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プーチン氏の対トルコ制裁はもろ刃の剣か

2016年1月1日 22:57

 ロシアのプーチン大統領は、シリア国境でロシア軍機が撃墜された報復として、トルコに対する経済制裁に踏み切った。

 1月1日から科される制裁の主な内容は「(1)生鮮食料品などトルコ産品の輸入禁止や制限」「(2)トルコ企業のロシア国内での活動の制限」「(3)ロシア国民のトルコ観光の制限」などだ。観光では、年間約400万人のロシア人がトルコを訪れており、観光が主要産業のトルコにとって手痛いダメージとなる。

 また、ノバク・エネルギー相は、トルコ経由で欧州に天然ガスを運ぶパイプライン計画「トルコ・ストリーム」をめぐる協議が中断されたことを明らかにした。

 トルコは、国内で消費する天然ガスの約53%(BP統計)をロシアに依存している。ロシアの制裁によるトルコ経済の損失は90億ドル(約1兆円)にのぼるとみられる。

 ロシアがトルコへの強硬姿勢を鮮明にする背景には、内戦が続くシリアの和平協議を有利に運ぶ狙いが透けて見える。ロシアは、シリアのタルトゥースやラタキアに軍事拠点を確保し、北大西洋条約機構(NATO)加盟地域の南部にあたる地中海周辺に、にらみをきかせている。これを維持するためにはシリア・アサド大統領の協力が不可欠なため、軍事面での支援を続けているのだ。

 一方、トルコはアサド政権の打倒を目指している。そのため、トルコの発言力が低下すれば、アサド大統領の処遇をめぐり、和平交渉を有利に運べる可能性も出てくるのだ。

 しかし、トルコに対する強硬姿勢はプーチン政権にとって、もろ刃の剣でもある。在モスクワの日本人飲食店店主は「飲食店のうち3割が店じまいした。市民が外食の回数を削り、飲食店の淘汰(とうた)が加速している」と話す。中には、モスクワ市内に約50店を展開していた飲食店チェーンごと姿を消したケースもあったという。

 ロシアでは2014年8月から、ウクライナ危機に伴う対露制裁の報復として、欧米からの農産物を輸入禁止にしたことにより、食品の値上がりが顕著になっている。これに、通貨ルーブルの下落が重なり、2015年のインフレ率は12%を超えた。

 経済高等学院・発展センターのプホフ主任研究員によると、ルーブル安の要因は主に3つだという。「(1)クリミアを一方的に併合したこと」「(2)ロシア国内最大手銀行などを対象にした欧米による経済制裁」「(3)急激な原油価格の下落」。

 プーチン大統領は、ルーブル安による経済危機について「ピークを越えた」との認識を示している。しかし、ブホフ氏は「ルーブル安の根本的な原因を変えることは難しい」との見方を示している。2016年もロシアのインフレ傾向は続く見通しだ。

 一方、「ノービエ・イズベスチヤ」紙によると、ロシアの51都市で行われた調査では、多くの企業で給与は2014年の水準のままで凍結されており、国民の実質所得が減少している。

 戦略分析研究所のニコラエフ所長は、2015年9月の小売業の売り上げが、前年比で約10%落ち込んだと指摘。「実質所得が減少したためだ」と原因を分析している。ロシアは、年間2000億円分の食料品をトルコから輸入しており、対トルコ制裁に伴う食料品の値上がりは必至だ。

 対トルコ制裁がロシア経済にさらなる悪影響を与えるのではないかという不安が広がれば、2015年11月下旬現在で88%と最高水準にあるプーチン大統領の支持率(全ロシア世論調査センター調べ)にも影響を及ぼす可能性がある。

 2015年12月17日、年末恒例の大規模記者会見でプーチン大統領は、「トルコと国家間の関係を改善する展望は見通せない」と述べた。

 ロシアとトルコの対立が長期化すれば、結果として過激派組織「イスラム国」を利するだけとの指摘もある。2016年、プーチン大統領はトルコとの関係改善にどう動くのか、国際社会が注目している。