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震災の教訓 自衛隊の災害救助どう変わった

2018年2月28日 21:09
震災の教訓 自衛隊の災害救助どう変わった

ニュースのポイントをコンパクトにまとめた「深層NEWS ここにフォーカス」。1995年に起きた阪神・淡路大震災の教訓を受け、その後、自衛隊の災害救助の初動体制がどう変わったかについて取り上げる。

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元衆院議員・高見裕一氏

(阪神・淡路大震災の発生直後)最初はひたすら『自衛隊を出動させてくれ、自衛隊を出してくれ。一刻の猶予もない。助けてくれ』と(政府に求めた)。もうこの一言に尽きます。

――その時の反応はどうだったんですか?

元衆院議員・高見裕一氏

『県から要請を上げてくれ』と。『県から、県知事の要請がなければ自衛隊は出せません』ということでした。何という、この非常時に“要請主義”だと。要請がなければ動けない、なぜだと。自分の(衆議院)議員バッジを外してもいい、もし自分が間違ったことを言っていたというなら辞職してもいいから、頼むから出してくれと申した。


元陸上幕僚長・火箱芳文氏

阪神・淡路(大震災)までは要請でなければ(自衛隊は)出てはいけないと止められた。それを、こういう場合は自主的に派遣してもいいと。そして与えられた権限も駐屯地司令・師団長・方面総監という人たちは派遣してもいいという権限を持たせてもらった。

ですから自主的にやる。部隊は初動派遣部隊で、連隊クラスは30人ぐらいの初動部隊を抱えている。これは24時間体制で、1時間以内に飛び出すような形になっている。