トルコの教訓

(2006/10/30)


 

電話が鳴ると「ドキッ」とする時がある・・・
まさにそんな感覚でとった電話で、取材することになった。
トルコで起きたバス事故。日本人観光客の乗ったバスが雨の中、スリップし横転したのだ。
ロンドンから12時間ほどかけて現場へ向かった。
被害者の中に、面識はないが東京本社で働く女性も含まれていた。
必死で連絡をとってみる。きっとようやく取れた休みのはずだ・・・いたたまれない。

・・・しばらくして連絡があった。事故で荷物が吹き飛ばされてしまっていたのだという。

取材した事故現場はひどかった。石が割れ、地面が削り取られていた。
ひどい形になったバスも見た。いったいどういうことなのか・・・
警察当局や、旅行会社が話す理由を取材して憤りと悲しさを感じた。
この事故で、一人の尊い命を失っている。また多くの人が苦しんでいる。

2006_1019_012.jpg

上の写真の病院とは別の場所で、
事故後まもなく、痛みをこらえ、彼女はインタビューに答えてくれた。
彼女の一言一言を大事にしたいと思った。

先々週、日本に帰国できることになったと、ロンドンまで連絡がきた。
着いたらそのまま病院に搬送され、今も頑張っている。
今も世界中で、多くの日本人観光客が旅をしている。
・・・・防げるものを防がないといけない。


ロンドングラード

(2006/10/22)


 

 モスクワから年に一度、健康診断のためロンドンに出かけているが、
ロシア人の多さには驚かされる。
 ロンドンに住むロシア人の数は30万人にのぼる。
この5年間で3倍に膨れ上がったという。(ちなみに日本人は3万人程度)
もちろんロシア人向けのラジオ放送も新聞もある。
 
 ロンドンで100万ポンド(約2億2300万円)を超える大邸宅のうち、
5軒に1軒はロシア人が所有
している。
 プレミアリーグ「チェルシー」のオーナーで、
世界一の大金持ちといわれる石油王・アブラモビッチもそのひとりだ。

 こうしたロンドン在住のロシア人たちの暮らしぶりを、
先日、モスクワのテレビ局が特集していた。
 番組の名はロンドングラード(グラードはロシア語で市)。
「この街は、我がロシアのもうひとつの首都である。」というナレーションで始まった。
 郊外にプール付きの大邸宅を構え、上流階級のパーティーに参加し、
休日はポロを楽しむ。
子供は、授業料が年間5万ドル(約600万円)もする特別なカレッジに通わせる。
将来の人脈作りのためだという。
 新しくオープンした高級中華レストランのロシア人オーナーは言う。
「ロシア人に能力があり、世界で成功することを証明したいのだ」と。

 それにしても、なぜロンドンに目が向けられるのだろうか。
 どうやら、ロンドンでは、海外で稼いだ金を持ち込んで暮らしても課税の対象にならないらしい。
 原油価格の高騰で、巨額なオイルマネーを手にしたロシア人にとって、
ロンドンは願ってもない場所なのだ。


"ハポン”発見

(2006/10/18)


 

DSC02702.JPG遅めの夏休みをいただき、スペインのアンダルシアへ行ってきました。
日に日に寒くなるパリを抜け出して、陽のあたるあたたか~い所へ行きたかったのです。
セビリアの大聖堂、グラナダのアルハンブラ宮殿など
世界遺産に触れることが目的だったのですが、
それ以上に楽しみにしていたのが、スペインの海の幸と、のんびりすること。

そんなわけで、休みの半分は、
地中海沿いのリゾート地(コスタ・デル・ソル)で過ごしました。
街には、小皿料理のタパスを楽しませてくれるバルや土産屋が立ち並び、
とってもいい感じ。
「これぞスペインのリゾートだぁ」と感動していたら、
思いがけないニホン(=ハポン)に出会いました。

