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専門家に聞く…“国産ワクチン”開発の現状

2021年4月6日 13:00
専門家に聞く…“国産ワクチン”開発の現状

新型コロナウイルスの政府の政策決定やワクチン開発、医療現場などの最前線で奔走する専門家たちに、今更聞けない素朴なギモンから最新情報のアップデートまで聞く企画。第6回は、“国産ワクチン”開発の現状と課題について、日本の企業と組み、開発にあたっている東京大学医科学研究所ワクチン科学分野の石井健教授を取材した。

■スピード開発に成功した大国…そのカギは

――この1年で世界中でワクチン開発が行われているがスピード感をどうみているか?

ワクチン開発は通常は10年近くかけて安全性をみていくものですけど、今回は本当に特殊で、今までなかった速度、1年以内にワクチンの供給が始まるということが起きました。到底日本では、なしえなかったですし、世界中でもアメリカ、イギリス、中国、ロシアが(開発に成功し)、すべての国が1年以内のワクチン開発に成功したわけではありません。

――アメリカやイギリスなどの開発は日本と何が違った?

一言でいうならば、量産規模です。アメリカ、イギリス、中国、ロシアは、おそらく一兆円規模の予算が昨年の早期に投入されています。工場の生産設備の準備から臨床試験、供給の対象まで、その頃から準備が始まっていました。まずそこが普通は10年かけてやるものを(各作業を)並列で1年でやりますので、巨大な予算投資と準備が必要ということになります。


■ワクチンは「国防」「外交」の重要ツール

――なぜ海外では、ワクチンスピード開発をした?

ワクチンは、「国防」「外交」の非常に重要なツールになりうるということを、アメリカ、イギリス、中国、ロシアははっきりと認識し、有事として最初から対応していました。アメリカでは、炭疽菌によるバイオテロ事件が、9.11の後にワシントン近辺で起きました。当時、私もアメリカにいましたが、バイオテロが非常に重要な問題だった。その対応として、緊急で作れるワクチンや治療薬の準備をしなくちゃいけないということで、非常に早くからそういう対応が行われていました。

日本はというと、(今回の新型コロナ対策は)公衆衛生の緊急事態の対応に留まっていましたし、日本全体でそこまでの危機感はなかったと思います。ただ、外国のワクチンの輸入・契約自体はそれほど遅れなかった理由は、新型インフルエンザの時の対応が参考になっています。


■日本の“ワクチン外交”が世界に果たせること

――「ワクチン外交」で中国が躍進。日本はどうすべき?

日本は世界平和に貢献できる能力と、ある意味義務も生じています。そういう意味では、武器ではなくワクチンというツールを使って、世界の公衆衛生、保健衛生に貢献することは、外交として非常に有効です。もちろんこれはまだ架空の仮定の話で、日本はワクチン輸出国には決してなれていませんが、それを目指して、日本から製造・生産し、海外に供給できればと思います。


■“ワクチン争奪戦”は歴史上初めて

――EUの輸出規制など世界中で“ワクチン争奪戦”が起きた。過去にもあった?

10年ほど前の新型インフルエンザのパンデミックでは、ここまでのことは起きなかったと思います。今回ほど世界規模で同時多発にこれだけワクチンが必要になったことはないと思いますので、歴史上初めてのことだと思います。これを有事というなら、もちろんそうですし、それに対する危機対応が、日本全体でやはり認識が甘かったというのが今回の反省材料になると思います。


■今後の課題「臨床試験のイノベーションを」

――後発でワクチン開発する上で、臨床試験する場所がないという課題がある

そこは、後発のワクチン開発の一番のネックになっています。ワクチンが世界中で接種されると(開発中の)ワクチンで第3相(大規模な人数)の臨床試験をするのはかなり厳しくなります。逆に、いま普及しているワクチンと比較して、同じくらい有効性があるという免疫の指標で、代替の指標を示し承認を得るというやり方が、今後おそらくメジャーになってくると思います。これはインフルエンザでも同様の指標があります。

もう1つのやり方として、(開発中のワクチン接種後)人工的に人に感染させる臨床試験があります。これは何万人という臨床試験をせずに、おそらく数十人、数百人規模ですれば、数万人規模と同等の精度で有効率を示すことができます。イギリスで行われていますが、日本では制度上できないので制度改革が必要ですが、ワクチンの新しい臨床試験の形も考慮されてもいいかもしれません。

――大規模な治験ができる国を探すという選択は?

何万人もの臨床試験で感染がどれだけ防げたかというのは、統計学的に非常にパワフルで、有効率を出すことは重要ですが、倫理的に考えると、もうすでに良いワクチンがあるのに、効くか効かないかわからないワクチンと、プラセボ(生理食塩水)を打たせることは、倫理的に問題があって許されないと思います。やはり、いいワクチンと比較する指標を使う、もしくは人為的な臨床試験などが代替的に使われていくと考えています。これからは、臨床試験のあり方も、世界的イノベーションが起きるべきと考えています。


■「急がば回れ」の国産ワクチン開発を

国の公衆衛生、予防接種事業の根幹ですし、国防や外交のカギになると認識された今、国産のワクチンを作らないオプションはないと思います。日本の複数の企業がワクチンの臨床試験に入っていますので、これがうまくいけば、世界の公衆衛生、グローバルヘルスカバレッジに貢献できるという非常にいい目標ができます。

ワクチンというのはもちろん供給が早く、危機に晒されている人を守るという意味では非常に重要ですけど、一方で、安全性が高いということはものすごく求められるものです。私は、こういう風に周回遅れだと危機感を煽られる時こそ、「急がば回れ」の気持ちで、粛々と今急ぐべきことを、慌てずにしっかり行うことが、国全体としてあるべきだという風に考えています。長い目でみれば、ワクチン開発、供給を日本はできます。1年以内にワクチンを作ることに失敗したという事実を重く受け止めて、次に感染症が起きた時に国民を助けられるようなシステム作りは、本当に喫緊に必要だと思います。


◆プロフィール
東京大学医科学研究所の感染・免疫部門ワクチン科学分野教授。東京大学医科学研究所国際粘膜ワクチン開発研究センター長。第一三共と共同で新型コロナウイルスのワクチン開発中。