ。

イスラエル建国によって土地を追われてから60年近く、
これまで占領された地域の返還と「独立国家パレスチナ」を目指し、
闘ってきたはずのパレスチナ人同士がなぜ争うのか。

今回このブログでは、衝突しあう2つの組織の指導者を直接取材した際の印象を紹介しつつ、
中東から遠い日本人には理解しがたい状況をできるだけわかりやすくお伝えしたい。

■「ファタハ」と「ハマス」
衝突しているのは、パレスチナの2つの組織「ファタハ」と「ハマス」。

この両者による内部抗争は今回が初めてではない。
ハマスが単独政権を運営していた去年秋から衝突は先鋭化していた。

しかし、パレスチナ人同士による内部抗争という最悪の事態に終止符を打つため、
サウジアラビアの仲介で今年2月、イスラム教の聖地メッカで統一政権樹立に合意
これが一定の成果をもたらし、最近まで衝突は小康状態にあった。

統一政権では、治安権限を握る内務相に独立系のカワスミ氏が就任、
ハマスとファタハの治安部隊を再編し、秩序の回復に集中する部隊の創設を目指していた

しかし、カワスミ氏は何の仕事も出来ないことを理由に14日辞任した。
カワスミ氏は辞任会見で、
「数々の障壁にあたり、私には何の実権もなかった」として、
ファタハとハマスの双方を非難していた。

■そして、内部抗争は再燃した
独立系のカワスミ氏が内務相を辞任したことで、
ハマス・ファタハの衝突が激化することが懸念されていたが、
まさにその通りの展開となった。

ガザ各地で衝突を繰り返し、14日からの双方の死者は40人近くに上っている。

問題の本質は、ファタハ・ハマスの双方が独自の治安部隊を持ち、
それぞれ増強を図っていることだ。

アッバス議長率いるファタハは、アメリカから支援を受けて武器を調達、
ハマス治安部隊の急速な勢力伸張に対抗しようとした。
ハマス側はこれに大きく反発、ファタハの治安部隊との再編を拒み、
独自に部隊の増強を図ってきた。

治安権限を巡る主導権争の結果、
パレスチナ人同士が争う最悪の展開となった、というのが今回の事態である。

2006年2月ハニヤ首相と ブログ用ミニファイル.JPG
2006年2月ガザ市内のハニヤ首相の自宅にて

■「ハマス」率いるハニヤ首相
イスラム原理主義組織・ハマスを率いるのは、
統一政権で首相も勤めるイスマイル・ハニヤ氏だ。

私はハマスがパレスチナ自治区の選挙で勝利し、
ハマス単独政権が誕生する目前の去年2月、
ガザ市の難民キャンプにある自宅でハニヤ氏に取材した。

約束の午後12時半に自宅を訪問すると、
門番の一人が「来客があって対応できない」という。
それでもあきらめずに4時間以上待ち続けた結果、
来客を見送るために家から出てきたハニヤ氏に直接呼びかけることができた。

アポがあること、4時間以上待ったので10分でいいので時間をくれないかと交渉すると、
10分だけならという条件で単独インタビューが実現した。

■ハニヤ氏の印象
がっしりとした大柄な体格のハニヤ氏は極めて実直な性格の人物だった。
待たせたことを私に詫び、本当に時間がないので、10分を守って欲しいと言った。

通訳を通じて質問したが、答えるときには私の目をまっすぐに見据え、朴訥と語った。

インタビューの中で、ある印象的なやりとりがあった。
2000年から始まった第二次インティファーダ(パレスチナ人による対イスラエル武装蜂起)は
パレスチナにとって利益をもたらさなかったのでは、とした上で質問をしようとしたときだった。

私の質問を遮り、「インティファーダは多くのことをもたらした。」と強い口調で反論し、
ガザからイスラエルを追い出すなどの大きな成果をだしたという彼らの主張を延々と繰り返した。