ハポン①
 DSC02778.JPG レストラン街を歩いていると、ふと目にとまった赤提灯。
なんと、日本食レストランがあったのです。
パリは、今、空前の日本食ブームで、こうした風景は見慣れていますが、
スペインのリゾート地でも見かけるとは、さすがにビックリ!
しかもよく見ると、きっとどこかからもらってきたのでしょう、
大小宴会承ります”と書いてあるではないですか!?
「そんなことできる訳ないでしょう」と一人で突っ込み、
その店を素通りしました。

ハポン②
 海岸沿いの広場に、小さなゲームコーナーがありました。
パターゴルフやミニ列車もあって、
小さい頃、デパートの屋上にあった遊園地のような、
なんだか懐かしい雰囲気です。
そこで「ワニワニパニック」という日本のゲームを見つけました。
奥から出てくるワニの頭をハンマーで叩くもので
もぐらたたきのワニ版、といったところでしょうか。
これは、素通りするわけには行きません!
早速、1ユーロを入れて挑戦です。
ハンマーが当たる度に、
丁寧にも、ワニが日本語で「イテッ、イテッ」と叫んでくれます。
快感!!思わず真剣になってしまいました。
 休みでリラックスした中、ワニの頭を叩いてストレス発散まで出来ました。
翌日、腕が筋肉痛になっちゃいましたが・・・。

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「核実験」と「大統領暗殺」!?!?

(2006/10/15)


 

「北朝鮮の“狂人”がついに核実験をやらかした!」

その晩、ロンドンの路上で受け取ったフリーペーパーには激しい見出しが躍っていた。
9日の北朝鮮による核実験実施の発表は、イギリスでも勿論、
テレビが明け方から速報するビッグニュースだ。

さて横断歩道を渡ったところで今度はパラソルを立てた女性から
別のフリーペーパーを渡される。

9vHfJGmrTb.jpgd5GdcAx2iD.jpg

全面ブッシュ大統領の写真に
「GEORGE W BUSH 1947~TONIGHT 9PM!~
 ジョージ・ウオーカー・ブッシュ、1947年生れ、今夜夜9時 没!」
の見出しがあしらわれている。
勿論こっちはインチキ、テレビ番組のコマーシャルである。

そう、今宵はこの1ヶ月しばしば新聞紙上を賑わしてきた英・民放チャンネル4の問題作
「DEATH OF A PRESIDENT~ある大統領の死」が放送されるのだ。
とはいっても有料のデジタルチャンネルMORE4での放映なので、
契約者以外は家で待ってても観られない。

以下は録画で確認した中身を軽く…。

物語は垂直のフカンでとらえた市街地や共同墓地のヘリショットから始まる。
サスペンス映画の味わいだ。
続いてシカゴ空港に到着したアメリカ大統領専用機エアフォースワン。
降り立つブッシュ大統領の実写映像。
市内に入った黒塗りの専用車には待ち受けた反戦デモの市民から
「ブッシュは来るな!」のプラカードが掲げられる。

時折、警察幹部や容疑者の親族ら(勿論俳優)のワンショットのインタビューが、
ニュース映像をそのまま使った大統領の演説などの合間にはさみこまれる。

本当のドキュメント番組?
と見まごう作りで視聴者をひきつけたところで問題のシーンだ。

会場を後にしようとしたブッシュ大統領が凶弾に倒れる。
駆け寄るセキュリティガード。はためくフラッシュ。
激しいカットバックで緊迫の映像が構成される。
現場となったビルの玄関を記録した監視カメラのビデオ映像。
そして容疑者の指紋・・・。
数々の証拠からアメリカ生まれのイスラム教徒らが浮上し、逮捕されるが、
真犯人は別のところにいた・・。

新聞紙上のレビューを眺めると
「これだけCONTROVERSIAL(議論の的になる)番組を作るなら、もっと掘り下げて欲しかった」
「テロリストたちに新たな手口を教える意味があったのか?」
と放送前と同様辛口の批評もみられたが、
ブッシュ氏本人にとっては悪い番組じゃなかった、とのミカタも。
テロとの戦いの矢面に立った悲劇の英雄ともとれるからか。

