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「誰もできないものを」魚彫る漁師の生き方

2020年2月14日 13:40
「誰もできないものを」魚彫る漁師の生き方

床の間の畳の上に大小さまざまな種類の木の魚。ここは岩手の漁師・深渡栄一さん(66)の自宅です。50年以上漁師を続け、いまも漁場に出ます。

写真は20代の頃の深渡さん。漁をするだけでなく木彫りで作ってしまいました。ここにある魚は、全て一人で作りました。水の中さながらに魚たちが畳の上を泳ぎまわっています。

深渡さん「誰もできないものを作って残しておく。そんな感じですよね」

岩手県の北三陸で、妻と2人で暮らす深渡さん。子どもたちはすでに親もとを離れ他県で暮らしています。本業のかたわら40年近く彫り続け、完成した数は800体以上。作業場は車で1分のところにあります。

ノミでおおまかな形をつくり、彫刻刀で細部を削っていきます。仕上げに紙やすりで全面を研磨。リウマチの痛みをこらえながら、1日平均12時間を製作にあてています。写真や資料を参考にすることなく、海での記憶を頼りに彫り進めていきます。この大きさ1体で完成までに1か月。

そんな深渡さん。一度だけやめざるをえない事態に見舞われました。2011年3月11日――

深渡さん「ここで見ていたんですよ、ずっと暗くなるまでここに立っていた」

船で作業をしていたところでした。

深渡さん「(上から見ていた)友だちはあいつはもう間に合わない」「沖にいる。終わりだと」

間一髪のところでこの場所に避難。高台にあった自宅は無事でしたが、彫刻の道具のみならず、漁船、漁師道具、網など生活の糧となるもの全てを失ってしまいました。

深渡さん「どうやってこれから生きていけばいいかなぁと」

途方に暮れる悲惨な状況の中、彫刻の道具がいくつも深渡さんのもとに送られてきたのです。知らない人からも届いたといいます。

深渡さん「えっ?続けろという意味なのかなと」

震災から7年後、地元の岩手県野田村に念願だった美術館をオープン。約400点を展示します。うろこを1枚ずつ削ったサケ。タコの足は根の形をそのまま生かしています。どの作品も木目を生かしたつくりで、いまにも動きだしそうな迫力と躍動感を持ちます。展示台の下をのぞくと作品はまだまだいっぱい。

しかし、美術館の経営は難しく赤字続き。漁師の収入をつぎ込み日々をつなげています。

お客さんたち「すばらしいと思った」「すばらしかったです」「何回来てみても感動します」

来館者から手紙も届きます。

深渡さん「(将来)絶対何かの役に立つなと漠然と確信したんです」「できるうちは続けていこう。そんな感じです」


【the SOCIAL lifeより】