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緊張高まる南シナ海 米・中の“衝突”は

2017年1月3日 21:42
緊張高まる南シナ海 米・中の“衝突”は

 2017年の南シナ海は、大国の激しい意地がぶつかり合い、軍事衝突も起きかねない一触即発の緊張が高まる年となる恐れがある。

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 それを強く感じずにはいられない“事件”が起きたのは、2016年12月のことだった。南シナ海でアメリカ海軍の小型無人潜水機が、中国海軍に奪われたのだ。

 アメリカ国防総省によると、無人潜水機は海水の温度などを調査していた。アメリカ海軍は、中国側が奪った直後に無線で返却するように求めたが、中国側はそれを無視して持ち去ったという。現場はフィリピンのルソン島沖約93キロの公海上で、アメリカ国防総省の報道官は「国際法に従って通常の活動をしていたが、中国側は不法に捕獲した」と非難し、速やかに返却するよう求めた。

 一方、中国国防省は「正体不明の装置を発見し、船舶の航行安全及び人員の安全に危害を与えるのを防ぐために、装置の識別・検証を行った」と説明。潜水機を持ち去った行為の正当性を主張し、同時にアメリカ側に偵察行動の中止を強く求めた。

 挑発的な行動を仕掛けた中国だったが、アメリカの反発が高まったことを受け、潜水機はアメリカ側に返還された。

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 今回は早期の幕引きとなったが、数日間にわたって南シナ海の緊張が高まったのは紛れもない事実だ。南シナ海は中国大陸から遠く離れてはいるものの、中国は主権や領土にかかわる絶対に妥協できない「核心的利益」と位置づけている。無人潜水機の“捕獲”は、その支配を強めようとする中国の意思が顕著に現れた“事件”だったと言え、2017年もこの種の動きが活発化する懸念は拭い去れない。

 中国は南シナ海をU字型に囲むように独自の境界線を設定し、『九段線』と呼んでいる。この“線”の内側の海域について、中国は歴史的に権利を有し、管轄権を持っていると主張している。その形から『赤い舌』とも呼ばれているこのエリアで、中国は『九段線』付近にある複数の岩礁をめぐって、フィリピンやベトナムなどと領有権争いを繰り広げている。

 一方的な埋め立てを行い、軍事拠点化を推し進めてきたが、2016年7月、オランダ・ハーグの仲裁裁判所は、南シナ海における中国の主張を全面的に退け、『九段線』について、「国際法上、根拠がない」と判断。南シナ海で中国が進めてきた海洋進出や軍事拠点化は、国際法上“違法”と断じられたのだ。

 これを受け、中国は予想通り、判決に「法的拘束力はない」と突っぱね、判決を受け入れない姿勢を示した。だが全面敗北の外交的打撃は大きく、中国の海洋進出戦略はくじかれたかに見えた。

 こうした流れの中、中国の南シナ海における海洋進出に当初から反対し「航行の自由作戦」を展開してきたアメリカと、その同盟国であり東シナ海で中国と尖閣諸島をめぐって争いを抱える日本は、攻勢に出た。国際会議の場などで「法の支配」の重要性を訴え、利害関係を有するASEAN(=東南アジア諸国連合)の各国とも連携を図り、たびたび中国に判決の受け入れを迫った。

 しかし、仲裁裁判所の判決をテコに中国の南シナ海での海洋進出を封じようという日米のシナリオは、1人の人物の登場で大きく狂うことになった。

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 中国と南シナ海で領有権を争い、仲裁裁判所に訴えた当事国・フィリピンのドゥテルテ大統領の誕生だ。

 2016年6月末に就任したドゥテルテ大統領は、長年の同盟国であるアメリカから距離を置き、中国と接近することを目指した。東南アジア以外の最初の訪問先として選んだ中国で習近平国家主席と会談し、巨額の経済支援と引き換えに、あっさりと中国側が求める南シナ海問題の棚上げに合意してしまった。それを象徴するように、両国で領有権を争うスカボロー礁では、中国公船によって行われていたフィリピン漁民への妨害行為が急に止み、再び漁業ができるようになったのだ。

 元々、ASEAN各国は、中国寄りと、それ以外の国でまとまらないことが多かったが、反中国の中心にいたフィリピンの転向によって流れは決し、南シナ海問題で一致した姿勢を示して中国に圧力をかけることはできなくなってしまった。仲裁裁判での敗北から巻き返しを図ることに事実上、成功した中国は、その後の南シナ海での動きを、より活発かつ過激にしている。

 2016年12月には、中国軍が爆撃機を、権益を主張する『九段線』に沿って飛行させたほか、中国が埋め立てて造った7つの人工島全てに、ミサイル迎撃システムなどの防空施設を整備したことも明らかになった。

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 海洋覇権に突き進む中国を止めることはできないのか。2017年の南シナ海情勢にもっとも大きな影響を与える人物が、まもなく権力の座につく。アメリカのトランプ次期大統領だ。

 トランプ氏は大統領就任前にもかかわらず、中国がもっとも重要視する『一つの中国』の原則に挑戦するかのように、台湾の蔡英文総統との電話会談を行い、中国に揺さぶりをかけた。また南シナ海での中国の海洋進出についても、トランプ氏は自身のツイッターで「南シナ海に巨大な軍事施設を建設していいか、われわれに尋ねたか。私はそうは思わない」と投稿。トランプ氏が大統領就任後に、中国が南シナ海で進める軍事拠点化を認めないことを示唆したとも言える。

 冒頭で触れたアメリカ海軍の無人潜水機が奪取された出来事についても、トランプ氏はツイッターで「中国は前代未聞のやり方で奪っていった」と非難し、「中国側に、盗んだ無人潜水機を返してもらわなくて結構だと言うべきだ。そのまま持たせておけ!」とトランプ節をさく裂させた。トランプ氏がアメリカ大統領として南シナ海にどうかかわってくるのか、全容はまだ見えていないが、2017年1月の就任後、アメリカと中国の間で緊張が高まることは十分に考えられる。

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 国際法に基づく判決ですら一顧だにせず、自国の権益を一切譲らない姿勢を貫く中国。トランプ次期大統領が中国を刺激する言動を繰り返して力任せな対応をとれば、2017年、南シナ海の先行きはいよいよ見通せず、軍事的衝突の危険性も大いにはらむことになる。

 南シナ海問題に詳しいフィリピン大学法学部教授で海洋問題海洋法研究所所長のジェイ・バトンバカル氏は、「2017年が南シナ海にとって非常に重要な年となる」とした上で、「トランプ次期政権がアメリカ国内向けの政策を重視し、経済的・政治的に中国に対抗する主導権をとらなければ、南シナ海での中国の拡大するプレゼンスと影響力に遅れをとらずに対応していくのは簡単ではなくなるだろう」と述べ、アメリカ側のかかわり方が中途半端なものになれば、中国のさらなる海洋進出の“圧力”を封じきれなくなると指摘している。南シナ海問題でも、トランプ氏の動向が注目されている。