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パリの地下鉄で演奏!オーディションに密着

2012年11月15日 16:01
パリの地下鉄で演奏!オーディションに密着

 パリの地下鉄に乗ると、あちらこちらから様々なジャンルの音楽が聞こえてくる。演奏しているミュージシャンは、全員が地下鉄で演奏するためのオーディションで選ばれた人々だ。そのオーディション会場をパリ支局・野尻仁記者が取材した。

 1日に500万人が利用する、パリの市営地下鉄。電車の中や、駅の構内では、ミュージシャンたちがギターやトランペットなどさまざまな楽器を演奏して、雰囲気を盛り上げてくれる。しかし、誰でも勝手に演奏できるわけではない。オーディションに合格する必要があるのだ。

 そのオーディションは毎年、春と秋に行われる。その会場を訪ねてみることにした。会場の地下でオーディションを受けていたのはオーケストラのグループ「プレリュード・ドゥ・パリ」。プロの演奏家と学生で構成され、あわせて40人のメンバーがいる。これまでも、オーディションに合格しているが、演奏できる期間が半年間に限られているため、毎回、テストを受けている。チェロ担当のユルザさんは「将来はチェロの教師になりたいです。(地下鉄での演奏で)学費を稼いでいます」と話してくれた。

 会場では、若い男性の3人で構成されたグループ「コスモポリット」もオーディションを受けていた。軽快なリズムとラフな演奏スタイルが印象的だ。3人とも大学を卒業したばかりで、今は、翻訳などの仕事をしているという。

 男女3人組の「オリジナル・ブルース・コンポ」にも話を聞いてみた。ハーモニカ担当のベルトランさんは、個人で楽器の演奏や作曲などを教えているという。ボーカル担当のカトリーヌさんは、「地下鉄で歌うのは、いい練習になります。何千人もが目の前を通る地下鉄では、出会いもあります」と、女性ボーカリストらしい、しっとりとした口調で話してくれた。

 このオーディションが始まったのは1997年。毎年、春と秋には、2000組以上が応募するものの、最終的に合格するのは、全体の1~2割だという。パリ市交通公団・審査員のアントワーヌ・ナゾさんは「(選考基準は)芸術的素質、独創性。いろいろな楽器や国籍を選ぶことで、スタイルの多様性を目指しています」と語る。

 オーディションを受けるのは、若者だけではない。作曲や音響エンジニアも手掛けるプロのミュージシャン「ラスターン」も、今回初めてオーディションに応募した。ドラム担当・マレシャルさんは「地下鉄で演奏している人たちを見て、自分たちも同じように演奏したくなったので応募しました」とその動機を語ってくれた。

 家庭を持つオヤジたちが、趣味で結成した「ファンク・ミー・テンダー」も会場に現れた。ボーカルのマックさんは、かつてバーで演奏したこともあったが、最近は、騒音に対する苦情によって、演奏できる店が少なくなったという。ボーカル担当のマックさんは「10~15年くらい前から、パリでは表現する場が、どんどん減っている」とパリの現状を語る。

 学費を稼ぐため、プロを目指すため、あるいは演奏ができる場所を求めて…地下鉄ミュージシャンを目指す11組の演奏が終わった。女性審査員の1人は、「特に気に入ったのは『プレリュード・ドゥ・パリ』です。クラシック音楽を演奏した人たちです」と話すと、男性の審査員は「私も『プレリュード・ドゥ・パリ』が、とても気に入りました。あとは『ファンク・ミー・テンダー』も良かったです」と、続けた。

 ―オーディションから約20日後。パリの繁華街にある地下鉄の駅で、「コスモポリット」の3人が演奏しているのを見つけた。バイオリン担当・マグダレナさんは、「踊りはじめる子供がいたり、人が集まったり、曲をリクエストする人もいて、とても楽しいです」と笑顔を見せる。ギター担当のポトゥロンさんは、「できればCDを出したり、コンサートを開いたりしたいですね」と今後の活動目標について語ってくれた。彼らを含め、注目した5つのグループは、いずれも合格だった。

 パリの地下鉄を楽しませてくれるミュージシャンたち。演奏には、それぞれの思いが込められている。