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英国のある街を変えた海洋エネルギー産業

2012年4月18日 18:38
英国のある街を変えた海洋エネルギー産業

 厳しい財政緊縮策が取られ失業率も高いイギリス。その中である産業により劇的に変化を遂げた街がある。ロンドン支局・渡辺祐史記者が取材した。

 今年3月、イギリスらしいあるパブを訪ねた。政府の徹底した財政緊縮策が敷かれているイギリスだが、地元の人に最近の景気について聞いてみると、意外な答えが返ってきた。「ファンタスティック!」「仕事も運んでくるしイメージも上がっている!」このパブがあるのは、イギリスの最北部にあるオークニー諸島。2万人あまりが暮らす静かな島々だ。街に出ると、道路の拡張工事が進み、学校も新たに建設中だという。オークニーはもともと、約5000年前の住居跡など世界遺産を中心とした観光や漁業を中心にした街だ。しかし、この10年であるものをきっかけに劇的に変化したという。世界遺産の管理人からは「言うことなしだよ。観光だけじゃなく、再生可能エネルギーで忙しいんだから」という声が聞かれた。

 オークニーを変えたのは「再生可能エネルギー」。大西洋と北極海がぶつかって生まれる高い波や激しい潮の流れを発電に生かそうと、9年前「EMEC(=ヨーロッパ海洋エネルギーセンター)」が設置された。世界でも最大規模の実験場で「波力発電技術」などの開発拠点として、各国の企業が競い合うように進出している。

 以前は漁船が建造されていたという“シートリシティー社”の工場に行ってみると、お菓子のような形をしている物体が置かれている。工場内に入るとシートリシティー社の社長が「波力発電に使う浮き輪さ…商用化には発電コストがカギになる」と説明してくれた。 この会社は波力発電の可能性に社運をかけ4か月前、この島に進出した。今後5年をかけて行うEMECでの実験を控え、発電機を製作している。進出に伴い、島の住民など7人を採用した。EMECができて以来、オークニーには少なくとも12の企業が進出し、160人分の雇用が生まれた。採用された地元の女性は「海洋エネルギーは経済を活性化させるわ。雇用や消費、地元企業への発注で、多くのお金をオークニーに運んできてくれるの」と話す。オークニー諸島の最新の失業率は4%、イギリス平均の8.4%を大きく下回っている。

 島に進出してきた波力発電の会社から海中での建設作業を請け負っている“リスク・マリーン社”では、収入が安定しなかった漁業の仕事を捨て、転職した労働者も多いという。従業員に話を聞いてみると「漁師の時はいつも天気次第で、夏は稼げず冬はまあまあだった。今の仕事は一年中安定して働ける」「毎日家に帰れるし、言うことなしだよ」という声が聞かれた。この企業はEMECの進出とともに事業を拡大した。良いこと尽くしのようにもみえる海洋エネルギー開発だが、リスク・マリーン社のダグラス・リスク社長は「漁師の中には海中での騒音を心配している人もいる。生きものにどんな影響を及ぼすのか、今まさに注意深く調査が進められている」と将来的な懸念も口にした。

 波力発電は商用化された例がほとんどなく、生態系への影響なども研究の途中という新しい技術だ。オークニーの好景気が続くのか、実験や研究の結果は島の将来のカギも握っている。