製作したチャンネル4はイギリスでも面白い位置づけのテレビ局で
古い資料によると、設立時
「ほかの3つのチャンネルでは満たされない関心にこたえること、
番組の形式と内容で新しい試みや実験を行うことが放送法で義務付けられた」
のだそうだ。(「世界の放送」1988年版)
確かにブレア政権の閣僚を茶化したドラマなど大胆な番組を良く見かける。

英国内での反響はまだ何ともいえない。
週末、特派員協会で会ったカナダ人記者も「観られなかったわ」と残念そうに話していた。
地上波のチャンネル4で今週、再放送されるから、
今度は多くの視聴者の目に触れることになり反響の度合いも見えてくるだろう。








ラマダン、カリーム!

(2006/10/09)


 


前回のブログでも少し触れたが、
今回はイスラム教の断食月、ラマダンについてより詳しく紹介したい。

エジプト(もちろん他のイスラム世界も同様)は現在、ラマダン真っ最中である。
公的機関はもちろん、一般企業も労働時間を短縮するなどラマダン期間中は、
すべてが「ラマダン仕様」となる。

**ラマダン期間中町のあちこちに飾られる「ラマダン・ファヌース」と呼ばれるランタン。
もともとはイフタール後、町を子供たちが練り歩くときに使われたが、
最近ではデコレーションとして町のラマダン気分を盛り上げるのに一役買っている**

ラマダン中のカイロ②.JPG


ちなみに、NNNカイロ支局の現地スタッフの勤務時間も短くなっている。
私はその限りにあらず・・・


「断食月」というと期間中、一切の食事を断つかのような印象をもたれる方も多いと思う。
もちろん、そうではない。飲食が禁じられているのは、日の出から日没までの間で、
夕刻日が沈む合図と共に皆一斉に食事を始める。

イフタールと呼ばれるこの食事の時間帯、
カイロの町が静まり返るのは前回紹介したとおりである。

**とあるレストランにて。イフタール開始直前、ビュッフェに集まるカイロ市民**ラマダン中のカイロ①.JPG


ラマダン期間中は、食卓にはいつもより豪華な料理や特別なお菓子が並び、
断食明けの食事は苦行を終えた喜びを味わえるようになっている。


ラマダンは本来、宗教的なもので、断食によって身体と心を清め、神の恵みに感謝し、
貧しい人々に施しを行う重要な宗教行事である。
事実、この期間、カイロの町には貧しい人々に食事を振舞うテントが数多く出現する。

しかし、やはりラマダンは宗教行事というより、一般の庶民にとってはお祭り期間に他ならない。
人々は日中ひたすら断食の苦しみに耐え、日が沈むや否や、ご馳走にありつき、
テレビの特別番組に興じながら、夜更かしして楽しむのである。

驚くべきことに、多くのエジプト人はラマダン期間中、痩せるどころか体重が増えるのだという。
「断食月太り」というイスラム教徒ではない我々にとって不可解な現象が
この期間の雰囲気を象徴している。


先日、朝支局に行くと、スタッフの一人がひどい頭痛で辛いという。
朝起きてから頭痛に見舞われたらしく、断食が始まっていたため薬が飲めなかったのだ。
病人は断食しなくてもよい、という免除条項もあるのだが、
後日その分また穴埋めをしないといけないこともあってか、なかなか薬を飲もうとしない。

結局早退させ、彼はその後断食を一旦破って薬を飲んで事なきを得た。
このスタッフに限った話ではなく、ラマダン中体調を崩す人は多い。
町を歩くと、頭を抱えたり地面にへたれ込んだり、
明らかに断食が原因で体調が悪そうな人をあちこちで見かける。

やはり、断食は辛いのである。
では、人々はラマダンが嫌いなのかと思ってしまうのだが、答えは逆だ。
みんな大好きなのだ。

・・・なぜか。
勤務時間は短縮されるし、毎日家族集まってのご馳走だし、
様々なイベントが開催されるし、、、と、楽しいことであふれているからだ。

雰囲気としては、日本のお正月のようなもので、そのお祭りが一ヶ月続くと考えれば、
少しは理解して頂けると思う。
かくいう私もホテルのダイニングなどで行われるイフタールの雰囲気は結構気に入っている。

