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エジプトの文化財を救う日本の“匠の技”

2010年12月8日 16:59
エジプトの文化財を救う日本の“匠の技”

 世界屈指の質と量を誇るエジプトの文化財。この人類共通の遺産が今、危機にさらされている。貴重な文化財を救うため、日本の“匠(たくみ)の技”が一役買うことになった。そのようすを富田記者が取材した。

 世界中の人々を魅了してきたエジプトの文化遺産。その発掘や発見の歴史も古く、20世紀の初頭からすでに大量の文化財が掘り出されてきた。しかし、その数があまりにも多いため十分な管理が行き届かないまま倉庫の中に放置されてきたものも少なくない。そうした文化財の中で、虫食いなど傷みが激しくなってきたものが増えている。虫にとっては格好の餌なのだ。

 こうした事態を受けてエジプトでは今年から、各地に散らばった文化財を一か所に集め、修復処理を施そうという計画が始まった。実はこれに一役買っているのが日本の技術だ。エジプト人のスタッフに指導を行っているのは、日本の保存修復の専門家。湿度の高い気候の下で、傷みやすい木製の仏像などを数多く保管してきた日本の技術は世界でもトップレベルだと言われている。

 ミイラなど有機物でできた文化財にとって、最も恐ろしいのは虫がわくこと。およそ2000年前の木のお面は、中でわいた虫によって片側が完全に食い荒らされてしまっている。これを酸素の濃度を低くする薬品とともに密封した袋に入れる。この状態でおよそ3週間保管すれば文化財を傷つけることなく、中にわいた虫や卵を完全に殺すことができる。これは日本が独自に開発した方法だ。文化財の昆虫駆除が専門の川越さんは「日本の場合、非常に綿密に文化遺産を残してきているが、エジプトは(文化財)保存についてはまだまだやることがたくさんある」と語る。遺物の中に虫を見つけた時どう感じたかを、エジプト人の保存修復士に尋ねると「最初はびっくりしました、虫のことも嫌いでしたし、(日本の方法は)とても役に立つと思いました。遺物を傷つけることもありませんし」と、答えてくれた。エジプト政府は最終的に約10万点の文化財を集めて修復処理を施すことを計画している。

 膨大な数の文化財を安全に運ぶことも課題だ。そこで、日本の美術品輸送の専門家も指導に当たった。エジプトでは、これまで運び手の腕力に頼る方法が一般的だった。これに対して、輸送時のわずかな振動など文化財へのダメージを最小限に抑えようとするのが日本流。これも壊れやすい仏像の輸送で培われた職人の技だ。エジプト人に輸送の指導をしている日本通運・美術事業部の徳田さんは「エジプト側から『例えば日本通運で文化財を輸送する時に何パーセントの破損率を目指すのか』と聞かれた。エジプト側は『我々は10%の破損、5~7%なら上出来だ』と。我々は10万点だろうが100万点だろうがゼロだと。10%壊れてもいいと思って運べたら楽です」と語る。

 古代の職人たちの手により生み出された美しい文化財の数々。数千年の時を経て、考古学者により掘り出され2度目の命を与えられた。そして今、死に瀕(ひん)していた文化財は3度目の復活を遂げようとしている。保存修復プロジェクトの支援にあたるJICA専門家の松田さんは「文化財を一つでも多く将来に残したいのはエジプト人も日本人も同じ」と語る。人類最高の文化遺産と日本が世界に誇る匠の技のコラボレーション。蘇った文化財が人々の目を再び楽しませる日も近づいている。