非常にまじめで自らの信念には常に忠実、
妥協は認めないというハニヤ氏の性格
を垣間見た気がした。

・・・・・つづく


続きは、ファタハのアッバス議長を取材した際の話を中心にお伝えする。


ラマダンどころか、新年まで明けてしまいました・・・

(2007/01/18)


 

前回、断食月ラマダンについて書いてから早3ヶ月。
言い訳不可能なくらい長く更新が遅れたことをお詫び申し上げます・・・

ラマダンはとっくの昔(10月下旬)に明け、新年まで明けてしまいました。

更新が遅れた言い訳というわけでもないのですが、
今回は軽い話題をご提供します。

■「IBM」 In Egypt
アメリカのコンピューター会社ではありません。
エジプト人気質をシニカルに表現した言葉なのです。

I・・・「インシャアッラー神が望み給えば、という意味で、
アラブ地域で普段の会話に頻繁に使われる表現です。

例えば、「明日、十時に集合ね」―「インシャアッラー(神が望み給えば)」。
「次の休みはどこに行くの?」-「インシャアッラー、ヨーロッパに行くつもりです」など。
本来、全知全能の神に比べ、あまりにも矮小で脆弱な人間が
思い通りに将来を語るなどおこがましい、という発想から使われる言葉のはずです。

しかし、エジプトでは期限や約束を守らないときの言い訳のように使われることが多々あります。
約束の時間や期限を守ることを当たり前と考える我々日本人にとっては、
インシャアッラーと言えば遅れても許されるのかーと突っ込みを入れたくなる言葉なのです。

B・・・「ボクラ」明日という意味。

明日出来ることは今日する必要はない、とすべての人が考えているわけではないのですが、
「インシャアッラー、ボクラ(明日)やります」てな具合に使われます。
これも、時間や期日にルーズなエジプト人の気質を語る上で不可欠な言葉なのです。

M・・・マレーシ(気にしない。すみません)

これまたよく耳にする表現。人にぶつかってもマレーシ。
転んで泣いている子供をあやすのにもマレーシ。
アラビア語にはもちろん、ごめんなさい、という表現もあるにはあるのですが、
謝罪の意味でこのマレーシが使われることが多く、
本当に謝ってるの?という印象を受けることもあるわけです。


以上、3つの表現をすべて使うと、次のようになります。
「インシャアッラー、ボクラ(明日)その仕事は片付けます。」
―「出来なかったら?」
「マレーシ、マレーシ。(気にしない気にしない)」

私はエジプトに赴任し、
最初に行った地元のプレスセンターの幹部からこの「3か条」を教わりました。
繰り返しますが、すべてのエジプト人がこうした行動様式を体現しているわけではありません。
それでも、一面を言い当てているのは事実です・・・


第三回ブログ用 写真シナイ山.JPG

年末年始で行ったシナイ半島にあるシナイ山にて。その昔、モーゼが『十戒』を授かったと言われている山。ご来光を拝もうと思って行ったが、頂上はガスで真っ白、何も見えず・・・
ちなみに、この場所はエジプトで最も寒い場所で、頂上の気温は氷点下でした。。

■その心は・・・言い訳?!
エジプトに赴任して1年8ヶ月。
細かいことを気にしてはいられない環境の中、
「いい加減に」なっていく人も多いと指摘されます。
あるいは、私もその一人なのか。。

では、最後に今後の更新予定をエジプト風に・・・

「今年は、インシャアッラー、できるだけ頻繁に更新するようにします。
 ボクラ(明日)にも、インシャアッラー、新しい記事を書き始める予定です。
 出来なかったら・・・? 
 マレーシ、マレーシ!」

・・・皆様、今年もよろしくお願いいたします・・・


ラマダン、カリーム!