ともあれ、この毎年の「イベント」を通じ、
イスラム教徒は互いに連帯感を強め、
ウンマ(イスラム教で言う共同体)が形成されてきたのである。


一般的にラマダン中、イスラム世界では、社会の動きはゆるやかとなる。
政治情勢も同様で、重要な決定などはラマダン明けに持ち越される傾向がある。
先月からアッバス議長率いる「ファタハ」と
内閣を率いるイスラム教原理主義組織「ハマス」との間で緊張が高まっているパレスチナ情勢も、
ラマダンが進むにつれて小康状態となっている。

一方で、期間中の善行は功徳が倍増すると考えられているため、
テロを「善行」と曲解する一部のイスラム教過激派組織がテロを活発化させるという側面もある。


・・・・・つらつらと書いていたら、日没を知らせるモスクからのアザーンが聞こえてきた。
普段は車が絶えない支局前の通りも静まり返っている。

私もイフタールをとることにしよう・・・・

ラマダン、カリーム(ラマダンおめでとう)!


急成長と閉塞

(2006/10/08)


 

モスクワに赴任して1年半が過ぎた。
街では外国車が広い道路を埋め尽くし、大渋滞が続く。
車が売れ過ぎて生産が追いつかないらしい。
 郊外には超大型スーパーが林立し、15年前のソビエト崩壊時の物不足がウソのように、
家族連れが何でも買える幸せを楽しんでいる。
 ロシアは原油高騰を追い風にした空前の消費ブームに沸きたっている。

 だが、豊かな消費生活に関心が集まる一方で、ロシアは着実に逆戻りをはじめている。
 88年ゴルバチョフ政権にはじまった情報公開=グラスノスチは、
エリツイン政権に受け継がれ、2000年までは言論の自由が保障されていた。

 だが、プーチン政権になってからはメディアの統制が強まっている。
もっとも影響力を持つテレビは、第1チャンネル(51%以上の株を国家が持つ)、
ロシアテレビ(国営)、NTV(51%の株を国営企業ガスプロムが持つ)とも、
漫才やドラマ、映画など娯楽番組ばかり放送している。
エリツィン時代に盛んだった討論番組や風刺番組はいつのまにか消えてしまった。
政権を批判するアネクドート(小話)もまったく語られていない。

 エリツィン時代にあった自由と混乱は、ともに収束に向かい、モノいえぬ閉塞感が生まれた。
時代は繰り返すというが、エリツィンをフルシチョフにたとえ、
次のブレジネフの停滞をいまのプーチンに重ね合わせる人もいるようだ。

 ソビエト時代は、たとえ物不足でも、社会はどうなるのか、人間同士の関係はどうなるのか、
少なくとも人々は将来のことを真剣に考えていた。
だが、いまは消費のことばかり・・・。
うすっぺらな世の中になったと感じているロシア人は少なくない。


交通事情

(2006/10/07)


 

朝夕の通勤ラッシュ時に、渋滞が渋滞を呼ぶこともしばしばあります。
今回はフランス・パリの交通事情をご紹介します。

右優先
パリ市内を運転する際に、まず気をつけなければならないのは右優先!
右側を走る車が圧倒的に強い通行優先権を持っています。
ブレーキを踏まずに路地から飛び出して来る車もあるので、
太い道路を走っているとしても車の右側には要注意です。


DSCN07190003.jpg 
 車線
 片側三車線ぐらいの大きな通りがパリ市内にはいくつもあります。
 “ぐらい”というのは、車線が引かれていない道路が沢山あるからです。
 三車線、時には二車線とその道路を走るドライバー達によって変化していきます。
 規則で決められるのが嫌いな国民性ということなのか???

