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世界文化遺産 登録の裏で日韓の攻防

2015年7月24日 16:51
世界文化遺産 登録の裏で日韓の攻防

 今月5日、“明治日本の産業革命遺産”が世界文化遺産に登録され、各地は喜びに沸いた。しかし、登録に至るまでには、日本と韓国の間で水面下で激しいやりとりがあった。

 パリにあるユネスコ日本政府代表部大使公邸。6月中旬、ある光景をとらえた。日本の佐藤ユネスコ大使が公邸に入り、さらにフィンランドの大使と見られる男性が日本の公邸に入っていく。この日と前日、大使公邸では昼食会が開かれた。招かれたのは、世界遺産委員会で発言し、投票する権利を持つ9か国の大使たち。日本側の多数派工作だった。このひと月前に、専門家機関は“明治日本の産業革命遺産”について世界遺産への登録がふさわしいと勧告している。それを覆そうと韓国が働きかけを強めていた。

 元・ユネスコ大使、木曽功さん。富士山などの世界遺産登録に関わった。実績を買われ、内閣官房参与として今回の交渉にも参加した。木曽さんは「いい評価のヤツをダメだと言うのは異例ですよね。びっくりしますよね」と話す。

 争点となっていたのは、日韓双方のスピーチで当時、日本に併合されていた朝鮮半島出身の徴用工をどう表現するかだ。本人の意に反した強制労働だったと強調したい韓国に対し、強制労働ではなく当時の法令に基づく“戦時動員”であり、徴用工の請求権問題が蒸し返されるのを避けたい日本。二国間の協議で解決をはかる一方、投票になったときに備えて双方が根回しに奔走していた。6月21日、日韓外相会談が開かれ登録に向けて協力することで合意する。世界遺産委員会では全会一致で登録されるめどがたったはずだった。

 ところが、日韓の間で話はまとまっていなかったのだ。それどころか、その後の両国のロビー活動は激しさを増した。一体、何があったのだろうか。私たちのカメラは、そのヒントをとらえていた。会場の隅のほうで、韓国の代表がほかの国の代表を呼んで話しこんでいたのだ。

 審議の2日前。韓国政府代表が手にしていたのはスピーチの原稿だ。“forced to work”=「働かされた」と徴用工を表現している。韓国はこのあとの二国間協議でも譲ることなく、この「働かされた」という英語表現が2日後の双方のスピーチで使われることになった。では日本が譲ったのかというと必ずしもそうではない。日本の政府関係者によると、実は先月の外相会談で、すでに「働かされた」という表現を使うことで日韓の合意ができていたというのだ。ところがその後、日本側がこの英語表現では強制労働を認めたと解釈される恐れがあると懸念し、表現を改めるよう持ちかけていたという。これが最後まで紛糾した理由だったという。

 登録が決まったのは日程の最終日だった。「働かされた」との表現を改めたいという日本側の求めはかなわず、佐藤ユネスコ大使は「その意に反して連れて来られ厳しい環境で、働かされた朝鮮半島出身者らがいた」とスピーチした。岸田外相はすぐに「強制労働を意味するものではない」との談話を発表した。そう念を押さないと日本の意図と異なる印象を与えると考えたものとみられる。一方、韓国の趙兌烈外務省第2次官は「今回の登録について、日本を祝福したいと思います」と語った。

 今回の登録は“明治日本の産業革命遺産”に顕著な普遍的価値があることを世界に伝えるものだった。ただその一方で、日本と韓国の溝までも伝えてしまう形になり将来に大きな課題を残した。