“がんになっても働く”には?
がんになった時、「治療」と「仕事」をどう両立させるのか。今も多くの人が直面している課題だ。なかには手術で仕事を休むため、失業の危機に陥る人もいる。がんになっても働くためにどんな対策が必要なのだろうか?
◇
■会社で働きながら再発治療
都内の投資信託会社で正社員として働く山田裕一さん(37)。
大学生だった18年前、山田さんは血液のがん「慢性骨髄性白血病」を患った。妹からの骨髄移植でいったんがんはなくなったが、1年半後に再発。今も治療しながら働いている。会社のデスクには、薬。
「これが2002年2月に再発してからずっと飲んでいる薬で、寛解(かんかい)といって悪いものがない状態を維持しています」
再発してから、飲み続けないといけない薬がある。
「最初4粒飲んでいたので、高額療養費で戻ってくるのですが、1か月で12万円かかるというので頭の中、真っ白になって。とりあえず働かないと自分の命を維持していけないんだなと」
日本では、2人に1人ががんになり、そのうち3人に1人は働く世代。治療と仕事の両立は大きな課題だ。
月に1、2度の通院は、会社のフレックスタイム制度や半休制度を活用している。体調が優れず1週間ほど休んでも、チームのメンバーに業務を共有していることで、滞りなく仕事を進めることができるという。
山田さんの上司・大角栄一さん「彼の治療が業務遂行上の負担に感じたことはないです」
医療技術の進歩により、すべてのがんの5年生存率が6割を超える中、がんは「入院して治療する時代」から、「働きながら治療する時代」に変わりつつある。
山田さんの同僚「夜(薬)飲んでいました?」「ランチの時も1回も見たことない」「デスクで飲んでいるの?」
山田さん「デスクで飲んだり持ってきているけど」
山田さんの同僚「飲み忘れている?」
山田さん「飲み忘れていない。ちゃんと飲んでいるけどみんな知らない」
山田さんの同僚「あまり気づいていない」
治療と仕事を自然な形で両立することができている山田さん。「本当にいい機会に恵まれているなと思っていて。これからももっと職域を広げていきたい」と話す。
一方で、山田さんのように会社の理解が得られるケースばかりではない。
■手術入院のために“失業危機”
派遣社員の石井優子さん(仮名・37)。昨年5月、乳がんを告知され、手術を前に厳しい現実に直面した。
石井さん「次の契約は厳しいかもしれない、と」
入院して手術を受けるため、8日間の休みをとろうとしたところ、厳しい現実に直面した。
石井さん「正規の社員じゃないので、長期で休んでしまうと次の契約は厳しいかもしれない、と」「病気のことよりも仕事のショックの方が大きかったですね」
3か月ごとの契約で、次回、更新できないかもしれないと言われたという。手術のために仕事を失う危機…。
石井さん「『派遣というのは労働力を提供しているだけだから』と何度も言われました。1週間以上お休みをもらうのは、ちょっと今までは例がないと」
石井さんは、入院手術とは別の不安を抱えながら入院した。
2013年の調査では、がんを告知された会社員のうち34.6%が依願退職か解雇されている。特に、契約社員や派遣社員のための対策は進んでいないのが現状だ。
■支援へ…企業に新たな動きも
こうした中、2016年末、「改正がん対策基本法」が成立。がんになっても働き続けられるよう、企業に努力義務を課すことを柱とし、企業も動き始めた。
先月29日、都内で開かれた勉強会に26社の人事担当者が集まった。学んだのは、「社員ががんになった時の心構え」。
講師の順天堂大学医学部公衆衛生学講座・遠藤源樹准教授「がんは、今まで全く健康だった人が発症することが多いという特徴がある」
講義で理解を深めた上で、企業ごとの課題などを共有し、対応を考えた。
企業の人事担当者「体力がつらい人への時短…」「一番問題なのは通勤ラッシュの時とかですよね。在宅勤務ができるようになると非常にいい」
■再発・転移…それでも“働きたい”理由
企業の対策が進み、柔軟な働き方が導入されるのを切望している人がいる。
メーカーで営業職として働いていた箕輪恵さん(39)。2008年に乳がんを告知され、2015年に再発・転移。治療と仕事の両立が難しくなり、半年ほど前から休職している。
箕輪さん「今、実際に7日間、全部寝ているかというとそうではなくて、起き上がれている日というのが週に3日ぐらいはある。ただ、それがいつか分からない」「自宅で勤務するということが広がるならば、それは少なくとも希望にはなりますよね」
今は、週に一度、抗がん剤を投与するなどの治療を続けている。
箕輪さん「なんとかして(仕事に)戻りたいという気持ちがあるから、治療に向かえるという気持ちが確かにあって。やっぱり何か目的がないと。治療するのが私の人生ではないので」
電車に乗ることさえつらい日もある中で、痛みをとるために鍼(はり)治療にも通っている箕輪さん。彼女にとって仕事は、「働く」ということ以上の意味があった。
箕輪さん「今思うと、生きていることを実感できるひとつの場。人から必要とされてるって思える、私にとっては背骨になる場所でした」「やっぱりそれって社会とつながるひとつだと思うんですよね。なので、働きたい」