 工事現場などで突然一車線になると
 右から左から一車線に目がけて車が集まってきます。
 ルールは隣の車よりも車体を少しでも入れた者が勝ち!
 各ドライバーとも譲り合いの精神よりも、まずは我先に車体を入れてくるので
負けずに車をジリジリと前進させないと、いつまでたっても前へ進めない結果となります。

DSCN07250002.jpg
 交差点
 信号は停止線とほぼ同じ位置にあります。
 日本のように交差点を越えた所にはなく
 停止線に止まらなければ信号を見ることができないように
 合理的に設置されています。

 ところで日本では渋滞時に、
 交差点内で信号が変わり、立ち往生しないように
 青信号でも交差点内に進入せずに
 停止線で車を止めて待つこともあるかと思います。

 フランス、特にパリでは交差点で立ち往生することなどお構いなし!!
 例えば南北を走しる道路の信号が青である限り、車は交差点に進入し続けます。
 信号が変われば、交差点内で身動きが取れなくり、東西を走る車の流れを妨げます。
 東西を走る車は南北の車列の間を縫って前進。
 その間に、再び信号が青から赤に。
 今度は東西を走る車が立ち往生し、南北を走る車の流れを妨げます。
 ここに路線バスなどが絡むと交差点は大混乱!
 このような光景は朝夕の通勤ラッシュ時にパリ市内の各所で見ることができます。

DSCN07270001.jpg

 クラクションを鳴らして文句を言う人。渋滞の原因になっていても平然としている人。
 まずは自分が交差点を進むことが最優先。これもフランス流個人主義???
 ただ、日本の感覚で見るとメチャクチャのグチャグチャです。
 フランス国外から戻って来た時に、混乱した道路を走っているとパリへ戻ったことを実感します。

横断歩道
 ドイツへ取材に行った時に驚いたのは、車の流れが途絶えている道路でも、
 横断報道の信号が赤から青に変わるのを待ち続けるドイツ人!
 赤信号で横断報道を渡らないのは当然のことかもしれませんが
 フランスから訪れた私としては驚きでした。
 「規則は守るもの」というのがドイツ人気質なのでしょうか。

 ちなみにフランスでは赤信号だろうが、車の流れが多い太い道路であろうが、
 通行人は道路をドンドン渡ります。
 いま道路を渡るのか?それとも車が通り過ぎた後に渡るのか?
 見ていると不安になることもあります。ドライバーと通行人による阿吽の呼吸もありそうです。

交通マナーはその国の鏡?
 交通マナーの違いは国民性の表れなのか?
 これは日々の取材現場でも確認する事ができます。
 取材先と事前打ち合わせを細かくやっておけば、打ち合わせ通りに取材が進むのがドイツ。
 その代わり、現場で突然交渉してもダメなものはダメと融通が利かないのもドイツ。
 フランスでは打ち合わせをしていても、「場合による」、「人による」と非常に曖昧です。
 どのような形で取材が成立するのかが、現場に行ってみるまで分からないケースも多々あります。
 ただ、打ち合わせ時に駄目であったものが、取材現場で突然OKになるなど、
 不確実性は非常に高いが融通の利く面もあります。

 相反する国民性のようですが、フランスとドイツにも大きな共通点があります。
 それは、老人や子供に優しい運転。
 信号が無い横断報道で、老人、子供、そして小さな子供を連れている親が立っている場合
 車を止めて横断報道を先に渡らせるのも両国の大きな特徴です。


コトバの力

(2006/10/06)


 

 パリでは「パリモーターショー」が開かれています(10月15日まで)。
各メーカーが自慢の車を展示しているのですが、例年、新車に注がれるべき熱い視線が、
今年はあのカルロス・ゴーン氏に向いてしまった感があります。
というのもゴーン氏率いる日産・ルノー連合とゼネラルモータース(GM)の提携話が
大詰めを迎えていたからです。結局日本時間の5日で破談になりましたが…。