(2006/10/09)


 


前回のブログでも少し触れたが、
今回はイスラム教の断食月、ラマダンについてより詳しく紹介したい。

エジプト(もちろん他のイスラム世界も同様)は現在、ラマダン真っ最中である。
公的機関はもちろん、一般企業も労働時間を短縮するなどラマダン期間中は、
すべてが「ラマダン仕様」となる。

**ラマダン期間中町のあちこちに飾られる「ラマダン・ファヌース」と呼ばれるランタン。
もともとはイフタール後、町を子供たちが練り歩くときに使われたが、
最近ではデコレーションとして町のラマダン気分を盛り上げるのに一役買っている**

ラマダン中のカイロ②.JPG


ちなみに、NNNカイロ支局の現地スタッフの勤務時間も短くなっている。
私はその限りにあらず・・・


「断食月」というと期間中、一切の食事を断つかのような印象をもたれる方も多いと思う。
もちろん、そうではない。飲食が禁じられているのは、日の出から日没までの間で、
夕刻日が沈む合図と共に皆一斉に食事を始める。

イフタールと呼ばれるこの食事の時間帯、
カイロの町が静まり返るのは前回紹介したとおりである。

**とあるレストランにて。イフタール開始直前、ビュッフェに集まるカイロ市民**ラマダン中のカイロ①.JPG


ラマダン期間中は、食卓にはいつもより豪華な料理や特別なお菓子が並び、
断食明けの食事は苦行を終えた喜びを味わえるようになっている。


ラマダンは本来、宗教的なもので、断食によって身体と心を清め、神の恵みに感謝し、
貧しい人々に施しを行う重要な宗教行事である。
事実、この期間、カイロの町には貧しい人々に食事を振舞うテントが数多く出現する。

しかし、やはりラマダンは宗教行事というより、一般の庶民にとってはお祭り期間に他ならない。
人々は日中ひたすら断食の苦しみに耐え、日が沈むや否や、ご馳走にありつき、
テレビの特別番組に興じながら、夜更かしして楽しむのである。

驚くべきことに、多くのエジプト人はラマダン期間中、痩せるどころか体重が増えるのだという。
「断食月太り」というイスラム教徒ではない我々にとって不可解な現象が
この期間の雰囲気を象徴している。


先日、朝支局に行くと、スタッフの一人がひどい頭痛で辛いという。
朝起きてから頭痛に見舞われたらしく、断食が始まっていたため薬が飲めなかったのだ。
病人は断食しなくてもよい、という免除条項もあるのだが、
後日その分また穴埋めをしないといけないこともあってか、なかなか薬を飲もうとしない。

結局早退させ、彼はその後断食を一旦破って薬を飲んで事なきを得た。
このスタッフに限った話ではなく、ラマダン中体調を崩す人は多い。
町を歩くと、頭を抱えたり地面にへたれ込んだり、
明らかに断食が原因で体調が悪そうな人をあちこちで見かける。

やはり、断食は辛いのである。
では、人々はラマダンが嫌いなのかと思ってしまうのだが、答えは逆だ。
みんな大好きなのだ。

・・・なぜか。
勤務時間は短縮されるし、毎日家族集まってのご馳走だし、
様々なイベントが開催されるし、、、と、楽しいことであふれているからだ。

雰囲気としては、日本のお正月のようなもので、そのお祭りが一ヶ月続くと考えれば、
少しは理解して頂けると思う。
かくいう私もホテルのダイニングなどで行われるイフタールの雰囲気は結構気に入っている。

ともあれ、この毎年の「イベント」を通じ、
イスラム教徒は互いに連帯感を強め、
ウンマ(イスラム教で言う共同体)が形成されてきたのである。


一般的にラマダン中、イスラム世界では、社会の動きはゆるやかとなる。
政治情勢も同様で、重要な決定などはラマダン明けに持ち越される傾向がある。
先月からアッバス議長率いる「ファタハ」と
内閣を率いるイスラム教原理主義組織「ハマス」との間で緊張が高まっているパレスチナ情勢も、
ラマダンが進むにつれて小康状態となっている。

一方で、期間中の善行は功徳が倍増すると考えられているため、
テロを「善行」と曲解する一部のイスラム教過激派組織がテロを活発化させるという側面もある。


・・・・・つらつらと書いていたら、日没を知らせるモスクからのアザーンが聞こえてきた。
普段は車が絶えない支局前の通りも静まり返っている。

私もイフタールをとることにしよう・・・・

ラマダン、カリーム(ラマダンおめでとう)!