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 わがNNNでは遥かNY支局から小林特派員の力強い援軍を得て、
ゴーン氏の単独インタビューにも成功。自動車業界再編に向けてのビジョンなどを
取材することができたのですが、そこで感じとったのは彼の「コトバの力」でした。
文字通り分刻みのスケジュールをこなしながら、時と場所・相手は次々と替われど、
彼は疲れなど微塵もみせることなく“語り”続けていました。
車を説明する担当者を質問攻めにしたと思えば、
他社のいい車を見つけると部下のデザイナーを呼んで「これいいよなぁ」と話しかける。
マスコミに取り囲まれると現状と今後の方向性を簡潔に説明し、
社内インターネット向けに社員が安心して働けるようビデオメッセージを収録する。
時には英語、時にはフランス語で…。それも相手次第。

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 「提携交渉相手」のGMブースを通りかかった時のこと、ちょうどそこでラジオ番組の
生放送中だったGMの地元デトロイトのキャスターに呼び止められました。
いかにもアメリカ人らしく「ハーイ!カルロース!」と…。
するとゴーン氏は相手が差し出したヘッドセットを嫌な顔ひとつせずに受け取り、
飛び入り出演してしまったのです。
]もちろんそこでも彼の考え方をしっかり説明していましたが…。

 良し悪しは別にして日本にはまだ「大組織の長たるもの多くを語らず」みたいな
考え方が残っているのではないでしょうか?
「社長が一々細かい説明などしなくても部下がしっかりしていれば大丈夫」的な空気が
まだあるような気がします。
日本有数の大企業の風土を変え、甦った組織をさらに前向きに引っ張る…
そんなゴーン氏の最大の武器「コトバの力」を目の当たりにして、
私の古臭い考えも少し変わったように思います。

 で、「じゃあ君のコトバの力はいかほど?」って聞かれると、
「まだまだ奥ゆかしい日本人のままです。」と答えざるを得ないのが残念です。


「新旧」まぜて

(2006/10/05)


 

今朝、吐いた息が白くなった。
ロンドンは気温が下がって雨も多くなり、徐々に「霧の街」となってきた。

朝、寄る商店がある。そこには雑誌や新聞がずらりと綺麗に並べられているため、
新聞の紙面を一気に見渡すことができる。
色も見出しも実に様々で、とても面白いのだが、実によくこれだけの新聞が並んでいるなあと思う。

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加えて、最近ではフリーペーパー(無料の新聞)の創刊ラッシュが続いている。
このフリーペーパー、政治からエンターテイメントまでと実に内容が充実している。
よくこれだけの内容を毎日、載せ、そしてタダで配るものだと感心する。

イギリスは何にしても、新しいものへの取り組みが、一気に進む印象がある。
「とりあえずやってみる」という発想なのだろうか。

その一方で、もちろん古いものや古い習慣は今も多く残っている。

例えば、とても身近なものでは、ロンドンのタクシー。
まず行き先を告げてから自分でドアを開けて、乗る。
そして車を降りてから料金を支払うという、昔ながらのシステムなのだが、
先日、タクシーの運転手と話していて
「日本にはドアが自動のタクシーがあるそうだが?」と聞かれた。
「ああそうだよ」と答えると「へえ。でもイギリスには必要ないね」と,
あっさり結論づけられた。

たぶん古いものはこうして残っていくのだろう、と思う。

そうして夜、帰宅して冷凍庫を開けると、扉が全部凍っていた。
その「冷凍」ぶりは見事で、1時間から1時間半程度、
フォークやナイフでザクザク!ザクザク!とひたすら氷を削り、
何とか1つ扉を開け、そして食べ物にありついた。

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しかし、よく調べると冷凍庫の扉がきちんと閉まらない構造である上に、
昼間に電源がよく落ちていたことが分かった。
特に驚きはしないものの、なぜこのままだったのか、大量の氷を手にして、ふと思った。

大家に話すと、「あら。前の人は使わなかったからねえ」
「じゃあ解凍させてから考えましょうか」と言われた。

柔軟なのか、あるいは図太いのか。
古いものを残しつつ、状況が変われば全く動じずに見事に対応する姿勢には感心する。
いずれにしても、とても現実的なのだ。
そして、これは取材で出会う様々な世界の人たちに、みな共通している気がする。

そんな「新旧」の発想をまぜて、変化を続ける国だから、とても面白いと思っている。


不審物?さあどうする

(2006/10/03)


 

LW8tXzhkM9.jpgラッシュアワーでぎゅうぎゅう詰めのロンドンバスも、市中心部の目抜き通り、
オックスフォード・ストリートを過ぎると、急にがらんと空いてくる。
パソコンや雑誌でやたらに重いバッグを抱え、「やれやれ…」と腰掛けると、
程なくイヤな物が目に入る。
薄汚れた旅行用トランクが、運転席近くの荷台に置き去りにされている。
持ち主の姿はない。
乗っているのが1年前の同時テロで爆破されたのと同じ、あの新型二階建てバスならば、
いやでも忌まわしい記憶がよぎる。
(どうしよう、運転手に知らせるか…)

去年の今頃なら、自分でなくても誰かがすぐ運転席に駆けつける位の緊張感があった。
しかし最近は、良くも悪くも空気は緩んでいる。
(爆発してからじゃ遅いけど…まあ待て、持ち主は二階の席にでも座ってるんだろうさ)
 実際最近も、重い荷物を持って階段を上がるのが面倒で、無造作に1階の床に放っていく乗客を
見たことがある。ここで行動を起こすのも取り越し苦労に過ぎるか?
逡巡するうちにバスは終点に到着。トランクはまだ残っているが、その日は
持ち主を確認している余裕もなかった。

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7月7日の惨事から1年余り。ロンドンの交通機関は活気を取り戻した。朝晩の地下鉄やバスは、
通勤の会社員や旅行客でごった返している。
だが、潜在するテロの脅威は、旅客機テロ計画でも証明された。
実際に不審物が、警察に通報される例も多い。
私の身近でさえ、このひと月で2回の爆発物騒ぎがあった。
ゴミ箱やベンチの脇に残された持ち主不明のリュックや紙袋は、
ひとたび通報されるや全ての交通機関をマヒさせ、
駅前広場や目抜き通りを、ひと気のないゴーストタウンに変えてしまうのだ。
交通当局も対策の手を止めない。
不審者を監視するカメラは、地下鉄構内だけでも6000台を越え、さらに倍増される予定だという。
ロンドンで暮らす限り、この程度のことは当たり前に思える。異常が日常になってしまっている。


ディープな馬の世界

(2006/10/02)


 

世界最高峰のレースに挑んだ日本最強の馬・ディープインパクト、
結果は惜しくも3位でした。
当日は、とにかく観戦に駆けつけた日本人が多かったのには驚きました。

この取材に向け、何度か競馬に行ってきました。
とは言え、競馬には疎いので、
まず競馬について知識を増やさなければ!と思ったのです。

実はフランスは、約250の競馬場があり、
毎日どこかで競馬が行われている“競馬大好き”国なのです。
でも、競馬好きと行っても、日本とは、ちょっと違います。
“赤鉛筆を耳にかけたおじさん”のイメージの日本の競馬と違って、
フランスの競馬場は、“家庭的”な雰囲気が漂っていました。
馬を見てスケッチしている人がいたり、
老夫婦がのんびりと平日の午後を過ごしていたり。
もちろん真剣に、賭け事として競馬に向かっている人はいるのですが、
フランスの競馬場には、
それだけじゃない世界が広がっていました。

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ディープインパクトが調教されていたパリ郊外のシャンティ競馬場では、
先日、馬車のコンテストが行われました。
スピードや正しいコースを走るといったポイントに加え、
審査の対象となるのが、エレガントさ!!
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参加者は、童話の世界から抜け出したような衣装を着ていました。
いい大人がすました顔して馬車に乗っているわけですから、
何だか笑いたくなってしまうような光景ですが、
ヨーロッパでは馬術といえば、もともと貴族の遊び!
今なお、その伝統と格式を守り続けている人たちがいるのです。

レースは残念な結果でしたが、
ディープインパクトのお陰で、
ヨーロッパの新たな世界を知ることができました。
まぁ、「貴族」は私には縁のない世界ですが・・・。