騒音の町カイロ

(2006/09/27)


 


私が住んでいる町カイロは、人口1000万人を超える中東最大の大都市だ。
それだけの数の人間が暮らすとなると、当然町は騒々しくなる。
800万人を抱える東京も静かな町とは言いがたい。むしろかなりうるさい部類に入るだろう。だが、カイロとは比較にならない。

世界に数ある大都市の中でもカイロは「凄まじくうるさい」町のひとつだと思う。


騒音の最大の原因は、洪水のように街にあふれる車やタクシーが吐き出すクラクションにある。
とにかくカイロのドライバーはやたらとクラクションを鳴らす。
必ずしも危険を知らせるためだけではなく、タクシーは、
通りを歩く歩行者に自分の存在を知らせるために「ぷーっ、ぷーっ」とやる。

道路が渋滞すると、待つことが嫌いなドライバーらは、
自分の前に何台か車が繋がった時点で堰を切ったように鳴らしだす。

「ぷーっ、ぷーっ、ぷーっ!」・・・・・

・・・・・結婚式の車列、ひいきのサッカーチームの勝利を祝う車列、
とにかく、すぐにクラクションである。タクシーに乗っていると、全く脈絡がないところで突然クラクションを鳴らしだすことに驚かされることもある。

 クラクション以外でも、アラブポップスを流し続けるキャンペーン中の店、
アラブバンドが踊り歌い歩く結婚式のお祝いのパレード、物売りの声、
大声でけんかする中年の男たちの罵り合い・・・実に様々な騒音がカイロには満ちている。


「騒音」にはあたらないかもしれないが、もう一つ、中東諸国ならではの特徴的な音がある。
イスラム教のモスクから流されるお祈りの呼びかけ、アザーンだ。
毎日五回、半分壊れたようなスピーカーから、
かすれた大音量で「アッラー・ワ・アクバル・・・・」と始まる。

お祈りの時間を知らせるものだから、当然すべてのモスクは同時にアザーンを流す。
カイロに無数にあるモスクから一斉に始まると、
あちこちのアザーンが重なり合って多重ステレオのように町中に響き渡る。

赴任した当初は、早朝のアザーンで起こされたものだ。
・・・今ではすぐ近くで流れるアザーンの中、平気で熟睡できるようになった。

カイロでは、あらゆる音があふれ、そのすべてが町の活気となって巨大な町を彩っている。


そんなカイロが信じられないほど静かになる瞬間がある。
イスラム教の断食月「ラマダン」中、その日の断食明け最初の食事「イフタール」の時間である。
夜明けから水も飲まずに断食してきた人々が日没を知らせるモスクからの知らせと共に、
食事を始めるのだ。この時間、街からは車列が消え、文字通り人っ子一人いなくなる。
みんな家で食事にありついているのだ。

珍しく静寂が支配するカイロは、現実離れしていて、
自分がどこにいるのか一瞬わからなくなるような不思議な浮遊感に包まれる。
この感覚はなかなかいい。
いつもの喧騒が嘘のように町が静まり返るとき、しばしカイロにいることを忘れるのである。


ラマダンは一年に一度訪れる。エジプトでは今年、9月24日から始まった。
終わるまでの一ヶ月、断食と睡眠不足にいらいらする人々と、
(普段にも増して)停滞する経済活動に耐えながら、
イフタール中のあのひとときを楽しみに、仕事が思うように進まなくても大目に見ることにしようと思う。